GimiC これもセルフでお願いします

第1話 通常業務はこんなです

仕事の始まりは大体聞き込みから始まる。情報が入った街に駆けつけては、手近な住民に話を聞く。すると、面白いぐらい簡単に情報が集まる。


ある者曰く、

「ああ勇者ね、一昨日2丁目のキャバクラで見かけたよ」


またある者曰く、

「あいつ、もう20歳超えてるよね。にもかかわらず勇者なんてねー。見てて恥ずかしい」


またまたある者曰く、

「なんか転生してきたらしいよ。前世はどこにでもいる高校生だったらしい。もう正直聞き飽きたよ」


どれもこれもこちらとしてはもうあるあるとも言える内容ばかりだった。確かに正直聞き飽きた。自称勇者たちは総じてオリジナリティーというものが乏しい。どこかで聞いたような内容をさも自分が編み出したかのように見せびらかし誇示する。馬鹿の一つ覚えと言うやつか。


「で、結局そいつは今どこ?」


「村長が昨日、西の谷に出た竜退治頼んだらしいから、今向かってるんじゃないかな」


『えっ?』


珍しく二人で一致した。

まずい。これは非常にまずい。こういう場合相場も決まっている。


話を聞くに所詮自称勇者だ。そんな奴に限って一般的な魔物退治をできる力量すら持ち合わせていない。雑魚魔物ならまだしも、竜など到底不可能だ。

つまり、自称勇者がこの後とる行動はただ1つ。即ち、逃亡だ。


せっかくここまで交通費を使ってやって来たのに、逃したらタダ働きになってしまう。


「急ぐぞ、くそガキ」


「もーおー、くそガキはやめてくれません?」


年甲斐なく拗ねる俺の仕事上のパートナー(?)

便宜上とはいえ、こいつをパートナーと言うのも嫌である。


「てめぇの名前はあってないようなもんだろ!」


「いや、確かにそうですけど。それでもくそガキはひどくない?」


「ハイハイ。ならサイで良いな?今からそれで統一」


「んー、くそガキよりはマシですかね」



「あのー、お急ぎではなかったんですか?」


『あっ!』


村人Aの言葉が一番まともで的確だった。







最寄りの街へと続く街道。舗装もされて、非常に走りやすい。とはいえ気になることが一つ。


「てめぇ、なんで俺の速さについて来れる?そんなひょろひょろで」


「あっ?気づいてました?」


「気付かない方がおかしいだろ」


軍人として数々の訓練を受けたきた自分と、何となくかっこいいからという理由で白衣を着ているだけの馬鹿丸出しの変人。それが自分と同じ身体能力とは思えない。


「催眠術でリミッターを少し外して、野ウサギになってますから」


凄いでしょと言わんばかりにニヤリと笑う。


意味不明だ。

こいつと意思疎通をしようと考えること自体が無謀だったのかもしれない。何だよ、野ウサギって。もっと速そうな動物いくらでもいるだろ。


相手にするのも疲れる。聞いた自分も馬鹿だった。


「あっ、あれじゃないですか」


くそガキ、もとい、サイが指差す。言われたその先を見るが、全く何も見えない。そんなこちらの様子に気づいたのか、さらにサイが付け加える。


「今、目はマサイ族にしてますから」


こいつは馬鹿だろうか。もう言葉も出て来ない。内心、殺してやろうか本気で思ったが、数秒も経たずに自分の目にも聞き込み通りの特徴の集団が見えた。

こいつ、本当に見えていたのか?俄かに信じられなかった。


しかし、それは一旦お預けだ。

今は、目の前の獲物を狩る。ここまでの出費を経費で落とす為にもだ。


辛うじて対象が見えるような距離。

向こうはこちらの存在を一切分かってないはずだ。だが、気を抜く気はない。


「17秒後に一発かまして、捕縛する。てめぇは一人でも良いから捕まえろ。無理なら撹乱させろ」


「だから、てめぇはやめてくれません?」


「うるさい、もうすぐだ。サイ、集中しろ!」


「はい、喜んで」


名前で呼ばれたのが嬉しいのか、素直に返答する。

こちらはこちらで背中に背負っていたバズーカーを構える。殺傷能力は乏しいが、飛距離と爆発時の派手さは折り紙付きだ。なるべく両者共に犠牲を出さずに終わらせる。その方が査定が良くなる。


3、2、…


「ぶっ飛ばせー!」


せっかく気付かれずに近づいたのにサイが思いっきり叫びやがった。この馬鹿っ!

