第6話 いっちょやりましょ!ど定番

すっかり親友になったアルドルドくんと一緒にランチだ。場所は食堂。お昼時なだけあって、いい感じに賑わっている。

アルドルドくんのチョイスは唐揚げ丼大盛り。若者らしくて清々しい。


「皆の衆、ご一緒してもいいかな?」


その時、食堂にまさかの人物が入ってきた。皆、驚きを隠せない。五十嵐 セント 騎士ナイト艦隊長。まさしくこの組織のトップだ。ここにいるはずのない人物だ。


「隣、失礼するよ」


全体を見渡した後、艦隊長が選んだのは円形テーブルで向き合う形で座る俺とアルドルドくんの間だった。

予想外の登場と着席場所だったが、悪くない。利用してやる。そう思った瞬間、


突然の暗転


辺りは闇で包まれ真っ暗だ。

停電。全ての明かりが落ちた。


「なっ、なんだ?」


「大丈夫か?みんな大丈夫か?」


口々に声をあげる。みんな混乱している。


パッと光が灯る。俺が懐から出した携帯用の懐中電灯だ。


「皆さん、落ち着いてください。ただの停電で…」


バンッ バババンっ バンッ!!


「伏せろー!」


その音を聞くや否や俺は叫んだ。咄嗟に艦隊長を庇ってみせる。


破裂音が響く。爆発の振動も伝わってくる。決して小さくない。それに合わせ警告音が至る所で鳴り始める。


「まさか、襲撃か?!」


誰かがそう叫ぶと、その場にいた全員に戦慄が走った。俺は艦隊長を庇うように伏せていた自分の体を退けた。艦隊長が立ち上がり、皆に言う。


「中枢部が心配だ!そちらには私とブラッドレッドスター・暁が向かう。他の者は、電源の復旧及び敵の探索と撃破を。この場の指揮を金色の光の申し子ことゴールドキッドに委任する。頼んだぞ」


『ハッ!了解しました!!』


艦隊長が全体に指示を出す。皆、一同に返事を返す。


「ブラッドレッドスター・暁様、これを」


そのレッドスターとやらに俺は懐中電灯を渡す。そいつはお礼を言って何の疑いもなくそれを受け取った。


「一人の犠牲も出すな!行くぞ!!」


無駄にかっこいいセリフを吐き、艦隊長がレッドスターと共に食堂から走り去って行った。

よし。もうそろそろあれの時間だ。そう思っていると、誰かが呟く。


「何か臭わないか」


「変な臭い」


「まさかガス漏れ…」


真っ暗闇の中、広がる異臭と不安。


「に、逃げろー!!」


誰が叫んだ。それをかわきりに皆、走り出す。出口に向かってだ。この場の責任者の光の申し子の制止する声などもう届かない。


なだれ出ようとする人の群れ。怒号叫び声が混じる。


俺の予定通り混乱が発生した。

それに乗じて俺も食堂を後にした。







お判りの通り、あの騒ぎは全て俺のしわざである。

時間指定で停電及び爆発が起こるように仕掛けておいた。また、その時刻に食堂にいる予定だったので、ついでにガス臭を発生させる臭気発生装置もおまけしておいた。

今のところ、ほぼ予定通りだ。


暗視ゴーグルをかけ、通路を走り抜ける。これさえあれば暗闇もなんのその。全く障害にならない。


また、事前にあの懐中電灯には特殊な塗料を仕掛けておいた。加えて暗闇で伏せた際、艦隊長の襟元にもこっそり同じのを付けた。

この塗料は動きによって分散し、歩いた後にそれらが跡として残る。ヘンデルとグレーテルのパン屑と一緒。道しるべだ。


人間の肉眼ではその塗料は見えない。だが、暗視ゴーグルに取り付けた専用の解析ソフトを使えば、塗料の跡を可視化することができる。但し認識できるのは半刻ほど。それ以上経てば検出は実質不可能。でも、それで十分だ。跡が消える前にこれを追いさえすればいい。


本当は盗聴器も懐中電灯に仕掛けようかともしも、それが見つかってしまったら言い訳ができないので今回はやめておいた。


塗料は懐中電灯は緑、艦隊長はピンクで認識する。どちらも今のところ、同じところへ向かっている。


中枢部、例の玉座の間。


できればそこから先に行っておいて欲しい。

わざわざ騒ぎを起こし、奴らを泳がせたのだ。緊急時、多くの人間は最も重要なものの被害状況を確かめようとする。その心理を利用した作戦だったが、はたまたどう出るか?


塗料の跡を辿る。いくら内部が混乱しているとはいえ、こちらも警戒を怠らず追跡する。停電も長くは続かまい。復旧する前になるべく情報を入手する。


玉座の間の扉は不用心にも開け放たれ、中から光が漏れていた。やはり優先的に復旧するようだ。

陰に隠れ、部屋の中を窺う。秘密通路の一つでもあれば嬉しいが…。

聞き耳をたてると内部から複数の話し声が聞こえてくる。


「上にはダメージがなかったのが、不幸中の幸いです」


「復旧はまだか?」


「あと2分程で順次予備電源で回復します」


「くそっ、どこのネズミだ」


元を正せば最下層に収容中のセルフネズミが発端だ。ある意味、外れていない。


何より奴らの会話の中の上と言うのは、地下上部の実験施設か?あの内容だけでは判断しかねる。


「間もなく復旧します。艦隊長、緊急連絡が入ってます」


「脱獄、脱獄です。例の悪の催眠術師が逃げ出しました!」


「こちらにも緊急連絡。疾風の翼・ルドルフ・スターや灼熱のアルドルドなどの複数名が異常行動」


「何だと…?!」


次々に新たな情報が入ってくる。なかなか興味深い。

もうすぐ電気系統も復活する。サイの奴も脱獄したらしい。ならば、こちらも次の行動へ移行する。


俺も踵を返し、走り出した。


少し走ると辺りが明るくなっていく。どうやら復旧したらしい。暗視ゴーグルを外して素早く片付ける。


下の階に降りると、人影が見えた。勇者の一人だ。とりあえず声をかける。


「大丈夫ですか?」


「えぇ、まぁ。そちらは?」


「こちらも特には…」


『緊急連絡 緊急連絡ッ!』


突然、響き渡る緊迫した声。電力復旧したおかげだろう。会話はひとまず中断。俺達はその放送に耳を傾ける。


『全勇者、及び同胞達に通達する。

現在、当該施設に収容中の悪の催眠術師が逃走した。見つけ次第、直ちに捕縛もしくは殺害せよ』


『繰り返す。現在、当該施設に収容中のあ…』


なるほど、そういうことか。まずは全戦闘員を把握している不穏分子の排除に向かわせるらしい。


何よりここは地下施設。言わば、閉ざされた空間、まさに袋の鼠だ。ここにいる全員を敵にして、悪の催眠術師が助かる可能性は限りなくゼロ。絶望的だ。


だが、それでもあいつも監査官の端くれ。

悪の催眠術師、足掻いてみせろよ。


「世界最後の希望・アーサー様行きましょう」


「あぁ、もちろんだ。援護しろ」


「はいっ!」


世界最後の希望こと俺の捨て駒のアーサーくんを先行させ、俺はその後をついて再び走り出す。


廊下を直進し、左に曲がる。

その瞬間、突然何かが飛び出してきた。それは、アーサーくんに体当たりする。


「ぐはっ…」


一瞬、反応が遅れたせいかアーサーくんはモロにその一撃を食らう。即気絶、戦闘不能だ。


おかげで相手に隙ができた。冷静にゴム弾を発射する。威力はボクサーのパンチ程度。俺の放った弾は襲ってきた勇者の腹部に命中した。


「ぐがっ…」


小さな呻き声を残し、そいつも倒れた。


実はその襲撃の様子を見てピンときた。四つ足で走り回って、すばしっこくて、最近よく名前を耳にした動物。


ネズミだ。

サイは勇者どもにネズミになる催眠術をかけて内部を撹乱したのだろう。

多少頭を使っている。まぁ、あの馬鹿にしては上出来。


さてさて、面白くなってきた。


この催眠ネズミたちを辿れば、元凶の自己催眠ネズミに行きつくはずだ。

その前に、殺されてしまわないといいが。


まだ死ぬんじゃねぇぞ。


まだ

お前の役目は残ってるんだからな。







何度かネズミ化を遂げた勇者を退けながら、先に進む。導かれた先は第2集会用ホール。暴れ回る広さも十分。なかなか良い舞台だ。

