第3話 臭い くさい くそサイ

強烈な悪臭が鼻をつく。否応なしに吐き気がこみ上げてくる。歩くたびに靴底に何が貼りつき、気持ち悪い。


「ホントにここなんですか?」


「間違いなく、発信器の反応はここだ」


サイの疑う声にイラっとしながらも歩を進める。緯度経度共に間違っていない。一つならず二つともこの付近だ。


「あと、これをやっておいてくれ。サイ、頼んだぞ」


「分かりました!」


先ほど書いたメモを渡す。

だが、馬鹿はそれを受け取ると同時にバランスを崩し、俺にしがみつく。


「ちょっ、おまっ、止めろ!

変に力を入れるな!俺まで倒れる!」


「一緒にまみれましょう」


悟った目をする。俺を道連れにする気か?こいつ狂ってやがる。


何がなんでも倒れたくない。心の底からそう願う。


それほどの劣悪な環境に俺らはいた。







ゼロ夫くん、改め晴夫くん宅襲撃事件後、緊急集会が本部で行われた。大規模な家屋破壊に、青少年誘惑の余罪の数々。真勇者連合艦隊の解体は最重要課題に持ち上がった。


程なくして、本部が一週間後に真勇者連合艦隊に正式に立ち入り調査及び逮捕を行う事が決定した。

そして、もれなく本部以外の監査官に自由監査権が認められた。つまり、一週間後の立ち入りまでに真勇者連合艦隊の連中を自由に監査して良いとお許しが出たのだ。


監査は通常、監査命令が上から下りてきて、初めて行える。悪質な場合はその場ですぐ行えるという例外パターンも存在するが、それはあくまでも例外。


監査官の仕事は、監査をして捕まえれば捕まえるほど給料は上がる。

だが、上から指示や調査依頼が来ないとやりたくてもやれないというジレンマに追いやられる。


そんな状態だからこそ、自由監査権は願っても無いチャンスだ。監査し放題。稼ぎ時だ。

さらに言うと今回は、本部に真勇者連合艦隊についての正確な情報があまり集まってないと聞く。監査のついでに組織の金の出所等など、本部がまだ把握していない情報をあげるだけでも査定がプラスになるとの連絡も入った。


今や、我々監査官にとって真勇者連合艦隊は金の成る木だ。


誰もが狙い、奪い合おうとする。


そう、自称勇者狩りの始まりだった。







真勇者連合艦隊の構成員数など、俺らの知り得る情報は本部に報告した。おかげですでに査定も上がったが、まだまだできることはある。


実は一発目の爆撃の際、あの金髪と黒髪の二人組に、こっそり発信器を取り付けておいたのだ。

その二人があの騒ぎに乗じて逃げる可能性があると考えたからだ。

まぁ、今となっては逃げてもらったというのが正解かもしれないが。


あの二人を連れ戻すと向こうが宣言した瞬間、俺はほくそ笑んだ。


奴らはゼロ夫くんの家を破壊にしている時点ですでに詰んでいる。一般的にあの行為は器物破損。下手すれば殺人未遂だ。

奴らを捕まえられるのは簡単だった。

それに、あのヘリも落とそうと思えばできた。それを成し得る十分な装備も腕も持っていた。


だが、どちらも積極的にはしなかった。

なぜなら、相手は組織。目の前の奴らの捕縛を優先しても本体を叩けないかもしれない。トカゲの尻尾切りをされる可能性が捨てきれなかったからだ。核をきちんと潰さない限り、また復活する。それは何としても防がないといけない。そう考えた末、結果としてあいつらを見逃す形になった。


