2ー4

 *



「うっわぁー、まだ人がいる」


 昼食時を避けて食堂にやって来たがそれもまるで意味がなかった。


「はぁ······わっくんは最近釣れないし、見かけないし、嫌われたのかな······あたし」


 いやいやそれはない、と何故か自信気に否定。

 ーーわっくんは私の《恋人》なんだから! ······まさかっ! 浮気⁉

 それもないか、とまたしても自信気に否定。


 声を出さない分、どうしても彼女は感情が動作に出てしまうため、彼女に対して周囲の目線はかなり痛い。しかしそんなことを気にすることもなく彼女は食券販売機の列に並ぶ。

 並んでいる最中も考えることはただひとつ。この世で最も愛する人のこと······。


「わっくん······会いたいよ。フフ」



 *



 俺に出来ること······。彼女、一宮いちみやかえでさんに······。


「あ、あの······一宮さん」

「ん? ど、どうしたの?」


 ごめんなさい、そう言おうとしたが言葉を飲み込んだ。何故って、それは俺らしくないからだ。俺はこれからずっと自分を変えない。謝罪なんてもっぱらごめんだ。だから俺が一宮さんにかける言葉は······。


「俺のこと、キライでしょ?」

「え? ど、どうしたの急に······」

「そのままだよ、キライでしょ。俺のこと」


 ······お願いだ一宮さん。俺のことをキライって言ってくれ。言ってくれれば······。


「だからどうしてそんなこと言うの? 君らしくないよ?」

「君らしくないって······一宮さんは俺のこと何も知らないでしょ? 知ってるの? 俺が以前、何の部活に入っていたのか? 俺がどういうやつなのか? 俺が······一人ぼっちの嫌われ者だって言うことを。知らないでしょ? だったらーー」

「知ってるよ。鹿代かしろ君のことなら······」


 予想外の言葉だった。知ってる、その言葉だけで俺は涙が滲み出てくる感じがした。

 そして何故こんなにも一宮さんは俺に対して優しいのか、別にその理由はどうでも良かった。ただこんな最低な俺に優しく接してくれる、それだけで充分だった。なのに、


「······ごめんね、私は君に二つのことを謝らないといけないの······」


 どうして君は謝ろうとするのか、俺には全く理解できなかった。



 *



 私は昨日、鹿代君と部長が河川敷で話していたのを目撃し、鹿代君が去った後、部長に見つかった。その時、私はコンビニ帰りの途中だった。······それは良いとして、部長には軽く相談ぽいことに乗ってはもらったが密かに隠していることがあった。


 それは部長が部室を去った後のこと。部長は私が少ししてから帰ったと思ってるらしいけど、本当は違う。これは本当に部長だけにはバレたくないこと······。


 時間を巻き戻すこと、昨日の夕方。場所はラジオ部の部室。


 部室の中にはひとつだけ影があった。

 そうかえでだ。

 そしてその影、楓の目元は濡れて光っている。涙だ。その涙を拭い楓は少しでも心を落ち着かせるため窓際へ移動し、部室の窓を開ける。窓を開けると、夕焼けの明かりと秋の涼風が部室内を満たすように入ってきた。


「······さむっ、でも······キレイ······」


 いつぶりに夕焼けをまじまじと見たかを思い出しながら好きな歌のサビを口ずさむ。

 目を瞑りながら口ずさんでいる好きな歌。しかも夕焼けがとてもキレイ。それだけで楓の心は落ち着きを取り戻した。

 サビも歌い終わり、目を開けるとキレイな夕焼けが視界を奪う。そしてまた······、


「······キレイ······」


 と、夕焼けが楓の心も奪う。

 夕焼けを見て思うことはただひとつ。どうしてあんな小さすぎる理由で泣いてしまったのか、と······。それとも小さすぎるが故に泣いてしまったのか、それは楓にも分からない。でも、ひとつだけ分かったことがある。それは······、


「私は······鹿代君が気になっている」


 それだけが分かったこと。いや、発見したことだ。

 そしてその発見したことを楓は実登里みどりには明かしていない。その理由はひとつ。


 ーーこれは私に対しての試練。他の人ではなく、私だけの試練······。その発見したことを確かめるまでは誰にも相談はしないし、頼らない。

 そう決めたからである。


 

 私が食堂で鹿代君を助けた理由は二つ。ひとつはどうして私は鹿代君のことが気になるのかの確認。そしてもうひとつは謝罪するべきことがあるから。どちらかと言えば、前者が助けた理由のほとんどだが······。


 そんな私のことも知らずに鹿代君は今、私を突き放した。キライでしょ? と······。キライ、確かに言われてみればどちらかと言うと苦手よりのキライかもしれない。だけど、生理的にムリという拒否感は珍しく全くない。だから言った。


「どうしてそんなこと言うの? 君らしくないよ?」


 と。鹿代君と会って二十四時間も経っていないが、多少なりとも私なりに理解していることはある。だけど鹿代君は言う。


「君らしくないって······一宮さんは俺のこと何も知らないでしょ? 知ってるの? 俺が以前、何の部活に入っていたのか? 俺がどういうやつなのか? 俺が······一人ぼっちの嫌われ者だって言うことを。知らないでしょ? だったらーー」


 と。最後の言葉が出る寸前、私は自分の言葉で遮った。なんで遮ったのか理由は分からない。でも、これ以上は聞いていられない、そんな思いが私の心を動かしていた。


「知ってるよ、鹿代君のことなら······」


 これは私の理性ではなく、本能の言葉。


「······ごめんね、私は君に二つのことを謝らないといけないの······」


 この選択で本当に良かったのか? それとも本当は鹿代君の言葉通りにキライ、と肯定する方が良かったのではないだろうか? そう思っても言ってしまったことはもう変えられない。この選択で未来が決まるとしても······。