だが、もうやるしかない。


バズーカーを発射した。

派手な爆発音に豪快に火花が散る。


ひゃあっ!と前方で情けない声があがる。

これは、ちょろいな。


「今、驚いた人はイワナになってますから」


隣から訳の分からない言葉が飛ぶ。

自称勇者パーティーの三人がばたりと倒れた。ピチピチと地面で跳ね始める。

まさかと思った。


「サイ。お前、他人にも催眠術をかけれるのか?」


「まぁ、一応」


こいつ、あえて隠し持っていたのか?

自己紹介のとき、私の能力はセルフ催眠術ですとだけ言いやがって?!


「何より、そのバズーカーに催眠促進剤を入れました。だから、効いたんです」


キメ顔であっさりかっこ悪い種明かしをする。


確信した。こいつは何にも考えていない。ただの馬鹿だ。


だが、これだけでは終わらない。一人、勇者らしき人物には効いていない。仲間をあっさり見捨てこちらに対峙しようともせず、一目散に逃げ出す。腰抜けだ。これが自称勇者なのだから情けない。


素早く腰のホルスターから銃型の捕獲ネットを取り出し、奴に向かって発射した。撃った弾は狙い違わず目標の上で弾け、見事にネットが広がった。


「何する?!俺は勇者だぞ。こんな事してタダで済むと思うなよ!まさかお前ら魔王の手さ…」


何やら厨二丸出しの台詞を言ってぐちゃぐちゃとうるさい。

が、その偽勇者との戦闘シーンはそれで終了した。


手早く自称勇者パーティー四人を縛り上げて、せっせと必要書類とタブレットの準備をする。

偽勇者はともかく、問題なのは残りの三人。

イワナのままというのは流石に気がひけるし、まともに会話もできない。今もイワナとして元気良くピチピチと跳ねている。その光景は同じ人間として何とも恐ろしい。


「サイ、これじゃあ話が進まない。催眠術を解いてくれ」


「んー、無理です!」


「はぁ?」


「いやだって、私、自己紹介のときセルフ催眠術師って言いましたよね?私の催眠術は基本、自分専用なんです。

一応、他人にもかけれるんですが、任意で解けないんです。はははっ」


そう言って何が楽しいのか一人で大笑い。その態度に沸々と怒りが湧き上がってくる。


「馬鹿か、てめぇ?!」


「大丈夫です。私の催眠術はあまり強力なものではないので、軽い人なら10分ぐらいで自然に解けます」


「つまり、それまでの間、イワナを眺めてろと?」


「あり大抵に言うと、そう言う事です」


「馬鹿野郎ッ!」


思わず手に持っていたタブレットでサイをぶん殴った。気づいた時には遅かった。

残されたのは画面がバリバリに割れたタブレット(備品破損・弁償義務有り)と気絶した馬鹿一名だった。




それから10分、馬鹿の所業の効力切れを待つと言うただただ不毛な時間を過ごした。


その間に馬鹿も復活したらしく、今度から俺と会話する前にはセルフ催眠術で痛みを感じないようにしようなどとほざいていた。


どうにかイワナの暗示が解け正気を取り戻した偽勇者パーティー一行。

改めてそいつらに向き直り、ようやく本題を切り出す。ここまでにこんなに苦労するとは数年振りだ。


「はい。で、今から国際勇者認定法違反、及び公務執行妨害、その他の罪についての取り締まり兼聞き取り調査を行う。

主監査官は俺、主監察官補佐および書記はこの馬鹿の両名で取り仕切る。尚、国際勇者及び魔王審議監査委員会条例に則り進めていく」


「あのー、馬鹿ってのはわた…」


「無論、君らにも黙秘権も認められている。が、同時に嘘偽りを述べた場合、罪は加算され、より厳しく裁かれる」


