第2話 緊急事態も金の為

「待つんだ!早まるんじゃない!」


事は緊急だ。到着するやいなや、鍵がかかった扉を蹴り壊して侵入した。


見れば、部屋には個性ゼロ夫くんと、くりっくりおめめの金髪碧眼の少女とクールビューティな黒髪ロングの女の子がいた。

くそ、少し遅かったかもしれない。事態は深刻だ。


「な、何だよ?お前、勝手に入ってきて…」


「もう気づかれてしまったのね」


「お兄ちゃん、迷ってるヒマはないよ!」


早く早くと二人がゼロ夫を急かす。

だが、そうはいかせない。


「思い出すんだ!君は一人っ子だ。妹なんていない!」


「そうだけど、それは昨日までの話だ。夢愛は俺の生き別れた妹だ。ほら、首のホクロがそっくりだろ」


「よく考えろ、兄弟で顔は似るが、ホクロは似ない!ホクロの位置に遺伝的要素はない。そんな事で騙されたら駄目だ!!」


妹らしき金髪碧眼がギクリとした。だが、すぐに営業スマイルに戻り、ゼロ夫にコソコソと何か伝える。すると、ゼロ夫の顔がパァっと明るくなった。


「残念だったな。このホクロはホクロじゃない。一族の選ばれた者に現れる聖痕だ!」


黒髪ロングが金髪少女に向けて良くやったと目で合図をする。

くそっ、そうきたか。だが、まだまだ負けはしない。


「もし君がその選ばれた一族なら、今日まで育ててきてくれたお父さん、お母さんは何だ?血の繋がりのない赤の他人か?」


「えっ、いや…」


「自分の顔をよく見てみろ。お父さんそっくりだろ。見ろよ、鼻筋。そっちはお母さんと瓜二つだ。

今頃、工場のCライン副リーダーとして君の為に働いているお父さんが悲しむぞ」


「はっ…!」


揺れるゼロ夫。良い子だ。そのまま戻ってこい。


「確かにお二人には感謝しております。我が王族と似たお顔の二人を見つけ出し、貴方をお預けいたしましたから」


黒髪ロングが大胆なウソをブッ込んできた。

こちらに少しなびいていたゼロ夫がまたあちらに引き戻される。


「お兄ちゃん、急ごう」


「こやつは我らの敵です。貴方様を混乱させる為にわざとあんな事を言ってるのです」


ゼロ夫を立ち上がらせて、早く連れ出そうとする二人。仕方ない。やりたくないが、もう手段は選ばない。


「お坊ちゃん。現実を知る勇気はあるか?」


銃を構えた。真っ直ぐに標的を捉える。

それを見て二人が動く。


「危ないっ、お兄ちゃん!」


「私が盾になります。貴方様だけでも逃げてください!」


世の中は残酷だ。俺に迷いはなかった。


三発の銃声がした。

カランと薬莢の落ちる音と煙の独特の匂い。


鎮圧は終わった。






失神している金髪と黒髪から、少し血液を拝借する。とは言っても指先を針で刺して、一滴だけいただくだけだ。採取したサンプルを専用のカプセルに入れ、解析を開始する。

全く、これも結構金かかるんだぞ。経費で落ちるかどうかひやひやしながら、解析結果を待つ。


「あれー?もう終わっちゃいました?」


馬鹿の声がした。振り向くと一人、能天気そうな顔で無駄に笑っているサイの姿があった。


「遅い。遅いが、それで良い。

お前がいたら、もっと時間かかってそうだからな」


「お前ってなんですか?!おま…」


「サイ、こっちの解析と検出頼む」


「お安い御用です!」


黒髪の分を任せる。いくら俺でも二人分解析するのは少し骨が折れる。猫の手どころか馬鹿の手でも借りたいので、ここはぐっと我慢。


緊急依頼の内容は単純。

不審な二人組がうら若き青少年に接触したという内容だ。つまり、今後生み出されてしまう自称勇者の芽を摘めという指令。

実は既存の勇者討伐より偽勇者の発生を未然に防いだ方が評価が良い。内容の割に査定ポイントの高い美味しい仕事なのだ。


それにしても、今回の二人組は安直だ。可愛すぎる妹に巨乳の美人護衛だ。世の中の青少年は夢を見過ぎでいる。

たとえ、美少女に囲まれハーレムになれることが世界のどこかであったとしても、自分がそれに選ばれるわけないだろう。

お前のどこにそんな強運があるんだ?三億円とは言わない。せめて一億円の宝くじに当選してから、そう思い込んで欲しい。


今回のゼロ夫くんがそれに当てはまっていそうなところを強いてあげるなら、16歳という年齢ぐらいなもんだ。


「あれっ?僕は…」


ゼロ夫くんがお目覚めになった。

ぐるぐるに拘束された二人組に気づき、大声を上げる。


「お前ら、夢愛とジャンヌに何をした?!

