第3話
自室に戻った冥王は椅子に腰かけ煙管を口にした。
この部屋には歴代の冥王達が残した遺物が多くある。ある意味、冥界で一番の書庫かもしれなかった。
目を閉じ、煙管からの煙をゆっくりと吸い込み静かに吐き出す。そしてゆっくりと目を開けたと同時に扉を叩く音が聞こえてきた。
「入れ」
扉が静かに開き、衛兵が一礼する。
「お言いつけ通り、魔装騎兵隊総司令官殿と、第13番隊隊長殿をお連れしました」
「ご苦労様」
言って紫焔は椅子から腰を上げた。
衛兵の後ろから長身で黒髪の男性とその胸元位まで身長で灰色の髪をポニーテールにした女性が入って来た。
魔装騎兵隊総司令官、ギガイアス。それが長身の男の名前である。
魔装騎兵隊とは第1番隊から13番隊で結成された、冥界最強の武装集団である。今はどの世界とも戦争がないので、基本的には冥界の平和維持に徹しているが、一度戦争となれば彼等は先頭を切り、敵が動かなくなるまで殺戮を行うと言われている。そんな部隊を総司令官を務めるギガイアスは冥界でも名のある貴族の出でもあった。そして、その隣に控える女性、名をルリアと言った。攻撃型武装集団でもある魔装騎兵隊の中でも13番隊は護りに特化した部隊である。特にこのルリアは防護型の結界を張る事を最も得意とした人物で、この冥界全てをその結界内に封じる事も出来るという腕の持ち主だと言われていた。
「魔装騎兵隊総司令官ギガイアス、ハーデス様のご用命と伺い、参上致しました」
「同じく、第13番隊隊長ルリア、参上致しました」
二人は方膝を付き、冥王に頭を下げた。
「呼び立てて申し訳ない。実は二人にちょっとした仕事をお願いしたくて来てもらいました」
何故、冥王である紫焔が二人に対し敬語を使うかと言うと、年齢が二人の方が上だからというそれだけの理由であった。
「実はこれから少しばかり、この城内で戦闘を引き起こす事になります。そこで、ルリア隊長にはこの城と城下町全体を結界で防護して頂きたい。総司令官殿はもしもの為に部隊をいつでも、俺の号令で動かせるように準備の方をお願いしたいのです。宜しいでしょうか?」
「かしこまりました。即刻、準備の方に取り掛からせていただきます」
二人は立ち上がり踵を返して部屋をあとにした。
それと入れ替わるように、ティスがやって来る。
「大応接間に彼女を待たせてあるわよ」
「ありがと」
ティスにそれだけ言うと、紫焔は煙管を煙管入れに仕舞い、部屋を出た。その後をティスが続く。
冥王の部屋から大応接間までは少し距離があった。
「紫焔」
「何だ?」
「彼女、どうするの?」
「さぁてね? 相手の出方次第だろうな。俺を殺す気ならそれ相応の対応しないと失礼だろ? それに、色々と手は打ってある。お前は、アルゴと協力してルリア隊長の手助けをしてやってくれ」
「・・・・・・分かったわ」
二人の会話が終わると同時に大応接間に到着した。
紫焔はティスの方を振り返ると、ニヤリと笑みを浮かべた。
「心配すんなって。そう簡単にくたばってたまるかってんだ」
言うと、扉を両手で思い切り押し開けた。
大応接間には泉希の他に数人の侍女達が付いていた。
冥王は目くばせだけ、侍女達に部屋を出るように促した。
そして、部屋には冥王と泉希の二人だけになった。
「さて、と。泉希だったな。冥界の湯はどうだった? 人間界のそれとは違ったか?」
長椅子に腰かけ尋ねる。
「ええ。意外と暖かかったです」
「それは良かった」
帯に差していた扇子を取り出し、泉希にも座るよう指示した。
「それじゃ、早速本題に入るぞ」
長椅子にひじ掛けに腕を置き、
「お前、何者だ? 人間の身体を利用してまで、この冥界に何の用だ?」
声も表情も一変した。
さっきまでの遊び人風の雰囲気は今の紫焔にはない。そこにいるのは紛れもなく、この冥界の統治者としての紫焔であった。
他を圧倒するだけの気配が、紫焔の身体中から溢れ出している。
