森橋ビンゴ『この恋と、その未来。』(ファミ通文庫)を読んで

『平和だった日常と牙を剥いた現実とのギャップが、私達を物語へと引き込んでくる――』



 最近、読んでないライトノベルがまだ星の数ほどあるのだなと痛感します……。どうも、一条二豆です。こんなレビューを堂々と書いておいて今更なにを、といった感じですが、読み終えた本の作者さんの出した著作などを見ていると、「あ、これ読んだことない……」というのが多々ありまして……自分もまだまだ不勉強なのだと思います。



 というわけで、今回は森橋ビンゴ先生の『この恋と、その未来。』です。先生はこのライトノベル業界を15年間戦い続けてきた偉人ですが……どうやらご自身の意思で退かれたようですね。残念です……と言うより遺憾です。



 さて、こんなことを言っておきながら、僕は数ある森橋ビンゴ先生の作品の中でまだこのシリーズしか読むことができていません。なので下手なことを言えないのですが……読んでみてとても面白いと思ったので、衝動からこの作品でレビューを書かせてもらうことにしました!



◆背表紙より抜粋◆


『超理不尽な三人の姉の下、不遇な家庭生活を過ごしてきた松永四郎。その地獄から逃れるため、新設された全寮制の高校へと入学を決めた彼は、期待を胸に単身広島へ。知らない土地、耳慣れない言葉、そして何よりもあの姉達との不条理な日々から離れた高揚感に浸る四郎だったが、ルームメイトとなった織田未来は、複雑な心を持つ……女性!? 四郎と未来、二人の奇妙アンビバレンツな共同生活が始まる――。「東雲侑子」コンビで贈る、ためらいと切なさの青春ストーリー。』



 この作品は2015年の『このライトノベルがすごい!』で9位を獲得するという偉業をなしとげているのですが、先生のあとがきを見るに、あまり芳しくない売れ行きだったのかもしれませんね……。ですが、同じく『このラノ』にランクインしている『東雲侑子』シリーズ(読みたいと思っています)からもわかるように、確かな実力を持っている作家さんです。根強いファンの方々もいらっしゃるようで、最前線で戦っていらした立派な作家さんですね。そもそも15年戦い続けていられること自体が、偉業だと僕は思いますけどね。



 前説が長くなりすぎましたね、そろそろ本題の方を……。



◆オススメポイント1 極めて現実的な、それゆえに深みのある物語◆


 この物語は、家を出て寮へと入った主人公――四郎と、トランスジェンダーないしは性同一障害を持つヒロイン――未来が、やんごとない理由でルームシェアをすることになるところで本格的にスタートします。

 男であることを望む未来は、四郎に「自分を異性として見ない」ことをお願いします。しかし、共同生活をしていくうちに、いつしか四郎は未来へと惹かれていってしまい……二人のゴールで待っているのは、「恋仲」か「親友」か――。


 全体の印象としては、あまり明るい話ではありません。どちらかと言えば鬱っぽい印象を覚えます。しかし、とてもリアリティがあって、ご都合主義など取っ払った世知辛い現実が見事に演出されていました。ハッピーでご都合主義的な部分がある(悪く言っているつもりはありません)ライトノベルの中では、ある種型破り的な作品ですね。僕個人としてはとても好きです。


 人間関係や思惑が複雑に絡み合い、それが原因で衝突やすれ違いを起こし、登場人物たちは悩み苦しみます。彼らがそうして最後に選び取ったのはどんな道なのか、想像を膨らませながら読んでほしいですね。



◆オススメポイント2 キャラクターの「鼓動」を感じられる◆


 キャラクターの「鼓動」を感じられる、つまり生きている感じがするということですが、この作品からはそれがとても強く伝わってきました。


 下手なものだと、キャラクターが物語に振り回されている、なんて思うことがよくあるんですよね。しかし、この作品からは登場人物一人一人が各々の人生を必死に生きているんだということが、自然に伝わってきました。作風が手伝っているところがあるのかもしれませんが、僕は逆にこの技術がなかったらこんな深い作風にすることはできなかっただろうと思いますね。


 彼らが作中で放つ言葉には、ずっしりとした重みがあり、それらは僕たちの胸に訴えかけてきます。

 なので、この作品を読んでいると、彼らの「青春」という渦の中に巻き込まれたかのような気分を味わえます。きっと皆さんも不思議な読書体験をすることができるでしょう。



◆オススメポイント3 卑屈で人間的な主人公「松永四郎」◆


 この作品に登場するキャラクターは誰もが魅力的(萌え的な意味じゃないよ)なのですが、中でもその主人公「松永四郎」はこの作品の味を出している一番のスパイスだと思いますね。


 はっきり言って四郎はクズです。ただ、根っからのクズ野郎というわけではありません。むしろごく普通の高校生、他の作品の主人公たちと変わらない良識人です。体を張って人助けをする、優しい一面もあります。話が進んでいくうちに、結果的にクズのような状態になってしまったというのが正しいですかね。もっとも、四郎は全くもって被害者なんかではないんですけど。


 ただ、今四郎をクズと「表現」しましたが、どちらかと言うと「人間的」なんだと思います。四郎はとても卑屈で、物語が進んでいくうちにどんどんと自分を追い込んでいってしまいます。「小説の主人公」ならば颯爽と乗り越えていくだろう壁に、「現実に生きる彼」はもがき苦しみます。ままならない現実で、自分と必死に戦う四郎を応援しながら読んで頂きたいですね。



◆最後に◆


 ライトノベルの中では鬱っぽい異色な作風ですが、とても素晴らしい作品だと思いました。あと、僕のオススメですが、この1シリーズ全部を一冊の本としてとらえた方が読みやすいと思います。


 それでは、また。

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