1ー3

 一心に考え事をしていた時、自分が静かに微笑していたことに気付いた。

 何故? そんな疑問が一瞬過ったが直ぐに答えが出てきた。

 ······ここの雰囲気が好きだから。そう、俺が求めていた居場所がここだから。

 微笑。でも直ぐに収まった。その理由も分かる。その理由はーー、


「さあ、早く!」

「ちょっと、押さないでください。部長!」

「いいから早く! 少しでも他の人にかえでちゃんの演技を見てもらいたいんでしょ?」

「そ、そうですけど······、今日初めて会った人にーーしかも男の人に見てもらうのはちょっと······」


 考えをまとめようとした時、ふと女性二人の会話が聞こえた。

 その会話からして、一宮いちみやさんが俺に用があると分かった。用が何なのかは分からないが、耳だけを一宮さんの方に傾ける。


「あの······か、鹿代かしろ君。ちょっといいかな?」

「ん? いいよ」

「あ、ありがと」


 緊張感が伝わってくる。

 それにしても先程の殺気混じりの視線に比べて、今は全く感じられない穏やかな視線。それほどまでに姉ちゃんのアドバイスが良かったのか、不思議でしょうがない。


「告っちゃえー!」


 横から茶々が入った。

 誰か何て迷う必要もない、部長だ。


「告白じゃないですよ! ただ演技を見てもらうだけです! 演技を見てもらえ、って言ったのは部長でしょ? 余計な口出しをしたら来月の当番は部長ですよ?」

「うわー、楓ちゃんが反抗期だー。私、いじめられて泣いちゃうよ?」

「泣けばいいじゃないですか」


 ヒドイ! と言って部長は部室の隅っこに行って丸まってしまった。

 その行動からして先程の部長は何だったのかと思ってしまう。

 ······それにしても、一宮さんって部長に容赦ないよな······。

 と、思いながら一宮さんにひとつのことを問う。


「さっき言ってた当番って何?」

「それはね、ラジオ部の活動のことだよ。説明するね」


 そう言えば活動内容聞いてなかった、と思いながら一宮さんの説明に耳を向ける。


「ラジオ部の活動は週に一回。もちろん曜日も時間も決まってる。まずは活動内容からね」


 と言うと、真っ白なホワイトボードに黒のボードマーカーで書き始める。

 一宮さんが書き込んでるのは活動についてらしい。

 書き終えると、一宮さんは説明を再開した。


「ホワイトボードを見て。書いてある通り、毎週金曜日の夕方六時からが活動時間ね。その内容は、書くのが面倒だから口頭で説明するね」


 一息を吐いて、一宮さんは言葉を発した。それは、と前置きし、


「ーーそれは、ラジオをやることなの」

「······」


 驚きもしなかった。


「驚いて言葉が出ないかも知れないけど······」


 ······いやだから、驚きもしないよ。

 心の中で叫んだとしても、一宮さんに届くことはないか。

 そう思いながら説明の続きを聞いていた。


「私たちラジオ部はその活動時間に市内のラジオ局で生放送のラジオをするの。新入部員としてはハードルが高すぎるけどね······」


 と、説明を終えた一宮さんは何故か深呼吸をしていた。

 深呼吸をする理由が分からない。それに今は······、


「あの······説明は、それだけ?」

「え、あ、うん。そ、それだけ······」


 何故、慌てて赤面する? と、ツッコミたい。それ以外にも驚きもしないツッコミどころ満載な説明にもツッコミたい。

 どうすればいいかと部長に頼ろうと思ったが、丸まっていることをすっかり忘れていた。よく見ると、先程よりもさらに丸まっていた。

 ······どんだけ一宮さんが好きなんだよ。

 そう思いながらも徐々に部長の存在が頭の中から消えていく。部長のことを完全に忘れた頃には一宮さんと会話をしていた。


「一宮さん、さっき言ってた演技ってのは?」

「えーと······それは······」

「あ、無理して言う必要はないから」

「大丈夫、無理なんかしてないよ」


 そう? と問うたが一宮さんは大丈夫の頷きを見せた。

 そっか、と答えてポケットから使えるようになったスマホを取り出そうとした時だ。


「鹿代君、お願いがあるんだけど······いいかな?」


 一宮さんが言葉を発した。

 言葉を発した時点で何のことかは理解した。だから俺は快く、


「いいよ、何でもお願いして」


 と、答えた。



 *



「ああ、もう! 何なの、あの男! ······うっわ、腹立つ!」


 ラジオ部の部室には二つの影がある。

 一つは今まさに怒りをとある人物に向けている少女、一宮楓の影だ。

 そしてもう一つは、


「せっかく出来た彼氏候補にフラれちゃったね、楓ちゃん」