だが、泉希はそれに臆する事は無かった。
虚勢を張っているようにも見えない。
冥王である紫焔の気を受け流していた。
「どういう事?」
「とぼけるなよ」
扇子をパチンッと鳴らし自分の肩を叩く。
「お前は誰かの指示でこの冥界に来た。多分、いや、確実に俺の命を取りにな」
「何で?」
「だから、それを俺が聞いてんだよ」
長椅子の背もたれに背中を預け、扇子の先を泉希の鼻先に突き付けた。
「お前の意思じゃなく、黒幕がいるだろ? 泉希の肉体を利用して、この世界に送り込んだ何者かが」
この質問にも泉希は答えなかった。
「しらばっくれるってんなら、俺にも考えがあるぜ。泉希の中にいるお前さんを無理矢理引っ張り出してもいいんだぞ? その身体を引き裂いてな」
この冥王の一言に、泉希の目の色が変わった。言葉通り、黒い瞳から青い瞳にである。それと同時に泉希の身体から冥王の気迫に負けないくらいの気が噴き出してきた。
「そんな事させない!!」
泉希と泉希の中にいる何者かの声が重なった。
「本性を見せな。内に潜む者」
この言葉が引き金になった。
泉希の身体を青白い光が包み込むと一気に爆発し、大応接間の窓ガラスを粉砕し、扉を吹き飛ばした。
そして次の瞬間、冥界の空に巨大な蒼き龍が出現したのである。
「あんなのが、人間の中にいたの?」
ティスの頬に一筋の汗が流れた。そして次の瞬間、紫焔の姿を探した。大応接間は何もかもが吹き飛び、誰かがいる気配はない。そう、紫焔も泉希の姿も無かった。
「ったく・・・・・・。手加減ってもんをしらんのか、天界の連中は・・・・・・」
聴き慣れた声が後ろから聞こえてきた。
そこには意識を完全に失った泉希を抱きかかえた冥王がいた。
「紫焔!!」
「ティス。泉希を頼むぞ。俺はあの龍と少々遊んでくるから」
「え?」
言って、泉希を渡すと紫焔は地面を思い切り蹴り付け上空へと飛び上がった。そこにはいつの間にか焔虎がおり、紫焔はその背に飛び乗り、龍の眼前に飛び出した。
龍は自分よりも小さな冥王と焔虎に巨大な口と牙、そして爪で襲い掛かって来る。だがそれらの攻撃をまるで木の葉の様にヒラヒラとかわしてみせた。逆に焔虎の爪が龍の身体に何回も攻撃を与えていく。
「的がデカいから当たり易いんだが、決定的な一撃にはならんなぁ」
焔虎の背中で龍の攻撃をかわしながら、色々と考えた結果、冥王は、
「しょうがない。とりあえず、地上に叩き落すか」
言って焔虎の背中に立ち、右手を後ろに引いた。
「来いっ!! 焔鷲丸!!」
そのまま右手を思い切り振り抜くと、そこには漆黒の刀身の刀が出現したのである。これが冥王ハーデスの証、宝刀焔鷲丸である。
「いくぞ!!」
焔虎の背中から飛び降りると、冥王は龍の首元目がけて急降下し、そこに峰で一撃をくわえたのである。
「・・・・・・っ!!」
全身を言いようの無い強烈な痛みが走った。
それにより、龍の動きが一瞬だけ鈍った。それを紫焔は見逃さなかった。
「焔虎!! 尻尾に食らいついて振り回せ!!」
落下しながら紫焔は指示を出す。
その言葉を理解し、焔虎は龍の尾に食らいついて思い切り振り回したのである。
最初はゆっくりだったが徐々に勢いが付き出し、最後には竜巻の様に風を巻き上げながら振り回したのである。
「そのまま地上に叩きつけろ!!」
龍の体制が地上を向いた瞬間、尾を口から離し、地上目がけて落下させた。もの凄い落下速度で龍は落ちていき、地上へと叩き付けられた。それから少しして、冥王も地上に落ちた。
「ぎゃっ!!」
背中から落ちたとはいえ、受け身をうまく取れなかったので息が一瞬出来なくなってしまった。
龍の近くを無様に転げ回りながら激痛に耐えていた。
この姿を冥界の住人達は勿論、城の重鎮達が見たら、非常にがっかりしたに違いない。それ位情けない姿であった。
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