 *



 一宮さんは告げた。私は嘘をついた、と。でも俺はその言葉の意味が分からなかった。何に嘘をついたのか、それともこれ自体が嘘なのか、その事で俺の頭は状況に追い付けなくなっていた。


「っ、ちょっと待って。俺には一宮さんの言ってる意味が分からない。嘘をついた? 二つのことを謝る? 何なの? そんなこと急に言われてもーー」

「それだよ」

「ん? 何が?」

「だからそれ! 君は私に突然、キライでしょ? って言った。そして私は混乱した。だからそれ、困ったでしょ君は?」


 うん困った。でもそれとこれは関係ない。だからますます俺の頭は混乱した。何が言いたい? 何を求めている? そんな疑問が頭の中でいくつも浮かんだ。


「ああ困ったよ。だから何? 一宮さんは何がしたいの? 何をーー」

「ーー困らせて突き放した。君が私にやったこと。それを今、私が君に対してやったの。分かった? 被害者になる気持ちを? ······説明もせず、勝手に困らせて果てには突き放す。君はそれでもいいけど、私はイヤ! 私は······私は······そんなの、イヤァ」


 気づいた時には一宮さんの目元は大量の涙で溢れていた。周囲の生徒も一宮さんの事態に気づくと、軽く驚きの視線をこちらに向けていた。

 対処しようにもどう対処したらいいのか全く分からないため、俺はただただ慌てることしか出来なかった。


 やはり鹿代は最低だ。そんなことを誰かに言って欲しい、そんな思いが時間が経つにつれ、強くなる。その思いを打ち消すかのよう、俺は一宮さんに謝罪の言葉を入れた。


「······ごめん、一宮さん。何も、出来なくて······」


 一宮さんの反応はない。そんなのは分かっていた。息をするかのように告げた謝罪の言葉に返す言葉などあるはずがない。ましてや俺は一宮さんと距離を置こうとした。そんなやつに謝ってもらっても何の特にもなりやしない。


 だから俺は《最低》を貫き通すため、この場から一宮さんを置いて立ち去ろうとした。だが思いもよらぬ客が声をかけてきた。


「あれれー? 《孤高のエース》様の鹿代さんじゃあないですかぁ? お久し振りですね? ーーおや? ちょっとちょっとぉ、バスケを辞めたからって、次は女に手を出したんですか? はは、《孤高のエース》って言う異名も捨てたってことですか? 勿体ない······」


 現れたのはバスケ部一年の頭と言っても良い、瑠川るかわ明斗あきとだ。

 ハッキリ言えば、俺は瑠川にーーいやバスケ部一年全員に嫌われている。その理由は単純、一年なのにレギュラーになった生意気な奴、だからだ。瑠川の口調が微妙に挑発気味だったのはそれが理由。······とは言ったものの、俺は瑠川のことを何ひとつ知らない。強いて言うなら、さっきも言ったバスケ部一年の頭、というくらいだ。


 だからずっと驚いていた。俺なんかに話しかけてくるとは、と。でも話しかけてきた理由は分かった。嫌がらせ。それしかあり得ない。

 俺は自分で言うのも何だが、黒葉高校ここの有名人の一人だ。その俺が何かしらの騒ぎを起こせばそれは大ニュースに決まっている。つまり瑠川はそれで俺の印象を悪の方へ向けさせようとしている、そういうわけだ。


 そんな見え見えの嫌がらせに自らまんまと乗るわけもないので、俺は一宮さんを連れて立ち去ろうとした。が、俺は動くことが出来なかった。


「一宮、さん······?」


 大粒の涙を流していた一宮さんはもうそこにはいず、代わりにいたのは何かに怯えている一宮さんだった。

 あの強気で負けず嫌いな一宮さんはどこへ行ったのか? そう思えるほどに今の一宮さんはまるで別人のように変わり果てていた。何故? そんな疑問に答えるかのように招かれざる客の瑠川が告げた。


「知らないのか? 一宮のこと?」


 そう瑠川が告げた時、俺は見逃さなかった。一宮さんはビクビクとさらに怯えていることに······。

 瑠川は一宮さんの何かを知っている、その思いだけが何故か俺を奮い立たせた。


「っ、何を知っている? 答えろ!」

「おお、怖い怖い。《孤高のエース》様もそんな顔すんだ、これはーー」

「誤魔化すな。さっさと答えろ······」


 ここまで何が俺を動かしているのか、全く分からない。でも何故か、瑠川の知ってる素振りに劣等感を覚えたのは事実だった。

 こんな想いは今までの人生で味わったことがない、そんな気持ちがずっと心に残っていた。


「教えてもいいけど、教えたら多分あんたは後悔するよ? そしてそこの女を傷つける。······これは忠告。それでも知りたいって言うなら《孤高のエース》様の頼みだから教えてやるよ」


 ここまで人の秘密を暴露しようとしているのに一宮さんは何も言わない。それが気掛かりだったが俺は知ろうとした。一宮さんの秘密を。例え、一宮さんが傷ついたとしても······。


「······ああ、教えーー」

「あああ! わっくんっ⁉」

「ぅげっ、奈美花なみか⁉」

「ゆ、雪原ゆきはら⁉」


 航流わたると瑠川が共に驚きの声を上げ、視線を向けた先には二人にとっては会いたくない。特に航流は誤解を招くから会いたくない人物に久し振りに再会してしまった。


「わあああっっっーーくぅぅぅぅぅんんんんっっっ‼ 会いたかったよー‼」


 航流は感じていた。

 ここ二日で俺の寿命が十年は縮んだ、と······。

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