「ちょっと根に持ちす…」


「また、素直に自らの罪を認め、一両日中に改善が見られれば、厳重注意及び書類送検のみの処置となり、実刑に問われる事はない。


…が、さっきから横からうるさい!黙れ、この馬鹿野郎っ!!」


「だから〜、馬鹿はちょっとー」


「サイ、お口にチャック」


「イエッサー!」


ギュッと自分の口を閉じるジェスチャーをする。なんなんだ、こいつ。さっきまで不満・反抗心の塊だったのに、どういうわけか名前を呼ばれると素直に従う。扱いやすいのか扱いにくいのか、正直こちらが混乱してしまう。


「国際勇者認定法って都市伝説じゃ…」


勇者の仲間その①が口を挟む。


「なら、てめぇら勇者こそ都市伝説だろうが?」


「いや、俺は本物だ!真の勇者だ!!」


「黙れ!しゃしゃり出るな。仲間を見捨てて逃げようとした腐れ外道が!」


「それはちょっとお腹が痛かったというか、なんというか…」


「私たちがイワナだった間に…?」

「まさか?嘘だよな」

「そんな勇者様がまさか…!」


真実を言ってやっただけなのに、さっきまでの自信がどこへやら。仲間の前でもごもごと言葉を濁す偽勇者。

何よりこの三人。どこを見てこの勇者とやらを信頼していたの甚だ疑問である。

顔面偏差値は中の中。身のこなしは三流。頭もゴブリン並み。超一流なのは根拠のない自分への自信だけだ。

思わず眉間に皺がよる。


ちょんちょんと肩を叩かれる。サイがふがふが何か言いたげだった。なんか可哀想に思えた。


「サイ、今だけ話していいぞ」


ポツリとそう言ってみた。すると、ギィーッと自分で閉めたお口のチャックを開け、こちらに少し耳を貸せと、ジェスチャーをした。

一抹の不安があったが、渋々耳を近づけた。


「あのー。催眠術って純粋で真面目な人ほどかかり易いんです。だから、あのイワナになった三人。彼らは真剣に勇者を信じてますよ。

じゃないとイワナになる訳ないですもん」


そのささやきに絶句した。つまり、奴らはマジで信じてるというわけか?!


「嘘だろ?」


「いや、ホントです。対象者と対峙してない状態だと、通常なかなか催眠術にかかりません。彼らは背後からの声の暗示だけでかかった。催眠促進剤の効果を差し引いても…さすがに」


世の中変わったんだな。

口には出さなかったが、なんかそう思った。


自分もいつの間にか歳をとったのかもしれない。






ちょっとしたカルチャーショックをどうにか飲み込み、いつも通りに手順で聞き取り調査と書類作成を行う。


「はい、では問36・補足質問。

当該被疑者の主張する聖剣、エクスカリバーの入手先を答えよ」


「俺は…あれだ。選ばれたから…うん、だから…えー…」


「この質疑内容で聖剣偽証罪及び所持使用の量刑が変わるよ!」


「サイ、お口にチャック!」


「了解でーす!」


こんな感じなので、なかなか進まない。

ため息をつこうと息を吸い直した瞬間、俺とサイのスマホが震えた。ちらりと内容を確認する。

内容を見て唖然とする。これは急がないとまずい。


「おい、サイ。俺は先に現場に行く。こいつら後で処理できるように適当に頼む。終わったらすぐ現場へ来い!分かったな?!」


「うぃーす!」


サイの適当な返事に突っ込むことなく、俺は駆け出した。


これは余裕で残業申請できる!

金になる緊急事態だった。

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