第二話 火遊び
「こんな所に呼び出して、何」話はだいたい分かるけど。
「……別れてくれ」
ほおら、やっぱり。ああ、これで何人目だっけ。ウチもう四十手前なのに、はぁ。
「おい、聴いているのか」
「分かった。じゃあね」
「おい」
「何」
「ここで食ってた分くらい払うよ」
「いいわよ。あと、慰謝料も要らないから。サヨナラ」
ああ。
男はどいつもこいつも。
子供が産めない身体ってわかった途端に、別れ話。
ほんと、ムカつく。
ああんもう、このスマフォゲー、マジつまんない。
「おい! アンタ、危ない」
「は?」
何……。身体が動かない。痛くないのに、腕から骨出てる。なにこれ。
「はじめまして。私の名前は夢野魅苦といいます。魅苦と呼んでください」
「はい?」あれ? 腕折れてたんじゃ?「たしかウチ、交通事故にあったんじゃ」
「その通りです。よく覚えてますね」
「で、ミク……ちゃん? こんなオバサンに何か用なの」
「あなたは、《夢目》の世界に訪れ私と会いました。これは、あなたにとってチャンスです」
「なに。また詐欺なの。もういいわよ。男相手にしたら? そのほうが引っかかるわよ」
「いいえ、騙すなんてとんでも」
「じゃあ、って、ひ⁉」ウチいつの間に座ってお茶してんの。なにここ、さっきの喫茶店なの?
「あなたは、人生の分岐点に戻ってやり直したいと強く思っていますね」
「やり直したい? そりゃ、誰だってそんなことあるで……ひィィィ」
赤ちゃんの手首⁉ ティーカップに入ってる。
「ちょっと、何よ。なんの悪戯よ」
「なるほど。あなたのやり直したいことは、処女を失った時ですか」
「なんで、そんなこと分かんのよ! いい加減にしな……ちょっとなによこのナプキン。血がついてる」
「このベッドで失ったんですね」
ウチいつの間にベッドの上に座ってんのよ。あの変な喫茶店は? ティーカップは?
「あなたが《巻戻りたい》と願えば、この時に戻れます。そしてその後は、あなた次第です」
「ちょっと、もう付き合ってらんない。帰らせて」
踵を返すと、シルクハットを被った男や帽子を被ってベールをつけた女たちがこっちを見ていた。
顔も年齢もバラバラ。でも、じっとこっちを見てる。
「やだ、見ないでよ」
「先程も申しましたが、ここは《夢目》の中です。あなたが目覚めない限り出ることは出来ません」
「いったい、何がしたいの」
「答えを聞かせてください。《巻き戻して》とおっしゃるか、否か。ちなみに、拒否をされたばあい、あなたは手術台の上に戻って戴くことになります」
「手術しているなら助かるんじゃ」
突然目の前がオペ室になった。
医者と看護士が必死になってる。
医者が大声を上げた。
「おい、輸血はまだか」
「駄目です。足りません」
「生食液や増血剤じゃ間に合わないぞ。このままじゃ、
まさか手術受けているのって、ウチなの?
「どうないますか」ミクが背中から聞いてきた。
ウチは、この夢から早く覚めたかった。
「ま、《巻き戻して》」
「承りました」
保険に入ってない。どうしよう……。
「美香? おい、美香」
「はい⁉」
「おいおい、話聞いてたのかよ。……そのさ、今晩、俺んち、誰も居ないんだ」
「ちょ、ちょっと待て。お手洗い」
「あ、ああ」
ウチは走った。
ここは学校。ウチが通った中学校。
この先に……そう、ここがトイレだ。思い出してきた。
洗面台の前で
「うそ。ウソ。嘘! 本当に戻ってる」
スカートの中を弄った。たしかこの時、手鏡を持ってきてたはず。
「やだ、わっかーい。お肌ツルツルのムチムチ。ま、まさか」
ゆっくりと股間に指を入れた。
「痛っ、この感覚久しぶり……。あった、膜がまだある」
ミクって娘の言うとおりになった。
夢じゃない。
時間は?
