第5話 住めば都となんとやら
俺は無事に真勇者連合艦隊の一員となった。
艦隊長をよいしょしたおかげか思いのほか気に入られた。入隊初日からアジト内部も見放題調べ放題。セキュリティーはあってないようなものだ。潜入から半日だが、全メンバーの簡単なプロフィールも入手した。すでに本部へ送信済み。査定結果もすぐ届いた。よし、良い感じにアップしている。
あと6日ほどで遅かれ早かれ、リストにある勇者どもは全員、お縄になる。なので、それは別の監査官たちに任せても構わない。情報提供分で十二分に稼がせてもらった。
ここに潜入している俺だからできることをしよう。例えば、黒幕の特定。
これが、出来れば相当なプラス査定だ。狙わない手はない。
それを目標にどんどん動いてもいいのだが、一応捕まったあの馬鹿のことも気になる。最下層にある収容施設に入れられているらしい。
だが、正直迷う。
助け出したら、出したで潜入の意味がなくなってしまうし、あの馬鹿がまた俺の足を引っ張ることは容易に想像できる。いや、確実に足でまといになる。でも、俺の良心も少しは痛む。
“悪の催眠術師”
実はこれがキーワードだった。
潜入前に事前に自己催眠するようにメモで伝えておいた。内容はある言葉を聞いたら、ヒーローショーの悪役になりきるというものだ。
そんなことが出来るのか、むしろ俺の指示通りきちんと催眠術をかけたのか等など、かなりの不安があったが、結果として何とかなった。
サイの犠牲のおかげで、潜入に成功した。
それが事実だ。
一方、あいつが邪魔になる。それもまた事実だ。
しばらく考えてみたが、今のところ同じ結論にしか到達しない。毒を食らわば皿までだ。俺も腹を括ろう。
助ける気はないが、少し様子を見に行ってやろう。あと、何か差し入れでもしよう。
今日のところはそれで手を打つことにした。
*
手には奴らにとって重要なはずのカードキー。現在、専用のエレベーターで収容施設に向かっている。
あれからすぐに、駄目元である申し出をした。自分が一番下っ端なので収容者達の世話などの雑務をやりますという内容だ。すると、二つ返事で許可が出た。あまりにもあっさりしすぎて拍子抜けしたぐらいだ。
許可されなかった場合の手をいくつか考えてはいたが必要なかったようだ。
到着したエレベーターを降り、扉にカードキーをタッチする。
ピピピッと小さな電子音が鳴り、扉が開いていく。一枚だけのようだ。意外と手薄。
セキュリティーは厳重そうに見えるが、管理している人間側にいかんせん、問題がある気がする。よくこれで運営できてるなと思った。
中はガランとした空間だ。綺麗だが、殺風景で牢屋らしさがある。ザッと見るに、部屋は左右に三つずつ、合計六部屋だ。鉄格子の柵の扉には南京錠が一つだけ。
左側の一番奥に悪の催眠術師は収容されていると聞く。
迷わずそちらへ向かう。いた。見慣れた白衣姿。
「あっ!久しぶりー、元気?」
馬鹿すぎて速攻で帰りたくなった。
思わず牢屋の鉄柵の隙間から手を差し込み、首根っこを掴み上げた。そして、馬鹿の耳元で囁く。
「あまり大きな声を出すな。ここは敵陣だぞ?」
「いやそれは分かってるけどさー、ネズミ達がね、ここには監視カメラも盗聴器もないって」
「ネズミの話を信じろと?」
「ネズミさん、つまり私のセルフ催眠術を信じて欲しいって感じ?」
これは少し難しい。自己催眠で確かに木にもなっている(?)し、あの時は木と意思疎通も出来ていた。そのおかげでアジトを発見でき、実際にその催眠術を目にしたので全くの嘘ではない。
木はできてネズミはできないとは確かに考えにくい。ともすれば、真実か?
