2ー3
*
校内の中で最も落ち着けない場所がある。これは俺の偏見だが、あえて言おう。その場所とはーー食堂だ。
食堂は憩いの場。と言う人が大多数だろうが俺はその反対の極少数派だ。
何故かって、そんなの決まっている。人が多いから、グループだらけ、ぼっちの居場所がない等、ただ俺のストレスが溜まっていく場所だから落ち着けなく、キライだ。ああ、何度も言ってやろう。断じて、羨ましいとか憎たらしいとかではない。ただ単に雰囲気がキライなだけなのだ。そう、それだけ。
それでも昼食時には来てしまう。情けないものだ。
購買で行われる昼食時恒例のパン取り合戦は、一年の俺にとっては最も分が悪く、時間を無駄にするだけのイベントだ。教室から購買まで道のりは三年生の教室と比べれて二倍。四限目の授業が終わった瞬間、飛び出して購買まで向かったとしても、そこにはもうセールス商品を買い求めようと集まるオバサマたちの、あの光景が購買前で広がっているのだ。
その光景を見た途端、······言うまでもない。
だから昼食時には食堂に来てしまうのだ。あの光景から逃げ出してくるみたいに······。
言っておくが食堂全てに文句があるわけではない。食堂の雰囲気に文句があるだけで、料理の見た目や美味しさには全くもって文句はない。むしろ、感想文を書けと言われたら何枚ーー何十枚になることやら······。
それほどまでに俺はここの
特に俺のここのオススメは、曜日ごとでメニューが決まっている日替りランチ。その中でも水曜日は他の曜日と比べて別格の味だ。
メニューは海老と鶏、その日の朝に仕入れた野菜で作るかき揚げの天ぷら。更にこれまた、その日の朝に仕入れた新鮮な魚介の刺身。キャベツのおひたし。味噌汁。白ご飯。といった高校の食堂にしては豪華すぎる和風ランチなのだ。しかもワンコイン!
そんなことを語っていても、その和風ランチを食べられるのは水曜日のみ。今日は一日過ぎた木曜日。昨日のあの味を思い出しながら来週の水曜日を待つことしか俺は出来ないのだ。
トホホ、と遣り切れない気持ちになりながらも食券販売機の列に並ぶ。木曜日の日替りランチはあまり好きではない。
メニューは目玉焼きハンバーグ。野菜たっぷりのホワイトシチュー。フルーツサラダ。フランスパン。これも高校の食堂にしては豪華すぎる洋風ランチ。これもワンコイン!
経営は大丈夫なのか、と聞きたいところだが毎日食堂が開いているのなら心配はいらないのだろう。まあ、ここもかなりの進学校だから金銭的な面では大丈夫だろう。失礼過ぎるが······。
食券販売機の列に並ぶこと五分。やっとのこと食券を買い、厨房のおばちゃんに食券を見せて料理を作って貰う。今日はシンプルにラーメンと半チャーハンのセットにした。
ラーメンと半チャーハンのセットね、と言って料理を出されると持っているトレーにラーメンと半チャーハンを乗せ、空いている席を探す。
昼休みになってからもう十分以上経っているからか、ほとんど満席状態。
汁物があることからあまり歩き回りたくないが、カウンター席の方へと視線を向ける。カウンター席は厨房の対極に位置するため、かなりの距離がある。溢さない、人とぶつからないを意識しながらカウンター席の方へと移動する。
溢すな、溢すな、と口の中で呪文のように唱えながら移動していると、
「あ······」
「っ! ······かーー」
会ってしまった。今、最も会いたくない人物と······。
「い、
「フン!」
「あ、ちょっーー」
ちょっと、と言う前に一宮さんは俺の横を通り、空いていたテーブル席に一人で座った。
その光景を見た周囲からは不思議な視線でこちらを見てくる。目立ってしまった。一瞬チラッ、とカウンター席の方を見たが空いている席はない。逃げ場を失った俺は打開策を考えていると、
「······座ったら。私も早く、落ち着きたいし······」
テーブル席に一人で座っている一宮さんがこちらを一切見向きもせずに、助け船を出してくれた。微妙な気持ちになりながらも仕方なく一宮さんの向かい側の席に腰を下ろす。
「ありがと」
「······私自身のためだから」
言うと、一宮さんは顔をプイッと背けてしまった。
周囲からの不思議な視線もなくなりやっとのこさ、落ち着ける環境にーーなったとも言えないがラーメンの麺が伸びて冷めてしまう前に食べ始める。
いただきます、と両手を合わせてからラーメンを口に運びすすり始める。ズズズー、という勢いの良いすすりで黙々とラーメンを器からなくしていく。