「これガラケーじゃん。懐かしい……。そうじゃない、ええと日付」
1994年 6月6日(月) 16:05
二十年以上も飛んでる。
まずやることは。
「
「おい、美香。待ってたぜ。あのさ」
「ごめん。無理」
「え。ちょっと、さっきまで乗り気だったんじゃ」
「無理だから、ごめん。じゃ、これで帰る」
逃げるようにカバンをまとめて教室を出た。
すると、横から声をかけられた。同じクラスのダチだった喜久子だっけ。ああ、なんか、記憶が重なっているようで頭痛い。
「美香、あんた、ようやく目が覚めたんだね」
「な、何が?」
「橋本翔一だよ。あいつ、顔はイケてるけどさ。女遊びが酷いからやめときなって、ずっと言ってたでしょ」
「ああ、うん」
だんだん思い出してきた。
昔、あいつに処女捧げてから、すっかり虜になって、援助やらされて、人生無茶苦茶になって挙句の果てに妊娠できなくなったんだ。
ウチは思わず喜久子に抱きついた。
「ずっと言ってくれてたのに、ごめんね。ごめんね」涙が止まらない。
「泣くほど感謝しろよ、よしよし」
そしてウチは、しつこい橋本をフった。
それから夏休みに入ると、急にモテだした。
二一世紀の最新ナチュラルメイクで登校したので地味だったウチは、たちまち目立つようになった。二度目となるテストでグングン成績が上がった。
一流の高校に入ったウチは、マドンナとして男たちにモテてモテて仕方なかった。
……はずだった。
こんなレベルの高い高校で勉強なんてしてこなかったウチは、当然のように成績がガタ落ちになり、運動も部活も全然ダメ。そもそもロクに運動なんてしてないのに、なんでテニス部に入ろうなんて……、ああ、未来で錦織圭選手が活躍するのを知ってたから、先回りしようとしてたんだっけ。甘かった。
両立が全くできず、完全に落ちこぼれの烙印を押された。
「あ、バカミカだぜ。馬鹿見チカラ。あははは」
と酷い仇名まで付けられた。
進学校で成績が下がれば、全員白い目で見るのは当然だった。しかもこのときは日教組の全盛期だったから、イジメも陰湿になっていた。教師だってその対象になり、うちの高校でも一人の教師が自殺したが、学校側はもみ消した。
喜久子に慰めてもらおうと、高校が別々になった彼女に電話をかけた。
「あ、もしもし。ウチだけど」
「あ、あんっ、もう、翔一。だめだって勝手に携帯に出ちゃ」
すぐに切った。
喜久子と橋本が付き合ってる?
うそ、なんでよ。
他の娘に聞いてみたら、信じられない答えが帰ってきた。
「知らないの? あの娘、援交の常習だよ。先公ともヤッてるってさ」
「なんで? ウチを心配してくれてたのに、なんで」
「ううん、わかんないけど……。って、美香、久しぶりにあったんだから茶店行こうよ」
「ごめん、またね」
直接会わなきゃ、気が済まない。
喜久子の家の前に来た。インターホンを押すと、出てきたのは叔母さんだった。
「あら、美香ちゃん。久しぶりね」
「叔母さん、こんにちは。あの、喜久子は」
「……。いないけれど、入って。お茶でも飲んでって」
「はい……」
急に顔が暗くなった。どうしたんだろう。
居間に通された私は、畳に座った。
叔母さんも、お菓子と緑茶を持ってきてくれた。
「さあ、どうぞ」
「ありがとうございます。あの、喜久子に何かあったんですか」
「それがね……うぅぅっ」
叔母さんは胸をかきむしるように私に話してくれた。
高校に入る前、喜久子の部屋を掃除していると、針をみつけた。その時は、太い針だとしか思わなかったが、ある日、部屋に入ると、喜久子は注射器を腕に指していた。
それから何度も何度も医者に相談したり、いろいろな手をつくしたが、結局喜久子は家出をした。それから音沙汰がまったくないらしい。
「うっうっうっ。……ショウイチ君がショウイチくんがってうわ言にように言ってたから、名前を調べて電話をかけたら、知らぬ存ぜぬの一点張りで。そしたら今度は怖い人達が押しかけてきて、わたしもうどうしたらいいか」
「そんな……」
ウチは自分を責めた。
自分のせいで喜久子をあんな目に合わせてしまった。
けれど、叔母さんの一言が自殺を思いとどまらせた。
「絶対に馬鹿なやめはやめてね。喜久子が一番悲しむことだけはやめてね」
社会に出た私は、結婚した。
お見合いだったけれど、おとなしめの可愛い旦那さんだった。子供も二人生まれた。
けっして裕福ではないけれど、それなりに幸せだった。
「やり直せてよかった、のかな」
「ん、何か言ったか」
「ううん」
インターホンが鳴った。
「あ、ウチが出るから」
宅配かなと、確かめずに開けた。
「美香……あははは、幸せそう。ずるーい」
「き、喜久子。あんた、一体今までどこ行ってたの。あれから探偵とか警察とかいろいろ手をつくしたのよ」
「あはははー。嘘つき」
「……っ、そんな」私のお腹に包丁が刺さってた「なんで……。どうして……」
喜久子がニヤリと笑った。
「翔一様がねぇ、ここで誰でもいいから殺してこいって~」
ウチは、意識が薄れる中、玄関に置いている電話に110番をスピーカーでかけた。
「いや、もう死にたくない……」
――その後、美香さんは意識を取り戻しましたが、旦那さまが喜久子さんを滅多打ちにしたため、過剰防衛の罪に問われています。また、子どもたちも学校で犯罪者の子としてイジメにあっています。
「私は、《巻き戻った》皆さんに一切関わりません。紳士淑女の《貴族》の皆様のお気持ちはわかりますが……。ただ、翔一さんは同日、遺体で発見されたそうです。なんでも、組同士の抗争とか」
それでは、またのちほど、
「逢える刻を」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます