太陽のノスフェラトゥ
大竹久和
プロローグ
プロローグ 子守唄
ソケット周りがすっかり黒ずんでしまった安物の蛍光灯の光が照らし出す、薄暗くジメジメとした狭い部屋。その部屋の中央で独り、少女は小声で歌を紡いでいた。
六畳ほどの広さの殺風景な部屋には窓の一つも無く、正確な時刻を知る術も無いために、今が一体昼なのか夜なのかすらも分からない。唯一の出入り口である頑丈な木製のドアは外から厳重に施錠され、この時が止まったかのような空間を、外部から完全に隔絶させている。
室内を見渡しても、片隅の床の上に直接置かれた埃の積もった古いブラウン管のテレビ以外には、家具らしい家具も見当たらない。その事実が、この部屋の空虚さと寒々しさを、より一層強調していた。
そんな部屋の中央。シーツもかけられずに剥き出しのまま床に置かれたマットレスの上に、幼い少女が独り佇んでいる。
色褪せたボロボロの毛布を座布団代わりに座る少女の、流れる墨の様に長く艶やかな黒髪と、甘いチョコレート色の瞳。その凛とした美しさが、むしろ狭い部屋の薄汚れ具合に相反して、酷く現実感が希薄にすら思えた。
お世辞にも暖かいとは言えない室温にもかかわらず、少女の両の足は、裸足のまま。上着も、薄い肌着の上から白いワンピースを一枚羽織っただけ。
やがて彼女は歌うのを一旦中断すると、膝の上に抱いた小熊のぬいぐるみに向けて、小鳥の様に澄んだ声で優しく話しかける。
「今日も王子様は来てくれなかったね、ユーリ」
その美しい顔に寂しげな微笑を浮かべた少女は、再び歌を紡ぐ。遠い昔、彼女の母親が歌ってくれた子守唄を。
お休み私の可愛い赤ちゃん
安らかに寝んねなさい
輝く月が揺りかごを
静かに見守っていてあげるから
お喋りをして
お歌を歌って
瞼を閉じて眠りましょう
安らかに寝んねなさい
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