2、孤高

2ー1

 *



 小腹が珍しく空いたため、コンビニでサンドウィッチと炭酸飲料を買った。

 レジ袋を左手で持ち、学校の鞄を右肩に背負って河川敷に戻った。

 普段は河川敷に戻る理由はないが、今日は帰りが一人ではないため、戻らないといけなかった。待っている人を無視するのが一番怖い、というのが本音だが······。


 河川敷に戻ると、一人の少女が夕日を眺めている姿が目に入った。

 その少女こそ、実登里みどりだ。

 実登里は彼、航流わたるがまだ会話する距離にいないにも関わらず、私情を問うた。


鹿代かしろ、お前は夕日と朝日、どっちが好き?」

「さ、妻城さいじょう先輩って、そんなキャラなんですか? えっと、······強いて言うなら夕日です。ぶっちゃけ、夜景が一番ですけど······」

「ふ、ロマンチストだな、鹿代は。キャラについてはノーコメントだ」

「ふ、って鼻で笑いましたね⁉ バカにしましたね⁉ ノーコメントなら仕方ないですね!」


 実登里は無視した。

 少しバカっぽい? と、航流のキャラを確認しながらコンビニで買ったドリップ式のアイスカフェラテを口に含む。

 甘っ、と後悔してから航流が隣にやって来たのを確認する。

 航流が声をかけてくるだろうと踏んで、コンビニで買ったもう一つの品を取り出す。


「えっ······妻城先輩って、そんなもん食えるんですか?」


 と、航流が指したのは実登里が今、取り出したーー『エクレア~紅茶風味~』だ。

 その『エクレア~紅茶風味~』を航流の問いに答えるかのように封を開け、口に運んだ。

 ウえっ、と航流が発した瞬間、横から航流の腹に目掛けて拳が飛んでくる。航流が本当にウえっ、と吐きそうになっているところに白々しくも実登里が、


「大丈夫か? 鹿代。無理そうなら置いていくけど?」


 心配するが、


「だ、大丈夫、です······。お、思ったよりも······こ、拳が、強かっただけ、なんで······」


 大丈夫ではないな、と判断して言った通りに航流を置いて家の方へと歩き始める。

 無責任かな? とも思ったが、言ってしまったことは撤回出来ない、と答えを出した。答えを出した実登里は一度、後ろにいる腹をさすっている航流を見る。


 大丈夫だろう、と判断して本当にそのまま置いていこうとした。が、後ろからの視線に気付いた。

 文句だろうな、と決め付けて歩みを航流の方へと変えた。近くまで寄り添ってから会話を始める。


「どうした? 文句なら私じゃなく、自分の口に言ったらどうだ?」

「ええ、文句ならそうします」


 どう見ても文句があるような口調ではなかった。

 しかし、視線がどうしても気になる、と言う理由で実登里は単刀直入に問うた。


「さっきから私をずっと見てるけど、何かついているのか?」

「······」

「鹿代······?」


 反応がない。

 しかし航流はまだ腹が痛いのか、殴られた場所をさすっている。だから気を失っていることはない。だとすると······。

 実登里は航流の目を見た。その目が見ているのは、

 ······私の、胸?