「本当か?何よりこんなとこにネズミ?」
「本当ですって!ネズミさん、ある施設から逃げてきたらしいです」
「ある施設?」
「興味湧きました?でしたら、一度下ろしてください」
やや青白くなった顔で苦しそうに言うサイ。仕方ない、信じてやるか。首元から手を離してやった。
「で、続き」
「はいはい、せっかちですねー。
まぁ、私が聞いた話はネズミさん達はある研究施設の実験動物だったそうです。そこから逃げ出した何匹かでこの辺りで暮らしているとの事です」
「で?」
「ネズミさん達は上から来たって言うんですが、地上ではないらしいです。ここは地下ですが、この地下より上、地上より下に施設はあるそうです」
サイの不思議な表現に、ふと地上からこのアジトへと続くエレベーターのことを思い出した。
やけに長いと思った。それは地上から地下の目的地まで距離が離れているということ。別の言い方をすれば、地上に比較的近い地面に何らかがあり、それを避けるためにそれより下にアジトを構えたとも言える。
それがおそらくその施設。
「珍しく良い情報だ!サイ、お前は出来る子だ」
「えっ?ホントですか?!」
途端に目をキラキラさせる。そんな単純な褒め言葉で喜ぶなよ。本当に馬鹿だ。
「それなら、もう一つオマケの情報を。ここ変なんです」
「はぁ?」
一番変なやつに言われたくないと秒速で思った。
「ドーベルマンになったり、コウモリになったり、色々試してみたんですが、どうにもおかしいんです。現に今、収容されてるのは私だけですよね?」
「あぁ、それは間違いない」
「そのはずなんですが、至る所、他の人間を収容した痕跡がありまして。でも、それが妙なんです。全員、一週間すら滞在した形跡がないんです」
「ん?」
「別の言い方をすると、一週間もせずに何らかの目的の為、こちらから移動させられている」
最も容易で最悪なところで繋ぎ合わせる。
それはつまり…
「人体実験?」
「そうです。マズイです。もし、そうなら次は私です!なので、すぐ出してください!さぁ、今すぐ!!」
「そう思うなら今から、自己催眠で手を打っておけ」
「自己催眠にも限界はあります!」
「時間はたっぷりある。せいぜい悩め」
専用の小さな入り口から持ってきた捕虜用の食事を入れてやる。特別に食堂から貰ったみかんもおまけしておいた。
「サイ。頼むから30秒だけ目を閉じてくれ」
「へいっ!」
謎の返答と共にやはり素直に従う。
俺は扉の前にしゃがみ込み、南京錠を観察する。非常にオーソドックスなやつだ。秘密の道具を取り出し、それを鍵穴に入れ、カチャカチャと動かす。
カチャリ
南京錠が外れた。
「サイ、目を開けてもいいぞ」
「私、信じてました!必ず助けてくれるって」
「いや、待て」
喜び勇んで出てきそうなサイを片手で制止する。
「鍵は外してやったが、今すぐここを脱獄してみろ?俺が手引きしたのが丸わかりだろ。
今すぐは駄目だ。絶対に駄目だ。押すなよ、押すなよの意味でなく、本当に駄目だ」
ひと呼吸置く。そして、力強く言葉を続ける。
「必ずチャンスは来る。その時は…、やってくれるな、サイ」
「はいっ!!」
馬鹿はもうしばらくここで待機だ。
本人も納得の上。彼にしては珍しく素晴らしい英断だった。
それにしても勇者ごっこをしている奴らが人体実験。
かなりきな臭いが、可能性がゼロではない限り、調査は必要だろう。
もはや勇者連合と言うより魔王軍という方がしっくりくる。
ただ、正直証拠がない。手がかりもない。
そもそもサイの言葉を元に動いていいものか?はっきり言って心許ない。相当心許ない。
しかし、もし最悪のことが行われていたら?犠牲は少しでも少ないに越したことはない。そのためには先手必勝。動くしかない。
ならば…、
ここは王道パターンをやってみるか。
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