今すぐ二人を解放しろ!!」


「はいはい、お坊ちゃん。まず現実を見ましょう。

サイ、そっちもそろそろ終わるだろ?」


「今、96%。あと1分ぐらいかな」


「できたらこっちへ持ってきてくれ。

まぁ、お坊ちゃん。先にこれを見てくれ」


出来立てホヤホヤの解析結果を見せた。

画面には見知らぬ、平安時代ならモテモテの顔が映し出されていた。


「何だよ、このブス」


「これがお前の妹だ」


「所謂、美容整形ってやつだよ。

遺伝子解析でゲノムを分析して出てきたのがこの顔。最近のは本当レベル高いよね〜」


「う…、嘘だ…」


サイの的確な補足に、うなだれるゼロ夫くん。その姿は漫画のワンシーンのようだ。


「サイ、今は静かに。

さらに言うと、カルテも見つかった。

川越ヒカリクリニック第四医院。主治医は長谷川。

手術内容は埋没切開、鼻のプロテーゼ、歯列矯正、エラの切除。腹部、太腿脂肪吸収にヒアルロン酸、ボツリヌス注射。豊胸で150cc…、ん?どうした?」


「聞きたくない。もう聞きたく…」


「できたー!」


嬉しそうにサイが声をあげる。


「黒髪さん、元男性みたいだよ。本名、団 憲雄」


ニコニコのサイが見せた画面にはゴリゴリの男性がいた。


“こうしてまた一人の青少年を救えた”


そう、心の中でプロローグを入れようとしたその時、爆音と共に天井に穴が開いた。


「なっ…」


一瞬、事態が分からなかった。

だが、すぐに状況把握の為にアタマが回転を始める。

外部からの攻撃。紛れもなくそれだ。ならば、想定される相手は…


「悪の結社め。観念しろ!

我ら、真勇者連合艦隊の仲間を返してもらうぞ」


開けられた穴から馬鹿でかい声が流れ込んでくる。なんかムカつく。

金属のかえし付きのロープを投げる。通常は脱出用のものだ。狙い通り屋根にうまく引っかかった。それを利用し、屋根に登る。


見上げると遥か彼方にヘリコプターが飛んでいた。金色のボディに赤い紋章のマーク。やつらはそこから爆撃したらしい。

趣味は悪いが資金力はありそうだ。


「お前らに問う。勇者は何人だ?」


「聞いて驚け!我ら選ばられし92名の勇者を含めた、合計105人だ。我らにこそ、正義である!」


無駄に勇者の構成員が多い。なぜ、そこに誰も気づかない。105人中92人。驚異の数字だ。


「夢愛とジャンヌ。それに新たに選ばれた勇者、またの名を疾風のクリストファー、以上の3名を返してもらう!」


「おい、お坊ちゃん。お前、クリストファーで良い?」


「僕は嫌です。晴夫として生きていきます」


一応、穴の下に聞いてはみたが、予想通りの返答が返ってきた。


「晴夫くん、嫌がってまーす。そちら、どーぞー!」


「うるさい、口を挟むな!ふざけるな!

まぁ、そう言うわけだから、引渡しは無理な相談だ」


「ならば、実力行使だ!」


マシンガンが乱射される。凄まじい反響音。

だが、打ち慣れていない。これぐらいなら普通に避けきれる。

屋根上を走りながら、弾を避ける。が、目下に侵入者が見えた。こちらへの攻撃はただの陽動らしい。自分が行って取り押さえることもできる。できるが、自分がここから離れたらヘリの奴らはどう動くだろう。

素直に銃撃を止めるとは思えない。むしろ、なりふり構わず銃撃を行う可能性は捨てきれない。また同時に、他の建物にもあまり被害を出したくない。査定に響く。ならば…


「サイ!お坊ちゃんだけは守りきれ!!」


嫌でも聞こえるぐらい馬鹿でかく俺は叫んだ。

下のことはあの馬鹿に任せるしかない。


やつらの攻撃を避けれるのは俺ぐらいだ。無差別攻撃が行われ、住民に一発でも当たったら致命傷になりかねない。普通に死ぬ。


あくまでも俺の役目は的。ここで敵を引きつけ、建物及び住民への被害額を減らす。その分、下へのヘルプは安易にはできない。下手すればもっと状況は悪くなる。少なくともこれがベターな選択だ。


何度となく銃弾を交わしながら、どうにか下の様子を伺う。お坊ちゃんを背中に隠し、サイが必死で応戦している姿がチラリと見えた。


不意に銃声が鳴り止んだ。


「ふはははは、我等の同胞は返してもらった。無駄な争いはせぬ。さらばだ!」


悪趣味なヘリコプターが遠ざかっていく。下の状態が、どうなったのか何となく想像がつく。

それでも辺りを警戒をしながら移動し、階下へと降りる。


「疾風のクリストファーしか守れませんでしたー」


敬礼をし、へなへなと倒れこむサイ。

部屋は見るも無残に踏み荒らされ、あの二人組の姿は消えていた。やられた。だが、ゼロ夫を守りきったのは及第点だ。



「ここから大仕事になるな」



誰にともなく俺はそう呟いていた。










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