第11話 曼珠沙華

 次の日、もうすでに手取川はまたもとの流れを取り戻していた。濁流と共に川縁をえぐられた瀬木野の河原には不自然な格好をした幾本もの大木が突き刺さるようにと横たわっている。

 そんな中、昨晩はもしやと願いつつ夜を明かした一平達ではあったが、ついに太助も孫一も帰って来ることはなかった。


 一平と里の村人達は手取川を河原に沿って下って行く。

 河原にはたくさんの兵達の骸が今も横たわっているのが見える。それらは動くことはもちろん、もう呼吸をすることも、せいむさぼることも忘れてしまったかのように、じっとそこにその姿を留めている。


 一平はその中に、高瀬右京の姿を見つけた。しかし彼はもうあの時のように、一平に何も語ることは無い。

 彼は右京の見開いた目をそっと閉じると、静かに両手を合わせた。


 「一平様のお知り合いのお方なのですか?」

 香も一平の横にしゃがむと、そっとその手を合わせる。

 「ずっと昔に、何処かでお会いしたことがある人やもしれません」

 一平はそう答えると、香の瞳を見つめる。

 「では、きちんととむらわなければなりませんねえ」

 香はそこここに横たわる骸を見つけては、ひとつずつ手を合わせて行った。


 一平らが舟岡山の麓に差し掛かったときである。戸板に乗せられた一人の遺体が運ばれてきた。その身体にはあの旗が掛けられている。

 一平は咄嗟に、それが孫一のものであると悟った。

 彼はその旗の上からきつくその身体を抱きしめる。自然と溢れ出る涙が、彼を包む血だらけの旗にいくつもの丸い紋様もんようを作っていく。

 「孫一っ・・・」

 かたわらでは村人らも手を合わせては、そのほおを濡らした。


 「あっ、一平様、雪が・・・」

 見上げると、白山の里にはいつもの年よりも少しばかり早い雪が舞い落ちてきた。

 それは次第に白山の山を、川をそして一向宗徒が暮らす里をも白一色の世界へと変えていく。

 あたかもそれは、つい昨日までそこでは何も無かったかのように、見るもの全てを包み込むように降り積もる。


 「雪は織田にも、一向衆徒らにも分けへだてなく降るのに、何故このように白く清いのであろうか?」

 一平はしんしんと降りしきる雪を見ながら、ひとり呟く。

 香は彼に寄り添うと、その手をしっかりと握り締めた。

 「雪は・・・、雪は何も望まないからではないでしょうか」

 「何も望まない?・・・」

 一平はひとつ大きなため息をついた。


 結局この年、白山の里に初雪が降り積もるまでの間、織田と一向一揆との戦は三回にも及んだことになる。それでも、彼らはその都度つど多大な犠牲を払いながらも、織田勢を押し返すことができたのである。

 ついに織田軍はその年の瀬を前に、この白山の地から加賀へと引き上げて行った。


 年が明けて天正てんしょう八年、織田軍は加賀から能登、さらには越中をもその支配下へと治めた。そして春には、鬼佐久間との異名を持つ佐久間盛政さくまもりまさ率いる軍勢一万五千が、一向衆徒を掃討そうとうするための戦いを全面的に仕掛けてきた。

 もちろん、ここ白山の里も例外ではなかった。

 夏を迎える前までには、鳥越城をはじめ、一向宗徒の里はひとつも余すことなく織田の旗で埋め尽くされたという。

 はたしてこれを、一平をはじめ里の者達がどう迎え撃ち、どう戦ったかを記すものはどこにもない。

 ただ、ここに百年以上続いた加賀一向宗も、ついにはその幕を閉じたことだけは、確かなことであった。



 曼珠沙華まんじゅしゃげ、それは天上の花・・・


 曼珠沙華、それは魂を宿やどす花・・・


 曼珠沙華、それは再会の花・・・



 今でも、白山には火燈山の麓に一向一揆の里というものがある。その傍らを手取川のせせらぎが静かに聞こえる。

 今ではもう、揚原山にその棚田を見ることは出来ないが、秋のはじめには必ず、この山の斜面に沿って、朱赤しゅあか色の曼珠沙華が辺り一面に咲き乱れるという。


 それはあたかも、あの日出会った一平と香との再会を祝福するかのように、穏やかな秋風の中、寄り添うように揺れている・・・

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曼珠沙華 鯊太郎 @hazetarou1961

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