第四話 晒し

「……」

 最近、口数が少なくなった。

 俺の名前なんだっけ。

 スマフォの画面に向かって問いかけても、答えは返ってこない。

 俺、なんで高校に入ったんだけ。

「……」

 なんで、俺の画像がいろんなSNSに上がってんだっけ。

 あ、俺の名前だ。

「国元 徹。高校二年生、こいつは部活仲間を裏切った大罪人だ。晒されるべきだ」

 俺は一体何をやってきたんだ。

 ただ、部活をやめただけだ。

 全国、全国。もう一つおまけに全国。

 もうそんなスポ根に俺は脱落しただけだ。

 ただそれだけなのに、友達と思ってた奴らはみんな俺を見限った。

 この状況は予想できなかった、といえば嘘だ。

 怖くなかったのも嘘だ。

「じゃあ、どれが本当なんだろう……」

 スマフォは答えちゃくれない。

 引きこもった俺には、何も本当のことなんて分からない。



「はじめまして。夢野魅苦といいます」

「……」

 周りを見た。何にもない。霧があるだけ。そして目の前には、ムチムチな女の子がいるだけ。歳は、俺と同じくらいか? JKには見えないけど。

「あなたは、人生に未練がありませんか」

「……さあ」

 タンッ、キュッ、タンッ。

 嫌な音が聞こえる。嫌な嫌なバスケの音だ。

 ここは、俺がいたバスケ部?

「あなたは、全てに耳を塞いでいますね」

「そうだっけ」

 部室に部屋が変わった。なんか、舞台の早変わりみたいな感じだ。

 にちゃ、ねちゃと、なんか音が聞こえる。これってまさか。

 音の方向に向くと、おっぱいをむき出していちゃついているあいつがいた。

「先輩、こんなところで。駄目ですって」

智百合ちゆり、お前も期待してんじゃん」

 唇が痛ぇ……。

「ふっざけんな、何見せてんだよ! 楽しいのか、ああ⁉」

「そうでしたか。あなたの分岐点はここですね」

「なんだ、ここ、いきなり校舎裏」

 さっきのクソッタレ共。と、その影にいる、こいつは……。

「あなたですよ」ミクって名乗ったやつがズバリ当てやがった。

 そうだ。あのクソ先輩に告白されたって、藤が相談してきてそれを俺は応援しちまった。

 本当は、好きだったのに。

 そこから全部変わった。俺はバスケする気力も何もかも失った。

 全部、アイツのせいだ。バスケ始めたのも、恋をしちまったのも、やめたのも、引きこもったのも、全部全部!

「全部!」

「《巻き戻したい》ですか?」ミクが訳の分からないことを。

「なんだよ、それ」

「あなたは《夢目》の世界に訪れました。そして運命の分岐点にもう一度立ち返るチャンスを前にしているのです」

 周りがいつの間にか霧に覆われた。もとに戻ったのか?

「夢? 人生やり直し? 馬鹿馬鹿しい」

「これは、強制ではありません。《巻き戻して》とおっしゃりますか? それとも拒否をしますか?」

「《巻き戻して》なんて言って、なにが変わるんだよ」

「承りました」



 ――まぶしい。なんだ、ここ。

「教室?」夕日が目に刺さる。

「ねえ、国元くん。聞いてるの」

「あ、ああ。……あれ?」

 おい。ここ……。まさか、本当に《巻き戻った》のか。俺そんなこと言ってねぇぞ。

「ミクのやつ、どこだ」

「ミク? なにそれ」

「あ、いや。ごめんなんでもない」

「もう真面目な話なの。私、やっぱり先輩と付き合ったほうがいいのかな」

「それは……。か、考え直したほうがいいんじゃないか」

「どうして?」顔を寄せてくるなよ。なんだよ。

「そ、そそれは……」

「なによ、『そそれは』って。ふふふ」笑うと、すっげぇ可愛い。ああくそ。

 でも、こいつのせいで全部の人生が台無しになるんだ。

 俺がイライラしていると、あいつはカバンを肩にかけた。

「おい、どうした」

「私、もう帰るね」

「おい、さっきの話は」

「もうちょっと、考えることにするね。じゃあね」

 教室を出ていく時、何かぼそっと言ったような?



 俺はすぐに手を打った。

 翌日、退部届を出した。この時期はたしかレギュラー争いで、俺はベンチに入れるかどうかだったはずだ。前のときは、ベンチを勝ち取った。でも今の俺はそんなモチベなんて消えてた。

 怨み辛みを言われる前に、綺麗さっぱり消えたほうがいいだろう。

「国元くん、なんで部活やめたのよ」

「嫌になったんだよ。藤、お前は部活頑張れよ」

 他人事のようにそういうと、俺は家に帰った。

 これで良いんだ。

 《巻戻って》良かったわ。俺は清々した。



「……」

 最近口数が少なくなった。

 SNSに俺の悪口は何もない。

 そもそもアカウントすら取っていない。削除した。

「あ、『JKがバスケ部長とイチャイチャ写真流出www』か」

 俺が晒した画像は随分広まってんな。

 あそこで俺は隠れて遠隔操作でシャッターを切ったのだ。

 これで俺の復讐は終わった。

 インターホンがしつこい。親はいないし、面倒だ。

「はいはい。誰だ」

 カメラを覗くと、ラフな格好をした髪の長い女が立っていた。化粧も濃ゆい。母さんの知り合いか。

「はーい。どちらさま」

「国元くん……」

「な、藤……なのか」

「良かった。《巻き戻って》」

「え? 何言って」

「これであなたを殺して、私も死ねる」

 素早く引き出されたナイフに胸を突き刺された。

 玄関に押し戻され、鍵をかけられた。

「私ね、本当はね、国元くんのこと好きだったの。でもそのせいで、何もかも狂っちゃった。だから、一緒に死んで」

「あ……」

 呼吸が出来ない。血が止まらない。

 ナイフを抜かれ、出血が酷くなった。

 意識が朦朧としている俺を見て、藤は口角を歪めた。



――「チャンスは平等、とはよく言ったものです」笑みがこぼれました。失礼「それではまた、逢える刻を」

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