第7話 それは決別か、あるいは

五十嵐 セント 騎士ナイト艦隊長の言葉とともになだれ込む勇者の群れ。

悪の催眠術師は完全に包囲された。絶体絶命。

この状況で残された選択肢は二つ。


投降、もしくは…


「動くな!動くとこいつの命はない」


サイは一番近くにいた俺の首にナイフを突き立てた。人質役は俺のようだ。


こっちは主役が来るまでにかなり時間稼ぎをした。やろうと思えば最初の一発目で、サイ自身を狙えたが、あえて戦闘を伸ばした。そのせいで、予想以上のダメージを受けてしまった。

朦朧とした頭でも徐々に回復しているのが分かる。あと少しだ。


「貴様、無駄な抵抗をよせ!今すぐ解放しろ」


「断る。ここから俺を逃がせ。そうすればこいつを助けてやる」


今だ。

サイの腕を噛み付く。痛みに驚き、隙が生まれる。


「うぉぉぉおぉぉ!!」


予想通り回復した一絆かずきくんの一撃がサイのナイフを跳ね飛ばした。それを合図に勇者たちが一斉に突撃し、馬乗りになり取り押さえる。


チェックメイトだ。



悪の催眠術師は拘束され、艦隊長の前に引きずり出された。


「して、悪の催眠術師 差異サイ。貴公の処分だが、今ここで行わせてもらう」


腰の長剣を抜き、その切っ先を真っ直ぐに向ける。


そして、それを振りかぶったその瞬間、


「お止めください!」


俺はサイを庇う為、前に進み出た。

相棒を助けるための行為ではない。きちんと考えあっての行動だ。

艦隊長が怪訝な表情を浮かべる。


「なぜだ?」


「五十嵐 セント 騎士ナイト艦隊長様。貴方がそんなことするべきではない」


静かに、だが、はっきりと言葉を紡ぐ。

俺は銃をヤツに向けた。小刻みに手が震える。


「こいつをこの施設に入れてしまったのも、世話を任せられていたのも、逃亡させたのも、…全て、全ては自分のせいです」


涙がボロボロと溢れる。

言葉が出づらくなっていく。


「だから、自分は……自分は…、


……こいつを殺して、自分も死にます」



パァンっ!!



その音は、この空間を一瞬にして引き裂いた。

皆、一同に状況を飲み込めず、息を潜める。


「ど、どうして…?」


痛む頰を押さえながら、艦隊長に問う。

なんの迷いもなく艦隊長は俺の頰をぶったのだ。


「君がそんなことをする必要はない。私もまた間違っていた。

だから、もう殺さなくていい」


艦隊長が俺を抱きしめる。俺は嗚咽を漏らした。


「…本当ですか?…でも、自分が……」


「いいんだ。人は許し合う生き物だから、な」


俺は艦隊長にしがみつき、声をあげて泣いた。



悪の催眠術師、脱獄事件はこうして幕を閉じた。







と、まぁ気持ち悪い演劇ごっこが終わり、俺は拘束されたサイと共に、艦隊長に連れられあるところへ向かっている。


少なくともすぐにはサイは殺されない方法。

また、仮にどこかへ連れされるなら、それに自分が関われるようこちらも賭けに出てみた。


こいつらが勇者を気取る限り、あんな場面になったら、相手も殺してどうぞ自害してくださいとはならないだろうと。そんなことをしたら、艦隊長こそ周りの信頼を失うと見積もった。

そして、俺らはその賭けに負けはしなかったようだ。


秘密の入り口は中枢部の玉座の間からしか出入りできない艦隊長室にあった。

引き出しに隠されたスイッチを押して床から現れた虹彩・静脈認証装置を解除して、初めてその入り口は開いた。


またここに侵入しようとするならば、ハッキングの専門家が必要になるなと思った。


予想通り、暗部は地下の施設の上にあった。


殺さずに対象を有効活用できる場所、

そう、それこそ真の狙い、この組織の暗部だった。


真っ白い廊下を抜け、パスワードと静脈認証でその扉が開く。艦隊長のあとに続き、その部屋に入る。

天井まで立ち並ぶ無数のケースに様々な機械。

ケースの中は液体で満たされ、中には管が繋がれた裸の人間が浮かんでいた。


「ここは…?」


「ここは殺すには勿体無い逸材を研究する専用の施設だ」


定番中の定番。人体実験施設だった。


やっぱりあんのかい!