 火に油を注いでいる妻城さいじょう実登里みどりの影だ。


「フラれーーか、彼氏候補でもないです! 変なこと言わないでください!」

「変なことは言ってないよ私は。ずーっと、男を嫌ってた楓ちゃんが······分かるでしょ?」


 続きの言葉を実登里は言わなかったが、楓には充分過ぎるほど分かっていた。


「分かってますよ。あの人の前だと普通に接することが出来る。まるで、あの人がーー」


 続きを言おうとしたが楓は口を閉じた。

 認めたくない、その思いが楓の表情から伝わってきた。だから実登里も続きの言葉を言おうとはしなかった。だが、その代わりといった言葉を実登里は放った。


「仕方ないのよ、彼は······」

「······仕方ないって?」

「言ったら彼に怒られそうだから言わないーーとは言わないから安心して、楓ちゃん」

「部長は一回、いや何回でも、誰かに怒られた方がいいと思います」

「じゃあ! 楓ちゃんに怒られーー」

「お断りします」


 ヒドイよー、と言って再び実登里は部室の隅っこで丸まってしまった。

 重いため息を吐いて楓は実登里に寄り添う。しかしそれは慰めるのではなく、彼のことについて聞くからための行動。そうとは知らずに実登里は、


「楓ちゃんが······初めて私を······」

「仕方ないって、どういう意味ですか?」

「慰めてよー、少しでもいいからー、ねー?」


 実登里の口調に、楓はムカつきを覚える。

 ムカつきを覚えた楓はひとつの行動を起こす。それは······、


「ーー」


 無視、という行動。

 その行動が以外にも便利だと気づき、楓はこれからも実登里に対して使おうと決めた。

 便利な行動を発見した楓は改めて実登里に問うた。


「彼が仕方ないって、どういうことですか? 部長!」

「無視された、無視されたよ。楓ちゃんに無視されたー」

「ちょっと部長。答えてくださいよ!」


 言っても部長は答えない、そう思っていた。しかしそれは違った。確かに部長は言葉を発しなかった。が、反応はした。

 反応した部長が起こしたのは指差し。

 ······部長の指って、綺麗。

 と、思っても決して口にはしない。調子に乗るってのが、分かっているからだ。


 部長の指の先、そこにあったのは一枚の紙。そう彼、鹿代航流の入部届だ。

 見てもいい、と自己判断して私はそっと入部届を手にした。その入部届に何かあるのかと思っていたが、至って普通の入部届。裏面を見ても真っ白だ。

 何もないじゃん、そう呟こうとしたが言葉を飲み込んだ。表面、記入欄のところを見て理解した。

 彼が仕方ない理由を······。


「彼って、まさか······!」

「分かった? それが仕方ない理由だよ······楓ちゃん」


 部長の声がよく聞こえる、と思っていたら隅っこにいたはずの部長が後ろに立っていた。

 彼のことを詳しく聞きたい、そう思い部長に話しかけようとしたが、


「······」


 上手く言葉が出なかった。

 表情から察したのか部長は、口をつぐんでいる私の問いに答えた。


「そ、見て分かったと思うけど、彼は黒葉高校ここの有名人」


 そして、と前置きし、


『その······お願いってのはね。私の演技を見てほしいの。その······夢が声優で、何度も何度もオーディションを受けてんだけど、合格しなくて······それでも諦めたくなくて······だから、少しでもいいから演技の感想をーー』

『ーー諦めろよ』

『え、今······』

『だから諦めろよ! そんな無謀な挑戦!』

『······無謀な挑戦?』

『そうだよ! 無謀だろそんなの!』

『っ! そんなの分からないでしょ! 何よ! 人の夢に対して諦めろって⁉ 何様のつもりよ! ······出てってよ』

『ああ、出てくよ』


 その言葉を最後に録音再生は止まった。

 この言い争いを録音したスマホの持ち主、実登里が先に言葉を発した。


「分かったよね? 意味が。仕方ない意味が」


 その言葉にもう一人の少女、楓は頷くだけで反応した。

 楓の頷きを見た実登里は帰り支度を始める。一人で考えてみな、その思いを口では伝えず、


「鍵、よろしくね」


 と、言って部室を去った。

 泣いて助けを求めてくるかな、そんな邪な考えが一瞬横切ったが首を横に振った。

 楓は強い子、親ではないがその思いが強いから心配はしない。

 約半年ほど実登里にとって、楓はたった一人の後輩。先輩として見てきたから今回の問題は時間が解決することだと実登里は思ってる。でも、正直なところ時間ではなく、楓自身が動いて解決してほしいと実登里は心から願っていた。

 楓の欠点を克服するためにも······。

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