 気付いた瞬間、実登里は同じ場所に拳を。今度は真正面から真っ直ぐに入れた。


「ぐっ、ウえっ、······せ、先輩。な、何を?」


 っ、と舌打ちしながら、


「先輩として、将来無望な後輩を、有望の道に示すための教育。耐えちゃったから、まだ君は無望な。だからやり直しね。······私、優しいでしょ?」


 ひぃ、と殴られた場所をさすりながら逃げる後輩を実登里は容赦なく捕まえる。

 右手首を軽く回してから、右肩も大きく回す。


「先輩? さっきのは、何割だったんですか?」

「うーん? 三割くらい?」

「え、じゃあ今からは?」

「まずは半分の五割」

「ま、まずって何回やるつもりですか⁉」

「何回だろうね? 君のーーおっと間違えた。お前の場合は、気を失わないギリギリのところで何回も教育しないとだからね。最低、五回かな?」

「お、鬼ですか⁉ いや、オニですね⁉」


 航流の言葉が終わると同時に、教育と言う名の制裁が始まった。

 周囲に誰もいないと言う実登里にとっては好環境に恵まれたため、航流のSOSは誰にも届かなかった。



 *



 夢を見ていた。

 ここは? と言う疑問はなかった。

 何故なら、最近の出来事が今の夢だからだ。


 今、夢の中では体育館にいた。俺がやっているのはバスケの練習だ。

 俺は、パスを貰うと正面にいる敵に対し、右にフェイントをかけてから左にドリブルで切り込んでいった。敵一人を振り切ると同時に、新たに敵二人がブロックに入ろうとしてきた。だが、俺はブロックに入ろうとする敵二人をターンとフェイントで振り切る。そのままドリブルで突っ込み、敵がガードをする前にレイアップシュート。

 ゴールをひとつ決めたところで、俺は喜びや達成感を味わうことはない。


 ゴールを決めた俺は再び同じ練習を始めた。変わったのは、ただコートが逆になっただけ。先程と同じようにパスを貰い、今度はフェイントをかけるよりもダッシュで正面にいる敵を振り切った。そして新たに敵二人がブロックに入ろうとする。が、右左右右左とフェイントをかけ、空いた正面に身を低くしながら切り込み振り切る。最後にレイアップシュート。

 もう一度言うが、ゴールをひとつ決めたところで、俺は喜びや達成感を味わうことはない。


 今のを1セットとして、俺はそれをその後も計十回行った。

 額には汗が浮かび、その汗が頬を伝って流れたり、目元に来て涙のように流れている。その汗を俺はスポーツタオルで拭い、自販機で買ったスポーツ飲料をカラカラな喉に流し込む。俺はこの喉が潤う瞬間がとても幸せ、と感じる。


 喉が潤い、心拍が安定する。スポーツタオルを肩にかけながら俺は体育館にある大きな壁時計で時間を確認した。

 時刻は十七時を過ぎていた。

 時間を確認した俺は急いで帰りの支度を始めた。部活はまだ終わってはいない。が、俺はとある理由で決まった曜日は早帰りを許されていた。その早帰りがまさに今日なのだ。

 時間を忘れ、夢中になって練習していたため、本来の早帰り時間より少々遅れていた。いつもなら家から持ってきた服に着替えてから下校するが、今日は遅れている、という理由で着替えの時間を省いた。


 帰り支度を済ませ、練習に付き合ってくれた先輩たちに頭を下げ、体育館を去る。去る際に同級生たちから嫌悪感のある視線を向けられているが、無視する。いや、慣れている、と言った方が正しい。

 廊下を小走りしながら昇降口へと向かい、上履きからローファーの革靴へと履き替える。革靴だと走りにくいが、コツコツと音を立てながら正門へ向かう。

 そこで夢は終わった。

 否、終わったのではなく終わらせたのだ。俺自身がその後の出来事を嫌っているからだ。



 夢から目覚めると、まず視界に入ってきたのは星ーー夜空だ。つまり俺は今、外で横になっている。どうして外で横になっているのかが不明だったが、徐々に思い出してきた。

 俺が横になっているのは気絶したから。その気絶は部長、妻城先輩が教育と言う名の制裁を俺に下したためのもの。まあ、俺が邪なことを考えてしまったせいでもあるから仕方ない、と言ったら仕方ない。うん、仕方ないのだ。


 と、そこであることに気付いた。外で横になっているのは分かる。分かるのだが、頭と足で感触が違った。気絶したのは河川敷。だとすると、芝生のチクチクした感触やサワサワとした音がある。なのに、それは足でしかない。そう足や腕、背中は芝生の上。だが、頭は芝生の上ではなかった。柔らかい、それが感触だ。

 何だ? と体を起こし周囲を確認しようとした時、


「おはよう、鹿代。よく眠れたか?」


 声がした。

 ビックリしながら声がしたを振り向くと、いた。笑顔でこちらを見ている気絶させた張本人、妻城実登里が······。

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