第7話
「革命?そんなものを起こして一体何になる。大体勇者信仰は労働者などの下層階級ではなく、貴族などの上層階級で広まっている信仰だろう」
ブランケンハイム卿は紅茶を飲む。
「最近は庶民まで広がっていたんだよ。あそこは今や勇者信仰によって成り立っていたと言っても過言ではないほどにね」
ヴィンスは紅茶を飲み干すと、深くため息をついた。
「……もしその暴徒たちによってレチアンゼがひっくり返ったとしよう。それによって我が国が被害を被るのは、単純に考えて穀物の輸入量の激減だ。それだけでも十分な被害だが……俺を休日に呼びつけたんだ。それだけではないんだろう?」
「流石、君は話が早くて助かる。実はね、レチアンゼだけでなくこの国にも、いや、世界中のあらゆるところに信者たちが集まっているのさ。そしてそれと同時に、奇妙な目撃情報が相次いで報告されている」
「奇妙な目撃情報?」
「うん」
ブランケンハイムもまた紅茶を飲み干すと、にたりと笑った。
「人間さ。それもどうやら、その大半は魔女らしい」
ヴィンスは目を見開いた。何か引っかかる者がある。
「魔女?まさか。召喚魔法なんて複雑なものを使えるのは魔女だけだ。俺たちじゃあ、道具を使ってもそんな芸当できるはずがない」
「そこらの詳細はまだわからないんだけどね。でも、危険分子がこの国にいることは間違いないよ。そういった過激な事をやるやつらは勇者信仰を捨てた者が多い。奴らは虐められたくないのさ。自分たちの蔑んでいた種族にね。信仰を捨ててまで」
「腐ってるな」
「仕方がないよ、自己防衛本能とでも言うやつだろうね。虐められたくないから虐める。最近は魔女信仰なんてでき始めちゃったらしいし、下手したらことは急を要するかもしれない」
ヴィンスは顎に手を当てると、少し考え込む。
「仕方がない。一度王に報告し、直ぐにでもそいつらの周囲に見張りを置こう。もう目星はついているのだろう?」
「高いよ」
「さっき礼はやっただろう」
「条約のことかい?あれじゃあ足りないよ」
「何が欲しい」
「その条約の詳細。ああ、密約の部分だよ」
「……後日使いをだそう。証拠は残すな」
「わかってる。じゃあ、これを渡しておくよ。僕が調べた危険分子になり得る信仰者の詳細が書いてある」
「ああ、礼を言う」
ヴィンスはブランケンハイムから渡された封筒を受け取ると、それを内ポケットに入れた。
「なあ、これはちょっとした興味だが、その魔女というのは意図的に呼ばれるのか?」
「さあね。でも、魔女といっても報告された容姿は様々だったし、何よりこの情報を調べ始めたのは、ご婦人たちの井戸端会議さ。だから、恐らく彼らはそれを制御できているわけじゃないんだと思うよ。関係のない一般市民にまで目撃されているっていうことはね。普通、憎いやつらを捕まえたら、人間は囲って痛めつけて自分の知りたい情報を得ようとする。まあ、もっと詳しいことが知りたいなら、そこに名前の載っているやつから聞き出せばいい。それこそ君の役目だろ」
「それもそうだな。じゃあ、もう帰る」
「ああ、そういえば来週の土曜日はカミラの誕生日パーティがあるんだ。君もよかったらどうだい?娘も喜ぶ」
「考えておこう」
ヴィンスがブランケンハイム家を出た時には、もうすっかり日が真上に登り切っていた。
ブランケンハイム卿はああ言ってはいたが、どうにもきな臭い。きっとこの話もより水面下で面倒なことになっているのだろう。
ヴィンスは頭を掻くと、ため息をついた。
だがこれでアイが自身の意思できていない可能性が高くなってきた。もう一つの謎はニホンという言葉だが。
ヴィンスは黙々と考えながら歩く。だが前はあまり見えていなかったのだろう。
「いった!」
ぶつかった衝撃よりも、ぶつかった相手から発せられた言葉によってヴィンスは我に返った。
「ああ、すまない」
「ちゃんと前を見て歩きなさいな。これだから頭でっかちの坊やは嫌ね」
ふんと鼻を鳴らしてさっさと歩き去った少女に、ヴィンスは面食らった。
「坊や?」
どう見ても年端のいかない、それこそアイよりも少し大きくなったくらいの少女だった。それに世にも珍しい白い髪であったが、不思議とそれも気にならない。
ヴィンスは少女の歩き去った方を見て瞬きを数回すると、再び歩き出した。頭痛が酷くなってきた気がする。帰ったら寝ようと心に決め、足早に帰路に着いた。
休息を知らない男と不思議な少女 久山明 @nemui349
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