けれど、今は両者の状況は一変した。俺ら、監査官に自由監査権が認められた。これで奴らを好きなだけ捕まえられる。形成逆転だ。本当にありがたい限りだ。


そして、今あの二人に付けた発信器の反応を基にしてここにいると言うわけである。


が、場所は全く勇者の拠点らしくない。それが問題だ。そのせいで、上に発信器と場所について報告したが、胡散臭いという理由でそっちで勝手にしろと言われてしまった。


この場所の胡散臭い理由。

まず臭い。植物か何かが腐った臭い。足場はどろどろと腐敗したそれで覆い尽くされてきる。


さらに言うと暗い。昼間だと言うのに鬱蒼とする木々のせいで光は差し込まず、なおかつ何故かこの辺りだけ厚い雲が発生している。


歩きづらいし、臭いし、暗い。

なかなか嫌な条件の揃った場所だ。

勇者なんぞキラキラしたものに憧れる奴らが好みそうな所ではない。


サイも嫌そうに両手で白衣の端をつまみながら、つま先立ちで歩いている。


「もう、ホントに嫌ですよ。白衣汚れちゃう」


「お前、鼻を覆わずによく平気だな」


「今、嗅覚殺してますから」


「?!」


初めてサイの能力が羨ましくなった。

なるほど。そういう使い方があったか。自己催眠でその場で不要な感覚のみを削ぎ落とす。今で言うと嗅覚。上手い方法だ。

馬鹿と鋏は使いようとはまさにこの事だ。


「なら、俺にもかけといて」


「貴方は私を信じていない。なので、管轄外です」


「馬鹿野郎!この役立たずッ」


「仕方ないですよー。だってもともと自分以外にはかけずらいのに、催眠術を信じてない人にはかけれませんよ」


いけしゃあしゃあと言ってのける。

確かに信じてない。が、こんな時にそう言われたら、ただただ嫌がらせで催眠術をかけないように思える。なので、俺はグイッと拳を握った。


「なら、この状況の打開のため、俺の為に今セルフ催眠術でできることしてみろ!それで許してやる」


「あのー、…で、…でしたらその拳、もちろん下ろしてくれますよね?…そうですよね?ね?」


「あと5秒以内に始めろ、サイ!」


「はーい!」


すると手を真横に伸ばし、直立不動の姿勢をとる。スッと一息吐くと、サイはピタリと動かなくなった。

何が始まるのか楽しみだ。


しばし待つ。


もうしばし待つ。臭いがきつい。


かなり待つ。我慢の限界だ。堪えきれずリバースする。


一方、

……変化なし。


「馬鹿っ!戻れよっ!」


思わず頭をはたく。

にもかかわらず変化なし。不気味だ。


いや待てよ、もしかしたら…


「サイ、戻ってこい!」


「ふぅー、ただいま」


「ハイハイ、お帰り」


さっきまでの無反応はどこへやら。うーんと背伸びをするサイに適当に合いの手を入れる。


「で?何だったの?」


「簡単に言うと木になってました。で、この辺りの子らと世間話を」


「ほぉー」


意味が分からない。全くもって意味が分からない。適当に相槌らしき声を出しては見たが、何の感情もこもってない。


「そしたら、みんな口々に言うんです。ある木が変だって。あいつだけ生きてない、嘘つきだって」


「やっぱり殴ろっか?」


「あっ、…あの……、その木に辿り着くまで許してください。私を殴っても臭いのは一緒ですー!

しかも、さっきまで木だったんで、嗅覚オフが解けちゃって、……おぇぇえぇぇっ!!」


ようやくサイにも俺の苦しさが分かったらしい。人は苦しみを共有すると少し優しくなれる。その吐瀉物に免じてここは許してやろう。


それにもし、その木が何もないただの木だったらサイを殴ればいい。ただそれだけのシンプルな話だ。

まるで仏の様な心で、ほんの少し猶予を与えてやった。


そして、何度かセルフ催眠術で木への聞き込みをしつつ、目的の木にたどり着いた。


「これか?」


「はい、それです」


見た目は他の木と変わらない。ひょろ長く生気の感じられない幹。葉っぱはほとんどなく、枯れ枝の集合体。そんな印象だ。


「多分、単純な話です。

発信器の反応がある場所なのに目ぼしい拠点は見当たらない。

つまり、王道パターンの上空、もしくは地下ですよ」


「まだそのパターン生きてんの?」


「生きてるんじゃないですかね?だって、ほら」


指差された所に小さな突起。そこを慎重に開けるとセキュリティーシステムがあった。

指紋認証とパスワード入力のごくごく一般なものだ。ある程度の知識があれば簡単に解除できる。


「サイ、これ破れるか?」


「残念ながら、管轄外です。

むしろ、そっちこそどうなんですか?もちろん、経験ありますよね。だって定番ですから」


「ぅえっ?俺。…俺は……こういう系苦手だったから…、そのー、以前の相棒に任せきりというか、適材適所?」


「…えっ……?」


ズーンと一気に空気が重くなるのを感じた。


俺らはこんな古典的な警備を前に手も足も出ない。出来ない奴が下手に触って何か起きたら取り返しがつかない。自爆装置という定番中の定番が脳裏をよぎる。

普通、こういう場合、サラサラっとハッキングできる奴が一人はいるもんだ。だが、現実はそんなに甘くない。皆に平等に厳しい。


「つまり、指を咥えて待ってるしかないんですね…」


「……残念ながらな」


悪臭立ち込める中、誰かが来るのを待ち伏せるという何とも情けない作戦が開始した。







運が良いことに日が落ちる前にお客さんは現れた。意味不明な頭の飾りにマント、腰には長剣。平たく言うと勇者風の見た目の奴が一人、例の木に近づいてきた。


俺は軍隊仕込みのカモフラージュで、サイは自分が岩になる自己催眠(柄は俺が描いてやった)で、それぞれ隠れている。


パスワードを押し、指紋認証をする。

すると、木を含んだ直径2メートルほどの地面がせり上がっていく。その円柱状の土の側面に金属の扉が見えた。あれが出入り口か。そして、監視カメラもチラリと見える。


今だ。

俺は発砲した。連射だ。


1発を除き、弾は全て外れた。


「サイ、あとは頼む」


「任せてください!」


バッと立ち上がり、対象に走り出す。


「何だ?!貴様!」


勇者風がサイに気づく。それに合わせ、追い打ちとばかりと今度は特製煙幕をぶん投げる。狙い通り、二人の間で弾けた。たちまち辺りが煙で見えなくなる。


これでいい。あとはあいつ次第。


煙が徐々に晴れていく。

最悪のパターンも考え得る。が、あいつができると言った。だから、今回の作戦を選んだ。

あの馬鹿も一応、監査官。そう簡単にはやられまい。


「そこの人、手を上げて降参してください。さもないと、この人を殺しますよ」


聞こえた声はサイのものではない。


長剣をサイの首元に突き立て、俺を脅す勇者風の姿がそこにあった。


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