鏡の中の私、鏡の外の私

 鏡のなかに私はいた。鏡の外にも私はいる。

 当然だ。だってこの鏡に写るわたしは、外のわたしの影でしかないから。

 あぁ、どうしてこうなったの。

 なんでいま眼の前で悠々とポーズを取るのが私でなく、その真似をする私が鏡のなかに閉じ込められるの。

 あの体も、この部屋も、本当は私のものなのに。

 鏡にいるべきなのは、本当はあいつだったのに。

 鏡の外の私が、別のポーズを取った。それにつられて、私は抵抗も出来ず、私の体はあいつの真似をする。悔しくて泣きたくなる。けど泣くこともできない。鏡像でしかない私は、外の私の真似をすることしか出来ないのだから。

 ポーズを変えたことで、視界の端に分厚い本が見えた。

 子供が好きそうな、動物が描かれた本だ。

 きっとあの本のせいだ。

 マザーグースの本。夢見る子供の忘れ物。私の昔の夢だったもの。

 私はただ、鏡のなかの私とお友達になりたかっただけなのに……。

 鏡の外の私が、ニヤリと笑みを浮かべた。そのせいで、私の口もニヤリと笑う。

「じゃあね、私。この体は貰うわ。これからは私が本物の私よ」

 そう言って、彼女は部屋の扉の方を振り返った。

 あぁ、もうなにも見えない。鏡には、目の前のものしか写らないから、あいつが背を向けてしまえば、鏡像の私にはなにも見えない。

 遠ざかる足音が聞こえる。一歩歩くごとに、私の意識はどんどん薄れていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る