第6話 終わりの始まり
「おーい、エスカ!! そろそろ始めようぜ!」
「わかった! すぐに行くわ!」
あれから10年。私は未だにこの街にとどまっている。宿にあった荷物はステラの家に全て持っていき、家事や農作業を手伝うことで一緒に暮らし始めたのだ。
10年経った今では、すでにレベッカさんは他界している。平均寿命の短いこの世界ではごく当たり前のことだ。しかし、私はいつまでも同じ見た目。老いることは決してない。それをステラが疑問に思うのは当然なのだが、彼は尋ねてこない。
おそらく、気がついているはずなのだが彼はそれを問うことはしない。いつまで経っても頭の中は星のことばかり。ちょっとうんざりしちゃう。
でも、私はずっと惹かれている。彼の想いに、そして彼自身に。
周りからは夫婦と思われているみたいだが、私たちはセックスはおろかキスさえもしたことはない。互いの生活の中心にあったのはあの輝かしい星のことだけだった。
「よし、今日こそは……」
「行けるかしら……?」
「俺が設計したんだ! 今度こそ!」
いつもの空き地に集まった私たちは二人で、ペットボトルロケットを見守る。その基本構成は昔と変わらない。ほんの少しだけ出力が上がったくらいだろうか。
ステラの身長はすでに私を追い抜いており、170センチを優に超えている。その大きな体を丸めて、しゃがみながらペットボトルロケットを見つめる。私も彼のそばに寄って、同じ大勢で見守るが……
パンッ! といつもと同じ音が甲高く鳴ると、ペットボトルは空中に舞い上がる。だが、今日の進歩は目測で10センチといったところか。10年経った今でもこの程度。しかし、不思議と私とステラは諦めることはしなかった。いつもどうやったらもっと遠くへ飛ぶことができるのか、と二人で話し合っていた。
「あぁ〜、今日は10センチくらいかぁ〜。俺の設計なら大丈夫と思ったんだけどなぁ……」
「ほら見なさい。だから私の設計の方が良いって言ったじゃない」
「エスカも同じくらいだったろ!! てか、俺の方がちょっとだけ高く飛んでましたー」
「はぁ? 何言ってんの??? ステラの方が低いって!!!」
「なんだと!?」
「何よ!?」
このような喧嘩は日常茶飯事だ。いつもペットボトルを飛ばしたあとはこのような不毛なやり取りをする。でも、私は嬉しかった。こうして人と長く関わるのは敬遠していたが、不思議とステラとは相性が良かった。
この気持ちはなんなのだろう。恋や愛と形容するには何かが足りない気がする。燃え上がるような感覚や、相手を求める欲求もない。ただただ、毎日が満ち足りていた。
彼とこうしてペットボトルを飛ばし、それから農作物の世話をして、食事をとり、寝床につく。なんの面白みもないと思われるかもしれないが、私は満たされていた。ステラも同様に満たされていたのだと思う。
彼と一緒に笑い合う日々は私にとって掛け替えのないもとなっていた。
だが、時間は確実に進行していた。この瞬間は永遠と思いがちだが、私と違い普通の人間には限られた時間があることを……私は完全に失念していた。
§ § §
「ごほっ……ごほっ……!!」
ステラはよく寝込むようになった。以前のように毎日外に出ることはなくなった。もちろん、ベッドの上でロケットの設計などはしているが、彼は日に日に弱っていった。
「大丈夫……? 今日は調子がいいと思ってたけど……」
私が心配そうに見つめると、ステラは決まって申し訳なさそうにするのだった。
「すまない、エスカ……今日も一緒に飛ばせそうにないな」
「そうね……元気になったらまた一緒に行きましょう?」
「そうだな……」
もう、気がついていた。ステラは長くない。レベッカさんもステラと近い年齢で亡くなっている。私がそう考えるということは、ステラはきっと……
この10年で感覚が麻痺していた。そうだ。人の命は有限なのだ。私のような存在が特殊なのであって、ステラはいつかいなくなるのだ。
そう思うと、胸が引き裂かれそうになり、毎晩彼に聞こえないように声を押し殺して泣いた。
あぁ、願わくは……彼と共に、あの星の彼方へ行けますように……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます