3ー2

 *



 昼休みに奈美花なみかとの苦痛の時間を過ごした俺は教室に戻った後も奈美花に苦しめられていた。


『わっくん、あたし暇』

『自習だよ? 自習。たいくつー』

『教師が休みとかおかしいと思わない? あたしはおかしいと思う』


 等と授業中にも関わらず、スマホのコミュニケーションアプリで話しかけてくるのだ。もう一度言おう。

 授業中にも関わらず、スマホのコミュニケーションアプリで話しかけてくるのだ。分かったかな?


 今は休み時間でもなければ、家にいるわけでもない。そう授業中なのだ。授業中。俺は今、授業の妨害行為を行っている不良だ。バレたら即生徒指導室へと連行されるだろう。


 今は五限目。担当は茉優まゆ先生だ。まあ、茉優先生なら許してくれそうだが、相手が奈美花だと分かればそれは別だろう。多分、変な捉え方をして最初は説教染みたことを口にし、次第には愚痴になるだろう。うん、絶対になる。


 茉優先生の場合、説教は慣れればどうってことない。問題なのは愚痴の方なのだ。一言で言うなら、ウザい。丁寧な言い方をするなら面倒。

 茉優先生の愚痴は説教と同じで、一貫性が有りすぎてウザーー面倒なのだ。毎回愚痴は合コンの話。教師としての不満はないのか、というくらい仕事場の愚痴は聞いたことがない。だからウザーー面倒なのだ。


 話を変えたところで奈美花から解放されるかと言ったら解放されない。言うなればむしろ、束縛が強くなって逃げ場などもう、髪の毛一本通すことすら不可能と言っていいだろう。


 それほどまでに奈美花の俺に対する執着心は凄まじい。何でここまで俺に執着するのか、聞いてみたい気持ちもあるがどこかで恐れているのか聞けていない自分がいる。男なのに情けない······。


 コミュニケーションアプリによる奈美花の執着は六限目まで続いた。ホームルームが終わり、自由の身となった俺はラジオ部の部室に向かった。が、奈美花を俺は甘く見ていた。


 昼休みに一宮いちみやさんは完全に俺らの関係を誤解したまま去ってしまったため、真実を早く伝えねばという思いで少し急ぎ気味に部室棟の暗い廊下を歩いていると、顔は分からないが暗い廊下に一人佇んでいる人がいた。

 誰だろう、という疑問はあるが今はそれよりも一宮さんの方を優先するために無視をする。


 謎の人物に近づいていき、無視して横を通り過ぎようとした時、いきなり謎の人物に抱きつかれた。うわっ! と声を上げ、盛大に尻餅をつく。

 暗い中、目を凝らして謎の人物の顔を覗き込むように見ると、


「ヤッホー、わっくん! あたしだよ? 奈美花! フフ」


 俺を苦しめていた奈美花がいたのだ。どうしてここに? と問う前に奈美花自ら答えを言ってきた。


「何その顔? あたしはわっくんの《恋人》なんだから、わっくんの考えていることくらい分かってるよ? だから行動も分かる」


 えっへん、と自慢するかのように胸の前で腕を組む。その仕草にわずからながらドキッ、としてしまったのは我ながら不覚。

 そんなことよりも俺はある言葉が気になって仕方がない。膝の上に座っている奈美花を強引に膝から下ろし、ある言葉について問い質す。


「ねえ、奈美花。俺との関係は友達? それとも親友? どっち?」

「もちろん《恋人》!」


 第三の答えを選択してくるとは思っていたが、ここまで断言されると否定するにも少々覚悟が必要になってくるものだ。


「······奈美花、どっちかが告白でもしたか? そしてそれをイェスと返事したか? 言っておくが俺にはそんな記憶はーー」

「もちろんないよ!」

「じゃあ何で俺と奈美花の関係が《恋人》なんだよ?」

「それはあたしの片想いだから」


 奈美花の返しに俺は素で、は⁉ と返してしまった。もはや俺の頭は奈美花の考えに全く付いていけていない。いや、奈美花の思考が異次元なのだと考えよう。つまり、奈美花は未来人。俺は現代人。おお! 一件落着!

 何が一件落着したのかはさておき、奈美花は理由を説明し始めた。


「あたしの片想いだから《恋人》。あたしとわっくんが両想いになれば、晴れて《恋人同士カップル》になるの。分かった?」

「うん、分からん。それなら俺と奈美花は《友達》じゃね?」


 現代人の俺の考えならそれは正しい。クラスで多数決をすれば確実に全票正しいとなるだろう。だが、未来人の奈美花の考えは違った。


「違う! わっくんは何も分かってない!」


 何故か腹が立つ。どうしてだろう?