心の中で総ツッコミを入れた。


白衣姿の研究員らしき人物の一人が手を止め、こちらへ近づいてきた。初老の髭を生やした男性だ。


「お久しぶりです、艦隊長様。そいつはこちらで預かります」


「あぁ、頼んだぞ」


サイが研究員に引き渡される。ヤツにしては珍しく何も言わない。抵抗しない。


「そして、君はこちらへ。見せたいものがある」


若干、いや、相当嫌な気がするが、もう後戻りできまい。


「はい、喜んで」


にっこり笑い、艦隊長のあとに続いた。







案内された先は不思議な物が並んでいた。精巧な蝋人形かと思ったが、違う。これは剥製だ。


広い空間の壁、全面に屈強な肉体を持つ人間、そして、魔族の剥製が飾られていた。


「随分悪趣味だと思ったかい?」


「どうでしょう…」


「こちらが君の裏切りを知らないと思っていたのかい?」


「何を言っているのですか?五十嵐 セン…」


キンっ!


放たれた短剣をナイフで蹴散らす。

もうどうやらお話し合いは出来ないらしい。小細工も通じそうにない。道化を演じるのもここまでか。


「狙いが甘いぜ、三流が」


「ほざけっ!」


戦闘開始だ。

元軍人舐めんじゃねぇぞ。


大きく後ろに飛びながら、発砲。

だが、一応組織のトップ。多少の実力もあるらしい。打った弾は無残にも切られる。

それを確認し、別の銃を構え直す。


「貴様がこちらを殺す気がない。ゆえに軌道も予想できる」


はいはい、そうですか。

その言葉を受け流し、さらに距離を取り無言で発砲する。


「無駄なことを!」


艦隊長が再び弾を斬りあげる。動体視力、身体能力、どちらも申し分ない。


でも、残念。ヤツが切ったのは特製の刺激弾。

その刺激の強さは野生の熊すら撃退する威力。


「あぁぁぁぁぁ、目がぁぁぁっ!」


響き渡る絶叫。自分でそれを拡散したのだ。自業自得だ。

ガスマスクを装着し、一気に距離を詰める。


「はい、おやすみ」


そして、首元に手刀を一撃。これで戦闘不能だ。

倒れたのを確認し、素早く縛り上げる。


あとは適当にサイを連れ戻して、この艦隊長を催眠術で操ってもらえば良い。

それで多少の時間稼ぎをして、本部の一斉検挙を前倒ししていただこう。暗部も存在していたうえ、内容は人体実験。金の出どころも気になるが、この非人道的活動の阻止の方が優先だ。


さて、急ぐか。


「お急ぎだね、若者よ」


気配を一切感じなかった。その声は初めて聞く響き。

相当な実力。覚悟を決め、視線を移すとそこには声に違わぬ小さな人影。


「この姿ですまないね」


年の頃なら5〜6歳ほど。床にまで届く長い銀髪に金色の瞳の少女。白い簡素な服。

だが、間違いない。こいつはヤバイ。


「君を、君みたいな人を待っていたよ」


「またまたご冗談を」


「いや、本当だよ。君こそ理想だ」


そう言って柔らかく微笑む。天使のようなその姿に俺は恐怖しか感じない。圧倒的な実力差がひしひしと伝わってくる。


「こちらも無益な争いはしたくない。どうだろう?君の命で手を打つという事で」


「打ってもいいが、既に本部には全て報告済みだ。お前らの悪事をな」


「あぁ、知ってるよ。だから、君に声をかける前、この自動通信装置を破壊、預からせてもらった。

この施設はともかく、私のことが漏れるのだけは避けたいからね」


いつの間にか俺の持っていたはずの通信機器が少女の手にあった。あり得ない。しかし、本体の見覚えのある傷に剥がれかかった塗装。間違いなく俺のだ。


「君は傷付けたくない。だから、大人しくして欲しい」


フッと少女の姿が消え、再び俺の前に現れる。その足元には見慣れた白衣姿。気を失っているのか動かない。

少女は馬鹿の頭に片足を乗せる。そして、少女が口を開く。


「早く決めてよ。さもないと…」


ぐちゃりッ!!


サイの頭がまるでザクロのように潰れた。

溢れ出す血液に脳髄の一部。押し出された目玉の一つが血の海の上に転がっている。


嘘だろ?

こんなにもあっさり殺すのか?

脅しから殺害までが早過ぎる。


いくら死体を見慣れていても、あまりの呆気なさにどこか現実味がない。


だが、俺は動じない。俺は元軍人、それに俺もあいつも…、そう、


「あの馬鹿も監査官だ。暗部特定の末の殉職だ。きっと本望だ」


その言葉につまらなそうに口を突き出す少女。


「ふーん、それだけ。なら…」


「止めろーっ!!」


俺は腹の底から叫んだ。そいつの次の行動はすぐ分かった。


「止めてくれ。そいつは殺すな」


既に血まみれの足が艦隊長の上にあった。

俺の言葉に不思議な顔をしながら、少女は足を退ける。


「仲間の命乞いはしないのに。不思議だな」


「そいつらは無事に捕まるってお役目があるんだよ」


「理解できんな」


「そう、理解されない。訳わかんねぇ。全く理路整然じゃないし、無駄も多い。


でも、それが…、


俺ら、お役所仕事ってやつだ」



そして、俺の意識は闇に溶けた。

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