開け放たれた扉をくぐると対峙する二つの影と、数体の獣もどきがいた。


青年勇者くんはまだ素人感が拭い去れないが、顔はお綺麗だ。絵画に出てきそうな雰囲気すらある。

そんな彼を睨む四つ足の勇者の成れの果て。そして、それを従える白衣姿。


「さて、どうする?残りはもうお前だけだ」


「くっ…」


「なぜかお前だけ管轄外のようだが…、残念だな。私の駒になれずに」


ほくそ笑む悪役に悔しそうに声を漏らす勇者くん。どちらもセオリー通り。


「勇者様、大丈夫ですか?!」


頃合いを見計らい、俺は本日何度か目の台詞を口にした。俺に気づいた勇者はこちらを制止する。


「来てはダメだ。君も操られる。ここは俺が…」


「いえ、自分もお手伝いします」


勇者くんの言葉を完全に無視し、彼に駆け寄る。


「フハハハハハハっ!」


悪の催眠術師の高笑いが上がる。何度聞いても非常に不愉快な笑い声だ。


「増援がたった一人とはな。貴様は運もないな、勇者よ。

そいつも我が手下にしてくれよう。喰らえ!」


俺に催眠術をかけようと手をかざす。

逃げるように必死で叫ぶ勇者くん。ありがとう、君のその感じ。とってもありがたい。


だが、もちろん俺はかからない。


「…なんだ…と。まさかこれまでの戦闘で力が…削がれている?!」


「まさしく期待の新星、白薔薇美少年ギャラクシー 一絆かずき様っ!さすがです!!」


とりあえず勇者くんを褒め称える。そして、ゴム弾入りの銃を取り出す。


「自分が援護します。このゴム弾で操られた皆さんを気絶させます。なので、勇者様!ヤツの力が弱っている今がチャンスです!!」


「任せろっ!」


勇者くんがジャキッと獲物を握り直す。そして、一直線に走り出す。活路が見えたお陰か、勇者くんの動きも良い。

だが、そうはさせないと四つ足の勇者たちが俺たちに襲いかかってくる。


こちらに飛びかかって来た勇者の一人に一発蹴りを食らわせ、やや体勢を崩しながらも勇者くんに向かってきた別の勇者に弾丸をお見舞いする。


短い悲鳴をあげ、倒れる。まずは一人。


蹴りで退けたあの勇者が再びこちらに向かうのが見える。迷いなく発砲。撃破、二人目。


勇者くんがまたまた別の勇者相手に肉薄している。彼はまだまだ戦い慣れしていない。故に、相手を無効化する程度に手加減することができないのだろう。


別の一人をまたこちらに引きつけ、その攻撃をかわし、くるりと受け身で床の上を回転しながら勇者くんの邪魔をするネズミもどきに一発。

ついで、こちらに来ていた奴の懐に入り、銃で殴る。ほんの少しの間、動きを封じさせてもらう。


残りのネズミは二匹。

二匹とも悪の催眠術師であるサイを守るかのようにヤツの側に控えている。が、なんの問題もない。


パンっ パン!!


あえて殴ったネズミもどきを警戒しつつ、勇者くんのお膳立てのため、護衛役の二匹を無力化する。


「覚悟しろ!悪の催眠術師!!」


剣が突き立てられるその瞬間、

先ほどの殴ったネズミが勇者くんを襲う。


「……危ないっ!!」


ネズミと勇者くんの間へと俺は手を広げ、庇いに入る。

その突進がみぞおちに入る。思わずうめき声が漏れる。


俺の体は吹っ飛ばされ、勢いあまって勇者くんにぶつかった。二人仲良くに床に倒れこむ。


鈍い痛み。途切れそうな意識の中、残りの一匹に銃弾を撃ち込む。こんな状況でも百発百中。そいつも床に倒れこむ。相討ちか…。


「そこまでだ!悪の催眠術師 差異サイ!!」


朗々とした聞き覚えのある声。そうこの組織のトップ。待ち望んだ人物の登場に嬉しくなる。ようやくだ。




主役はいつも遅れてやってくる。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る