第三話 告る。
「僕、君のことが恋人として好きなんだ」
「……いや、俺はそんな趣味ないから」
僕は泣いた。
答えはわかっていた。
男同士で結ばれる話は今ではよくあるから、僕にもきっと。
そう思ったけれど、夢を見すぎた。
これから先、生きていけない。
公衆トイレに入って、そこの鏡で自分を見た。
「どうして僕は、男なんだ」
でも、自殺する勇気まで出なかった。
「はじめまして、夢野魅苦といいます。魅苦と呼んでください」
「え……。ここは?」
「ここは《夢目》の中ですよ」
「どうして。まだ眠っていないよ」
「白昼夢をご覧になっているのでしょう」
そう言われて、心当たりがあった。
いつも鏡の前で呆けているので、ナルシストと
だから僕は否定した。
「夢なんて見てないよ。だいたい、起きている間に見たことなんてないよ」
「では、これはなんですか」
目の前が急にお花畑に包まれた。香りでいっぱいだ。たんぽぽまで飛んでる。
そしてすぐ近くに座っていたのは、さっき僕が告白した霧馬くんがいた。
「これ何?」
「あなたがいつも見ておられる夢ですよ。ほら隣りにあなたがいますよ」
「僕? あれが」
霧馬くんの目の前で、楽しそうに笑う女の子がいた。
あ、二人がキスをしようとしている。唇が近づく。
……止まった?
「お前、男だからキメェんだよ」
霧馬くんが突き飛ばした女の子は、いつも鏡で見ている僕の顔になっていた。
「うわっ」魅苦さんが顔を突き出してきた。
僕は思わず大声を上げて彼女を突き飛ばした。
ミニスカートの中からパンツが見えて、大きな胸が揺れてた。
「羨ましい……はっ」僕はつい口が滑り、慌てて手で隠した。
「あなたは、人生の分岐点をやり直したい。そう強く望んでますね」
「え? し、下着姿⁉ なんで、なんで? いつの間に」
膨よかな胸に、おちんちんが着いていない下半身、丸みを帯びた腰……、どれも僕が欲しいものばかりだ。
「あなたは、自分の過去に性別を決定づける何かがあると、強い確信をお持ちですね」
ポールダンスをしながら何を言っているんだ。
でもなんて女らしいんだ。
「そ、そうだよ。だって聞いたことあるもん。受精した直後は性別がまだはっきりして無くて、数週間後に男か女かに分かれるって」
「《巻戻りたい》と願いますか? ただし、その後はあなた次第です」
「ちょ、今度は裸になってるよ。やだ、もう。……僕次第って仮に戻れても、胎児の僕じゃ何も出来ないじゃないか」
「出来ることはありますよ」長い髪をばっとふりあげると、元の服装に戻った。
どんなマジックなんだろう。
「なんだよ、言ってみてよ。ミクさん」
「意思です。あなたの強い意志ははっきりと持ち続けられます。記憶と言い換えても結構です」
「胎児なのに、今の意識を持てるの?」
「そうです。さあ、《巻き戻して》とおっしゃりますか? それとも拒否しますか。強制ではございません。拒否をすれば《夢目》から覚めて、ここで起きたことも今まで通り忘れるだけです」
僕は決意した。
何よりも、この娘のようになりたかった。
「《巻き戻して》ください」
「承りました」
クラシック音楽が聞こえる。
身体が少し動く。
「あ、また蹴ったわ」
「おお、元気がいいな。男の子かな」
「まだ気が早いわよ」
お母さんとお父さんだ。
真っ暗で何も見えないけれど、本当に戻れたんだ。
女の子に生まれるにはどうしたら。
記憶は確かにあったけれど、頭が未発達のせいで深い考えができなかった。
ただ、ただ、願い続けた。起きている時間がものすごく短かったけど、その間、女の子になることだけをひたすら願った。
そうして、とうとう病院の定期検診で性別の確認を受ける日が来た。
老齢の声の先生が明るい声で告げた。
「元気ですね。順調ですよ」
「先生、性別はわかりますか」
「ええ」
「あの、早く教えてください。主人が『男の子が欲しい』とうるさくって」
「それでしたら、残念なお知らせかもしれませんね」と冗談ぽく笑った。
もしかして!
「女の子ですよ。この調子なら予定日に出産できそうですね」
やった! やった!
女の子になれた!
「おやおや、赤ちゃんが急に元気に動き出しましたね。踊っているみたいですね」
「先生、お腹の赤ちゃんが踊るなんてこと、あるんですか」
「ははは、ありますよ。そんな例はいくつも見てきましたからね」
検査が終わってからも、僕……ううん私は踊り続けた。
それが思わぬことになった。
定期検診の日。
「お母さん、落ち着いて聞いてください」
「何かありましたか」
「お腹の赤ちゃんに、へその緒が絡まってしまってます。しかも見たことがないくらいに」
私が喜びすぎたせい? 分かんない。手足が思うように動かせない。
「先生、助かるんですか?」
「注意深く経過を見なければなりません。ですが、最悪の場合……出産時に窒息の可能性があります」
「先生、そんな」
「落ち着いてください。いいですか、
「あの、なんとかならないんですか」
「残念ながら、出産時以外で絡みを解消することは出来ません」
「ああ、なんてこと」
「いいですか。まずは、お母さんが落ち着くことが大切です。旦那さんと私と一緒に頑張りましょう」
「はい……。よろしくお願いします」
お母さんの取り乱し様は、へその緒を通じて伝わってくる。
私のせいで母さんに心配かけちゃった。
どうしよう。どうしよう。どうしよう……。
「大丈夫だからな、いま病院に着いたからな」
「旦那さまは、ここでお待ち下さい」
「あの娘をよろしくお願いします」
……。
「先生、胎児のバイタルかなり低下しています」
「エコーのカラー見せて」
「はい」
「こ、これは……。こんなことが」
「まるで肉の鞠玉だわ……。こんな、どうして」
「西先生、へその緒から出血が」
「なに⁉ 切れているのか。このままだと胎児が母体で呼吸できなくなるぞ」
……。
……。
――どうやらここまでのようですね。
「《貴族》の皆様、また逢える刻を」
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