「よく食べれるね、こんな落ち着かない環境の中で」
そう? と軽い受け答えをし、食べ途中の麺を口の中に押し込んでからしっかりとした返しをする。
「っあ、落ち着かなくてもお腹は正直だから。食べないでお腹が鳴る方が圧倒的に恥ずかしいしね」
「! ······正論なんか言うんだ。君」
「人を何だと思ってんだ? 事実、一宮さんよりかは俺の方が頭良いしね」
「くっ、何かものすごくカチンと来るんだけど? しかも何故か言い返せない······」
仕方ないよ。事実何だし、と後付けしてから食べかけのラーメンをすする。麺をすすりながら正面の女性を見ると、屈服したかのように頭をテーブルの上に乗せてうなだれていた。
うえっ⁉ と、その意外な姿に思わず、麺を噴き出しそうになったが何とか堪える。堪えたために麺が喉に詰まり咳き込む。
「だ、大丈夫?」
「あ、うん。だ、大丈夫······」
コップに入っていたお冷やを全て喉に流し込み、詰まっていた麺をお冷やと一緒に胃に納める。ふー、と安息出来たことに満足して一宮さんに話しかける。
「ありがと」
「か、感謝されることは何もしてないし!」
「それでも、一宮さんは俺のことを心配してくれたでしょ?」
カアアア、と顔が茹でダコのように赤くなる一宮さん。それを見た途端、自分がものすごく恥ずかしい言葉を一宮さんに向かって、無意識に言ってしまったことに気づいた。慌てて他意はない、と弁明するが聞き耳を立てずに一宮さんは動揺し始めた。
「そ、そんな風に言ったってわ、私はだ、騙されないよ? てかっ、し、心配なんかしてないしねっ。い、いただきます」
動揺し過ぎだろ、と思いながらも一宮さんが昼食を食べ始めたので、こちらも残りの半チャーハンに手をつけ始める。
半チャーハンを食べながら正面の一宮さんを見ると、動揺が収まりきらないのか箸でうどんを掴んだとしてもツルンッ、と箸から逃げてしまう。次第に一宮さんは動揺から怒りへと感情を変え、左手にうどん用の木製れんげを持ち、右手の箸と左手のれんげで器用にうどんを挟み込み口に運んで食べ始めた。
器用だね、と言おうとしたがまた変に誤解し動揺したら困るので言葉を控えた。まあ、特に困るのはこちらだけど······。
半チャーハンも食べ終わり、食器を片しに行こうかと思ったが今日は一人ではないことを自覚させて、一宮さんの食事姿を観察することにする。
器用に食べるなー、と口にはしなかったが視線から伝わったのか再び慌て出した。
こっち見るな、と一宮さんは俺に命令してきたので仕方なく外の風景を眺める。外の風景を眺めながら音を頼りに耳を澄ませていると、ご馳走さま、と一宮さんの声が聞こえた。見ても大丈夫だろうと判断した俺は一宮さんに向き直る。
「食べ終わった?」
「終わったわよっ。誰かさんのせいで、慌てまくりだったけどねっ」
「それは申し訳ないです······」
「そうよ、君が悪いの」
私は絶対に悪くない、と言い張ると今度は一宮さんから話題を振ってきた。
「ねぇ、前の部活って何だったの?」
唐突すぎる質問に少し戸惑う。言ってしまえば楽になるかも、という思いもあれば逆に言ってしまうと苦難が待っているかも、という対極の思いに駆られた。それでも、と答えを出そうとした時、
「やっぱり答えにくいよね。いいよ、無理して答えなくても」
救いの手とも思える言葉を一宮さんは出してくれた。その心意気に感謝すると同時に、昨日の一宮さんとのやり取りがフラッシュバックされた。
どうすれば良い? そんな疑問がいくつも浮かんだ。でも最終的に残った答えはひとつだけだった。謝る。許されるかは分からない。そんな恐怖があるが俺にとってはどうでも良い。
許される? そんなのは許されない俺に対するご褒美だ。それが普通だ。普通なのだ。俺は一宮さんに心のキズを負わせた。『そんな無謀な挑戦』。無謀だから諦めろ? だったらそれは俺の人生をーー俺自身を否定することでもある。
最低だ。一宮さんに対して心のキズを負わせた俺が。
最低だ。これまで俺のことを支えてくれた人を否定した俺が。
最低だ。これまでの人生全てを否定した俺が。
最低だ。ここまで身も心も穢れている俺が。
本当に、本当に最低だ。俺は······。
何が出来るだろうか? 彼女に対して。キズを負わせた最低な俺は······。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます