第十二話 十二分の一

 まるで囚人の気分だ。

 俺を含めた家族と、見たことがない人、合わせて十二人が鳥かごのような檻に入れられていた。

 何故こうなったのか?

 そもそも直前まで、息子たちを乗せて高速道路を運転していたはずだ。

 この檻の向こう側から、女がやってきた。年の頃は高校生か? 肩まで伸びる髪に膨よかな胸、極端に短いスカート、ニーソ。まるでどこかのエロゲキャラだ。

 その艶っぽい唇が開いた。

「皆さんに代表者を決めてもらいます」

 と、鍵の束が投げ入れられた。ご多分にもれず、輪っかで繋がってた。

「その中に、一本だけこの檻から出られる鍵があります。一本づつ取って頂き、鍵穴に入れてみてください。開けられた方が代表です」

「何の代表だ」知らないおじさんが叫んだ。風体はどこかのサラリーマンだ。

「《巻き戻す地点》を決める代表です」

「なんだそりゃ」

「こういう事はよくありまして。皆さんの主張を聞き入れていると、結局元の木阿弥もくあみになりますから」

「意味がわからない。ちゃんと説明しろ」

「ここでそれは言えません。聴く権利も含めたクジですので」

「責任者を呼べ」

「責任者は私です。私の名前は夢野魅苦ともうします」

「こんな子供の遊びに付き合ってられるか」

「もちろん、辞退も自由です。本来、このようなことをしたくないのですが、暴れられるなどされると、迷惑になりますので」

 埒が明かない。

 俺は鍵を一本引き抜いた。

 周りが驚いたような目で見ているので「早く選ばないと、本物の鍵が取られるぞ」と言った。

 一斉に取り合いになった。そんな中で、小さな子供を押しのけて爺さんが鍵を奪う姿は、見たくなかった。

 試す順番は、俺が最後になった。

 一人目は、さっき喚いていたおじさんだ。

「まわらねぇ……。くそくそ」

 パキッ。

 鍵が音を立てて折れた。

 どうやら、無理な力を加えると折れるように作ったらしい。なんて趣味の悪いクジだ。

 次々と試していく。

 カチャリ……。

 あたりを引いたのは、残念ながら俺ではなく妻だった。

「きぃ君……、私の代わりに行ってきてよ」

「なんでだよ。当てたのはお前じゃないか」

「いやよ。あの娘、モデルみたいに綺麗だけど不気味なんだもの」

「おい、夢野さん」

「はい、なんでしょうか。魅苦と呼んでいただいてもいいですよ」

 俺はダメ元で提案した。

「俺と女房、二人ってのは駄目か」

 ミクは腕を組んだ。あの細腕のせいで、上に乗ってる胸がやけにでかく見えた。

「良いでしょう。ただし、決定権をすべて奥さんに委ねてください。よろしいでしょうか」

「分かった」



 誰一人、「俺もここから出せ」と主張した者はいなかった。

 それだけこの女は不気味なのだ。まるでホラー映画のラスボスだ。

 扉のようなものが現れた。

 ミクの促しで入ると、椅子が三つ、三角形の頂点を描くように配置されていた。

 彼女が最後に腰掛けた。太ももの間から見える縞パンに釘付けになってしまった。

「それでは、ご説明します。あなた方十二名は、先程事故に合われました。全員意識不明の重体です」

「事故?」

 だんだん思い出してきた。玉突き事故に巻き込まれたんだ。

 じゃあ、あの中に先頭の奴がいるってことか。

「ここは《夢目》の世界。あなた方の意識は一度にこちら側に来ました。私もついうっかり皆さんを同時に見てしまったので、お招きした次第です」

「夢なのか、これは」

「はい。《夢目》です」

「目的は何だ。ただの夢に思えない。現実感がありすぎるだろ」

「その後を大きく左右する人生の分岐点、そこまで《巻き戻して》さしあげます」

「言っている意味がわからないな」

「つまり、あなた方をその分岐点まで戻す、ということです」

「事故前に戻って、事故を回避するってことか」

「それは皆さんの努力次第ですが、一つだけイレギュラーがございます」

「なんだ」

「その分岐点を決める権利は、奥様だけです。他の皆さんは権利がございません」

「すまないが、話が全く見えん」

「もしかして」妻が言った「私が願った時間に、皆が戻るってこと?」

 夢ミクは拍手をした。

「はい、そのとおりです。それが他の皆さんの分岐点とは限らないでしょう? だからイレギュラーなのです」

「待て」今度は俺が言った「俺達の出発前の時間に、もしもすでに高速に乗ってた人がいたらどうするんだ」

「仕方ありません。そこからのやり直しです」

「無茶苦茶だ。だいたい、これは夢だろ。とっとと覚めてくれよ……」俺は天を仰いだ。そこには天井も何もなく、闇が広がっていた。

 ミクが俺だけに見えるように脚を組み換えした時、女房が決断した。

「分岐点に戻ります」

「おい、おまえ」

「せめて……私達家族だけでも助かりたいでしょう」

「ああ」

 なるほど、なんとなく分かってきた。

 全員がこの話を聞いていたら、収拾が付かなくなっただろう。

 だが、個別に出来ないのは、この女の能力の限界なのか、それとも俺がそう妄想しているから。

 どうもいかん。仕事で数字の裏を見ている職業病ってやつか。

 夢野は席を立って手を差し伸べた。

「さあ、《巻き戻して》と一言おっしゃってください。それで分岐点へ戻れますよ。もちろん、今なら拒否も出来ます」

「《巻き戻して》……」

「承りました」



 俺は目覚ましが鳴る前に起きた。

 今日は休みだ。親のところに帰省する予定を立てていた。

「きぃ君。おはよう」

「おはよう。さて出かける準備をしないとな」

「駄目よ。今日は中止にして」

「どうしてだい」

「玉突き事故、忘れたの」

「何のことだ?」

「何言ってるの。夢で会ったでしょ、ミクさんって人に」

「さあ。昨夜の夢は覚えてないよ」

 なんで急に気が変わったんだ?

 いつものニュースを見た。

『――電車の故障により、全線にダイヤの乱れが生じております――』

 天気予報も晴れ。とくに渋滞も起きてない。

 事故もない。

「おい、玉突き事故って最近のことか?」

「きぃ君、お願いだから、お願いだからやめましょう。せめて国道を使いましょう。高速道路はやめて」

「おいおい、どれだけ時間がかかると思ってんだ」

「お願いだから」

 俺が考えすぎだと言うと「ちょっとコンビニに行ってくる」と出かけていった。

 コンビニなんて、ついででいいだろうに。



「出かけるぞ。やれやれ、うちの車もオンボロだよな。乗り換えたほうが良いかな」

「きぃ君……」

「まだ言っているのか。明晰夢でも見たんだろ」

 子供も急かしていることもあり、やっと乗ってくれた。

 予定より30分遅れだ。

 ETCで高速に乗る。

 子供は携帯ゲームで時間を潰していた。

 渋滞なんてない。すこぶる快適なドライブだ。

「おい、さっき電光掲示板にあった。この先事故だってよ」

「良かった……。巻き込まれずにすんで」

 パッン!

「なんの音だ。うわ、ハンドルが効かない。車体が回る。うわぁぁぁぁぁぁぁ」



『お昼のニュースです。高速道路で、二箇所の地点で玉突き衝突事故がありました。一軒目は居眠り運転がカメラで確認されました。二軒目の事故はタイヤの空気キャップが抜けており、空気圧が少ないことで起こるバースト現象によるスピンの可能性があります。先頭はどちらも全員死亡が確認されており、死者十二名、重軽傷五十名の大事故となり……』



――「あら、ハズレてしまいましたわ。さあ、《貴族》様の番ですよ。まあ、凄い。大当たりー。『鍵当てゲーム』なかなか奥が深いですね」

 他の《貴族》の皆様はお帰りのようです。

「それではまた、逢える刻を」

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