第2話 過去の世界
街へ飛び出した私は、とりあえず周囲をウロウロと散歩してみる。だが、ここはもはや街というより廃墟に近い場所だった。空き家が何件もあり、住んでいる人はごく少数。昔は多分、繁華街として栄えていたに違いないが今はその見る影もない。
「あ、お姉さん! お姉さんは旅の人だよね??」
そうこうしていると、5歳ぐらいだろうか。とても小さな女の子に話しかけられる。
「よく分かったねー。あなた、お名前は?」
「私はアリスっていうの! ねぇねぇ、お姉さんは旅人さんだから……この世界のことよく知ってるの?」
きょとん、と首をかしげて尋ねてくるその姿は無邪気そのもの。私はその愛くるしさに悶えながらも、なんとか言葉を紡ぐ。
「アリスちゃんには特別だけど……話しちゃおうかな?」
「やったー!! あ、お姉さんの名前も教えてよ!!」
「私はエスカよ。よろしくね」
「うん! よろしく、エスカお姉さん!!」
こうして、私はとても小さな可愛らしい女の子にこの世界のことについて話し始める。これはすべて事実なのだけど、きっとこの子は作り話と思うかな?
そして、私とアリスちゃんは近くにあるベンチに座るとさっそく話を始める。
「実はね、昔のこの世界は今よりもずーーーっと栄えていたのよ。色んな人がいっぱいいて、色んな物とかがすごいスピードで移動してたの」
「え? どうやって運んだりするの? 歩いて運ぶの?」
「それは列車とか飛行機とか船っていう自動で動く、大きな乗り物を使ってたんだよ〜」
「すごいすごい! 本当に昔はそうだったの!!?」
「そうかもね〜。でもね、世界は頑張りすぎちゃったの。頑張りすぎた結果、色んな国が大きな爆弾を世界に落とし始めたのよ……」
「え……なんでそんな事するの? みんなで仲良くすればいいのに……」
女の子はしゅんとしてしまう。そう、今の時代は富も名誉もないが……人々は最低限の暮らしで幸福を享受している。資本主義社会にあった醜い競争はない。誰かの不幸を糧として、自分の幸福を謳歌する事もない。生まれた場所で、生きるための食物を育て、そして結婚して子どもを作り、緩やかに死んでいく。そんな幸せもあるのだと、私は思った。あの激しい世界を知っているからこそ、今の世界には複雑な感情を抱かざるを得ないのだ。
「それで、世界は緩やかに終わりへと進んでいくの。その爆弾から空気に悪いものが出てきて、さらに人はいなくなる。それで、それが大丈夫だった人とその爆弾の影響が少ない地域の人だけが、生き残りました。でも、生き残った人はね……そんなことがあっても幸せに暮らしましたとさ。どう? 面白かった?」
「うーん。ちょっと悲しかったかな〜。でも、それって本当の話なんだよね?」
「さぁ、どうかしら。私はそんな長生きじゃないからわからないわ。旅の途中で聞いた話よ」
「ふーん、そうなんだー」
嘘をついた。でも仕方がない。私のような人間はこの世界で一人しかいない。あの繁栄を極めた、便利で優雅な世界を知るのはもはや私だけだろう。だが、人間は飛躍する技術の進歩に飲み込まれ……消えていった。核兵器による戦争の被害は未だに爪痕がある。それでも、この世界は終わらない。微かな命をつないで今日も世界は回っている。
「よし、お話はここまで! またね、アリスちゃん!」
「うん! バイバーイ! エスカお姉さん!」
こうして、私はその場を離れていく。
なぜ今、あの話をしたのだろうか。昔の世界に未練などないはずなのに。もしかしたら私は、自分の生きていた時代のことを誰かに覚えていて欲しかったのかもしれない。
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