第4話 約束


「うーん、やっぱりエスカとやっても難しいね〜」


「そうだね、もうちょっと材料が増えればいいんだけど……」


「まぁいいや! 今日はここまでにするよ! そうえばエスカ、ご飯は?」



 あれから数時間、試行錯誤してみたがやはりペットボトルは一ミリも動かない。それもそうだ。ペットボトル単体でひとりでに動くわけはない。いくら終わった世界とはいえ、物理法則は歪んでいない。



 そして、日も暮れてきたので解散しようとした矢先にステラがそう聞いてきた。私は食事を必要としていないのだが、ここは敢えて普通の人のように答えておいた。



「今日のご飯はないかなぁ〜。今泊まってる宿で、少し分けてもらおうかと思ってるんだけど……」


「それならウチに来なよ!!! お母さんならエスカのご飯も用意してくれるよ!」


「えぇ……それはちょっと悪いかなぁ」


「いいから! 早くおいでよ!!」



 そう言って、ステラは私の手をぎゅっと握りしめてくる。小さいけど、男の子特有の手つきをしていた。そんなことを考えながら、まぁ今日ぐらいはいいかと思いながらそのまま彼の後についていくのだった。




 § § §




「ここが僕とお母さんの家だよ!」


「へえ〜、ここが……」



 家の外観を見ると、それなりに整った形をしていた。二階建てでしっかりとした作りなのが一目でわかる。前々から思っていたけれど、この街はどうにも建築技術が栄えている気がする。昔はさぞ、賑わっていたのだろう。



「さぁ、入って入って!」


「う、うん」



 少し緊張しながら入ると、私と同い年だろうか、とても若い女性が包丁を片手に調理をしていた。白金プラチナの髪に、緋色の目。この土地では初めて見る色の髪と目だった。肌は透き通るように真っ白で、彼女を見ているだけで儚い雰囲気に圧倒されそうだった。



 そう思っていると、相手の方から話しかけられる。



「あら? ステラ、お客さんなの?」


 

 言葉遣いも丁寧で、彼女は女性らしさを凝縮して結晶化させたような人だなと思った。そして、彼女の問いにステラは元気に答える。



「うん! エスカっていうんだ! 旅の人らしいよ! さっきまで一緒にロケットを作ってたんだ! それで、晩御飯に誘ったんだけど……ダメかな?」



「全然大丈夫よ。食材は余っているからね」




 ニコッと彼女が微笑むと、ステラもにっこりと微笑む。父親はいないようだが、とても仲睦まじい家族だった。



「どうも、ステラがお世話になりました。私はレベッカと言います」


「あ、レベッカさん初めまして。私はエスカと言います。この世界を旅しています」


「まぁ! それは色々と聞いてみたいわね! じゃあ、ちょっとご飯が出来るまで待っていてくださいね」


「はい、ありがとうございます」



 そう言ってお辞儀をすると、ステラが私の袖を引っ張ってくる。



「ねぇ、ご飯が出来るまでお話しでもしようよ」


「うん、いいよ」



 私はそのままステラを担ぎ上げると、近くにあるダイニングテーブルへと彼を運んだ。私なりのスキンシップのつもりだったが、彼はそれを当たり前のように受け入れてしまう。



 あれ? ステラはこういうことに慣れてるのかな?



 そう思うもいちいち尋ねる気にもならなかったので、そのまま彼を椅子へと下ろす。



「そうえばさー、エスカは何歳なの?」


「え!!?? まぁ、22歳ぐらいかなぁ〜」


「へー、以外とおばさんなんだぁ」


「お、おばさんじゃないよ!!? ほら、見てよこの肌!! まだまだ若い証拠だよ!」



 そう言って見せつけるも、私はなんだか虚しくなってしまう。今更年齢のことを気にするなんて、私は以外とそういうことを気にしていたのかも……


 地味にショック……



「エスカは……あの宇宙そらの先に何があるか知ってる?」



 唐突に。本当に唐突にステラの雰囲気が変わる。彼は星について語るとき、今のようにどこか遠くを見ているような目をする。見たこともない世界に思いを馳せている。きっと、彼の心はあの星々の虜なのだろう。



「そうだね、星がたくさんあって……それで見たこともない世界が広がっているんだろうね……」


「星かぁ……僕はあの星に行ってみたい。どうしても行きたいんだ……」




 世界は残酷だ。この少年の夢は実現しない。あの過去であれば可能だった夢が、今はもう……



 私は何て声をかけていいのか分からなかった。でも、私は無意識に言葉を発していた。



「ステラ、一緒に行こうよ」


「え??」


「一緒に行こうよ、あの星の彼方までさ。私とステラなら行ける気がするんだ。どう?」


「うん! 行こう!! あの星に行こう! 約束だよ、エスカ!!」




 こうして果たされることのない約束が交わされる。本当は私もステラも気がついていた。あの宇宙そらの先の、輝く星々にたどり着くことはないと。でも、それでも、私たちは願うのだった。






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