【禁止】圧縮してはいけない

ちびまるフォイ

その日は生徒圧縮日

「では、授業を始める前に、みんなを圧縮します」


先生が風神の使いそうな袋を生徒に向けると、あっという間に教室は無人になった。

一方、吸い込まれた俺たちは自分が小さくなったような気分になった。

なにせ周りは袋の内側しか見えない。


真上に開いた袋の閉じ口からは先生の声が聞こえてくる。


「みなさん、去年は1年間勉強お疲れさまでした。

 この学校が有数の進学校であるのには理由があるんです。

 毎年、この時期になると生徒を圧縮して、完璧な生徒に濃縮するんです」


先生は袋の口を閉めると、中は一筋の光も入らない真っ暗闇。

ギャーギャー騒ぐ女子と袋を破ろうとする男子。


袋の閉じ口が徐々に下に下がっている。


「まさか……本当に圧縮する気か……!?」


先生は袋をどんどん下の方にしぼっていく。

満員電車のように詰め込まれた俺たちはついに圧縮された。


袋の閉じ口が開くと、ふたたび教室に戻された。


「も、戻った……」


「クラスメート全員の学力と運動能力を圧縮した君は完璧だ。

 さぁ、明日から難関大学の受験勉強をしよう」


「わかりました、その前に」


俺は先生から袋をひったくると、そのまま先生にかぶせた。

"な、なにをする!?"とか声が聞こえたが、あっという間に吸い込まれて声は聞こえなくなる。


俺がやられたように、袋の閉じ口をしばって奥へ奥へとしぼっていく。


閉じ口を開いて先生を戻すと、ころんとメガネだけが出て来た。


「圧縮すると、メガネしか残らなかったのか。

 まぁ印象うすい先生だったから圧縮するとこんなものか」


袋を持って外へ出てみると、クラスメート全員分を圧縮した頭にはこの町の無駄が目につく。


「なんだあの空間、無駄じゃないか。ここも、ここも、ここもムダばかり。

 意味なくムダに大きくしてこれじゃ不便だ」


ちょうど手元には圧縮袋がある。

これを使わない手はない。


「どこまで圧縮できるのか試してみるか」


袋の口を地面にあてると町は一気に袋の中へ納まった。

手にはずしりと先生以上の重量感を感じる。


袋の口をしばって、閉じ口を下へ下へとスライドさせて圧縮させる。

まるで果汁でもしぼるように。


袋から出すと町はもとの広さの1/4ほどのサイズで、

必要な施設が、必要な場所に圧縮して配置されていた。


「おお、これは便利だ。ムダがなく効率的だ」


すっかり圧縮袋の魅力に取りつかれてしまった。

この世界にはムダがあふれている。

いったいどこまで人間の作り出す無駄を圧縮できるのか試してみよう。


説明を圧縮すると、この袋で圧縮できないものはなかった。


時間すらも圧縮できる。

俺の過ごす24時間は誰よりも濃密なものとなった。

対人関係も圧縮できるので、一回話した相手と親友になることも。


一番便利だったのは自分に関わるもので「感情圧縮」が1位だ。


イライラすることも圧縮して1秒のブチ切れだけで済む。

悲しいことも圧縮して1秒の大泣きで済む。


これがあるだけで、俺の日常はいつも心穏やかなものになった。


「よし、これからも何が圧縮できるか試そう」


まだまだ圧縮して便利になるものがあるはずだ。

本当はこれからいろいろな冒険や研究をするのだろう。


しかし、そんなことは心の底から無駄だ。


「この小説も圧縮できるはずだ。

 必要以上に長い文字を読ませることなんてムダだ。

 よし、この話をオチまで圧縮しよう」


この小説を吸い込んで袋の中で圧縮する。

袋の中では小説がなおも書かれ続けていたが、



<圧縮>



そして袋が破れると、これまでため込んでいた感情が噴き出した!!!!


「し、しまった! オチはバッドエンドだったのか!!

 道中を圧縮したから、もう回避しようがない!!」


袋の内側に入り込んでいた数多の感情が崩壊とともに一気に噴き出す。

それは俺だけでなく周りの人の感情へも飛び火する。


処理できないほどの複雑な感情が心になだれこみ誰もが心を粉々に……





「あれ……!? ならないぞ?」


みんな涼しい顔で過ごしていた。

袋はたしかに壊れて感情が爆発したのは間違いない。


原因は俺にあった。



「そうか……。そもそもこの小説には感情表現がなさすぎたんだ……!」



目に映る登場人物はすべて表情のない人形のようだった。

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