「あたしとわっくんの関係は友達以上恋人未満の関係なの!」


 ······ん? なんか矛盾しているような······。

 奈美花によれば俺との関係は《恋人》。だけど、それは奈美花の片想いによるもの。俺が《友達》と言えば、奈美花は友達以上恋人未満の関係と言った。

 まずい、頭が混乱してそろそろ爆発しそうだ。


「あの······もっと分かりやすく······」

「むっ、わっくんの鈍感!」


 何でここで俺が怒られなければいけないのだろうか? 不思議だ······。


「仕方ないからわっくんのためにあたしが一から説明してあげる。一回しか説明しないからね?」

「助かるよ」


 ここでもそうだ。何で俺が感謝しなければいけないのだろうか······。


「わっくんは友達って言ったよね?」

「ああ、言ったね。それのどこがまちーー」

「あたしたち、出会って何年?」

「······三年だっけ?」

「何その覚えてない、みたいな言い方。······傷つくー」


 妙にイラッと来るがここは我慢しよう。こんなところで怒りを爆発させてしまったら後が持たない。

 俺が無視したことに再び奈美花はむっ、と頬をリスのように膨らませて拗ねた。その仕草にドキッ、としてしまうのは本当に情けない。が、言い訳をするなら奈美花が悪い。妙に人懐っこい一面を見せるのだから······ズルい。


「あたしたちの関係はさっきも言ったけど、友達以上恋人未満の関係なの。これは幼馴染のひとつ下に位置付けされる関係かな······?」

「そ、そうなの······? 奈美花、出来ればその関係の位置付けを説明してもらえると······」


 俺の発言に奈美花は仕方ないな、と口にしてから自分のスマホの液晶画面を見せてきた。液晶画面に写っていたのはメモ帳アプリ。それには、


1 既婚者

2 カップル

3 幼馴染

4 友達以上恋人未満

5 親友

6 友達

7 知り合い

8 他人


 と、順位付けされていた。

 いつの間にこんなものを、と思ったが奈美花ならやりかねないと論理付けて強制的に俺の思考を納得させた。だが再び、俺をこの順位表が混乱させようとしてくる。


「奈美花、《恋人》の順位は?」


 そう奈美花が言っている《恋人》の順位が見つからない。ミスか、とも考えたがあの奈美花があり得ない。だとすると······。


「あるわけないじゃん。そんなの」


 読み通りの答えだった。

 奈美花のこの表はどう考えても第三者視点のもの。それなのに片想いの《恋人》を表に入れるのはおかしい。つまり、俺たちの関係は第三者から見ると、友達以上恋人未満の関係ということだ。でも······、


「それって一番、奈美花が苦しい思いをすることでもあるよな?」

「どうして?」

「······その表って、第三者視点のものでありながらも異性関係を表す。そうだろう?」


 奈美花は頷く。返しはそれだけと判断し、話を続ける。


「だからその表は《好意》という感情によって変動する。まあ、3位の幼馴染は例外だろうな」

「そう、幼馴染は特別。でもあたしとわっくんは違う。だから4位なの。······分かりにくく4位が記されてるけど、簡単に言うならーーどちらかが片想いの関係。まさにあたし」


 暗い表情の奈美花を見たのはいつ以来だろうか······。

 違うな。うん、違う。奈美花は明るくないとダメだ。なら······。


「そっか、じゃあ奈美花は《自称恋人》だな! 俺とは!」

「ーーぷ、はは! 何それ? わっくん、ダサいよそれ」

「仕方ないだろ、俺は奈美花に《恋人》って認めてない。だから自称。それなら言ってもーーうん、ダメだな」

「えー! わっくんのケチ! 浮気者!」

「はぁ⁉ 何で俺が浮気者なんだよ⁉」

「それはあの先にある部活の娘と仲良くなってるからだよ! ほら行くよ!」


 どこへ? と答えを求める前に奈美花はその答えの場所へと小走りで向かった。······やっぱりそうだ。奈美花は笑っていないと。

 言ってやれよ、と思うが俺のメンタルは豆腐のように柔らかいから無理だ。

 情けない、と呟き奈美花の後を追うようについていくとそこには······。


「どうも実登里みどり先輩!」

「お、奈美花かよく来てくれた。それに鹿代かしろもな」

「あ、はい。どうも······。奈美花とは知り合いだったんですか?」

「部活動会議の時に何度かな。それよりも、だ」


 妻城さいじょう先輩が会話を区切らせ、右手で部室の中を指した。中に何があるのか、と思い小窓から中を覗くとそこには、小刻みに左足で床を。右手の人差し指でテーブルを叩いていた。まるで何かを待っている間の苛立ちをぶつけるかのように······。


 嫌な汗が背中を流れる。それと同時に妻城先輩が恐ろしい言葉を俺に向かって諭すように告げた。


「誰かまでは分からなかったけど、かえでちゃんは『オボエテロ』って言ってたよ」

「う、嘘ですよね?」

「あ、『コロシテヤル』だったかな? それとも『カシロユルサン』だったような······?」

「すみません、俺もう帰ります」

「待った待った! これじゃあ私たちが中に入れないじゃないか! だからホラ!」


 と言って、妻城先輩は部室の扉を開けると同時に俺を放り込み扉を閉めた。ついでに一生懸命扉を押さえてる。


「あ! 妻城先輩! 奈美花!」

「······やっと来たんだね。ーー鹿代君?」

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