共に行こう、星の彼方へ

御子柴奈々

第1話 終末

 今日は快晴。久しぶりに空が見える。最近はずっと雲に覆われていて、何も見えなかったけど今はよく見える。あの灼けるような、紅い紅い真っ赤な空が。



 てくてくてくてく。私はリュックサックを背負い、ずっと旅を続けている。終わることの無い、終わった世界で当てもなく彷徨い続ける。



 紅い空から漏れる紅い日差しが私を照らす。かれこれ数時間も歩き続けていたので、だいぶ汗をかいてしまった。しかし、その汗も心地よい風が吹くことで悪くないものに思える。



 こうして一人で旅を始めてどれぐらい経つのだろう。どれだけの人間と別れを繰り返してきたのだろう。100年を超えてきたあたりから私は数えるのをやめてしまった。それにこの見た目も10代後半から全く変化しない。この長い髪も、ハリとツヤのある肌も、まつげが綺麗に上を向いている目も、160センチちょっとの身長も、何も変わりやしない。



 代謝もなければ、老化もしない。食事もほとんど必要ない。一応、毎日食事はしているが、もはやそれはただの作業となっていた。私はきっとそういう当たり前の行為を行うことで、自分を普通の人間と思い込みたいのだろう。



 街を目指して線路の上を歩き続ける。昔は栄えていた交通機関も今はもうない。人の移動手段は徒歩がメインだ。それに私のように旅をするものはほとんどいない。生まれた場所で最低限の生活を営み、最低限の幸せを享受し、そして死んでいく。実感だが、今の世界の人間は30歳もいかないうちに死んでしまうみたいだ。



 てくてくてくてく。歩く、歩く、歩く。生まれた意味はもはや分からない。生きている意味も分からない。自殺は何度も試みた。だが、死ねない。この身体は過去のとある出来事でそう成ってしまった。



 この終わってしまった世界で、唯一私だけが終わらない。終わってしまった、終わらない世界で私は今日も生きる。



 さて、今日はどこに行こうかしら……?




 § § §



「お嬢ちゃん、珍しいね〜。こんなところで旅をしている健常者がいるなんて」


「まぁね〜。私はだから」


「なるほど。お嬢ちゃんは適応者か」



 私は宿屋の前にたどり着くと、おじさんと会話を始める。


 

 少しボロっちいけど手入れはしっかりとしてあり、おじさんがこの家をどれほど気に入っているかよく分かった。



「それで、一週間ほど滞在したいんだけど……どれくらいなら泊めてもらえる?」



「うーん、お嬢ちゃんは可愛いから4日分でいいぜ!」


「やったー! じゃあはいこれ、4日分ね」


「毎度〜」



 そう言って私はリュックサックから、食料と飲み物を取り出しておじさんに渡す。この終わってしまった世界に通貨はない。こうした取引には必ず物々交換がなされるのだ。



「おじさーん、ありがとー!」


「あ、お嬢ちゃん! 名前は!?」


「エスカよ!! 私の名前はエスカ!!」



 私は階段を登りながらそう言うと、与えられた部屋へと向かう。



 部屋の番号は215号室。ありがたいことになんと角部屋だった。



「角部屋じゃーん、ラッキー」



 そう言いながら扉を開けると、狭くて小さい部屋だがしっかりと掃除された綺麗な部屋がそこにあった。




「だーいぶっ!!!」



 荷物をそこらへんに投げ捨てると、私はふかふかのベッドに飛び込む。うむ、やはりこの宿はいいぞ。旅でヘトヘトに疲れた私にはピッタリみたいだ。



 長い髪が乱雑に広がるのも気に留めず、その場でゴロゴロとしてみる。



「はぁ……」



 思わずため息が出る。いつもそうだ。何かしら動いている時は生きる希望みたいなものが溢れている。この世界に終わりはない。100年以上旅をしても、未だに知らない場所がある。だからこそ、今の旅は面白い。知らない土地に、知らない人。知らないってことは本当に素晴らしい。



 でも、ふと落ち着くと本当に死にたくなる。この喉を掻き毟って死んでしまいたくなる。でも、どれだけ出血しようが、どれだけぐちゃぐちゃになろうが私は死なない。まるで呪いのようにこの世界に縛り付けられている。



「よしっ!!!」



 少しナイーブになってしまったのでそのままベッドから飛び起き、私は無理やり気持ちを明るく取り繕い、街へと繰り出すのだった。


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