1ー2

 *



「いらっしゃい、新人君。ラジオ部へ」


 いきなりバンッ、ともガンッ、ともする音と共に女の人の声が聞こえた。それも背後から。

 肩を震わせながらゆっくりと背後に視線を移す。そこにいたのは······、


「部長! 遅いですよ! 何してたんですか⁉」

「ゆーーえ? ······ぶ、部長?」


 幽霊、と叫ぼうとしたが一宮いちみやさんの言葉が先だった。しかも、幽霊と叫ぼうとした相手がまさかの部長さん。あ、危なかった。

 ホッとしていると、右手にあったはずの紙の感触がいつの間にかなくなっていることに気付いた。持っていたのは入部届。なのに今は消えている。落としたのか、と思い足下を見たがやはり落ちてはいなかった。

 キョロキョロと辺りを見渡していると、


「どうしたんだい? 鹿代かしろ? 慌ててキョロキョロしてさ」

「い、いやそれが、持ってたはずの入部届が消えてて、探しーーな、何で俺の名前、知ってんですか?」

「知ってるも何もないでしょ? お前の探し物を私が持ってんだから、名前はそれに書いてあったし、ほら」

「へ?」


 ほら、と何かを見せてきた。見せてきたのは言ってた通りの······、


「お、俺の入部届!」

「やっと気が付いたか、鹿代。お前がガタガタ震えてる時にはもう私が持っていたよ。それにしても、ガタガタ震えてたのは何故だ?」


 問いかけてきた。

 ······幽霊と思った、とか言ったらブッ飛ばされるかな? 一宮さんよりかは優しそうだけどな?

 と、一宮さんを見ると睨まれていた。そーっと視線を部長さんの方に戻して頭を掻きながら問いかけに答える。


「え、えーと······何て答えたら······?」

「ーー幽霊と思ったから」


 声がした。

 身震いが起き、嫌な汗が背中を流れた。

 俺は突発的に一宮さんの方を見た。しかし聞こえていない様子。逆に一宮さんは不思議そうにこちらをーー俺の右耳の辺りを見ていた。何故、と思い確認しようとすると、


「さあ、答えて」


 声がした。右耳から。吐息混じりの小声が。

 慌てて右耳を押さえて声がした右側を向く。

 そこにいたのはやはり、と言わせる人物だった。


「ぶ、部長!」

「んふ、意外と鈍いんだ。鹿代は」

「別にお、俺は鈍くなんかないです!」

「そう? まあいいわ、いい情報が手に入ったし」


 と、言って実登里は胸ポケットからペン付き手帳を取り出した。

 実登里はペンを右手に持ち、手帳を左手に持つと新しいページの左上に貼ってある付箋に『鹿代航流わたる』と書いた。

 付箋に航流の名前を書くと、白紙のページに三行ほどのメモを書き、手帳を閉じた。閉じたその手帳の付箋には航流の他、かえでや色んな名前が書かれていた。

 そのいかにも怪しいペン付き手帳を胸ポケットにしまうと、


「それじゃあ、自己紹介と行こっか」


 何もなかったかのように話始めた。


「え、いやいや。今の手帳は?」

「ん? 何のことかい? 私の名前はーー」

「つ、続けないでください! 今の手帳は⁉」

「気になる?」

「気になります!」

「そっか、······鹿代航流」


 部長さんが俺を呼ぶ。


「は、はい」


 部長さんに呼ばれた俺は素直に返事をした。すると、


「乙女の秘密がそんなに知りたいかい?」


 部長の言葉は一瞬にして俺の中の危険信号がうねりを上げた。

 危険信号はうねりを上げたままレッドラインに突入。だが止まるどころか、危険信号はもうスピードでレッドラインを突き抜けブラックラインに突入した。

 危険信号がブラックラインに突入した瞬間に俺は慌てて、


「け、結構です!」


 即断った。



 *



 航流の中の危険信号がグリーンラインまで収まった頃。


「それじゃあ、自己紹介ね。自己紹介」


 やっと自己紹介となった。


「私はこの部ーーラジオ部の部長を務めてる、三年二組の妻城さいじょう実登里みどり。よろしく」

「よ、よろしくお願いします。あ、えーと、一年三組の鹿代航流です」

「うん。彼女のことは知ってるよね?」


 と、言って実登里が視線を送った先はもちろん楓。

 はい、と航流は頷いて彼女の名前を述べると、


「ほほう、やるな鹿代」


 と、航流の方を見た。その次に、ニヤリとした笑みを浮かべながら実登里は楓を見る。

 その実登里の笑みを見てしまった楓は立ち上がって、


「な、何ですか部長⁉ おかしいですか⁉」

「いやー、別にー。何でもないよ」


 何でもなくはない、と実登里の後輩二人は思いながらも席に座れ、と実登里が手を振っているので席についた。

 後輩二人は会議机の椅子に。実登里は二人の前方、ホワイトボードの前に立った。すると実登里は航流の入部届を見て問うた。


「鹿代、ここの部活記入欄が空欄なのは書き忘れか?」


 書き忘れ、そう答えると実登里は思っていたが違った。


「······違います」

「じゃあ何だ? 入部する気はないのか?」

「いや、ありますよ。入部する気は、違う形ですけど······」


 違う形。その意味を実登里は理解した。


「入部と言っても、本入部ではない。鹿代が言ってるのは、仮入部だな?」


 そうです、と航流は頷く。しかし、


「ちょっと待ってください! 仮入部って、認められるんですか?」


 疑問を投げ掛けてきた者がいた。そう楓だ。

 実登里は迷った。航流の入部届を楓に見せるかどうかを。

 見せれば疑問に答える必要はない。だが航流のことを考えれば見せびらかしてほしくないだろう。だから答えた。校則に従った答えを。


「認められる。ここは確かに他の市内の高校と違って、生徒は部活動に必ず参加しないとならない。しかし、転部する時だけ仮入部が二週間認められている」


 ただ、と実登里は答える。


「その仮入部が出来るのは一つの部活だけ。仮入部の間に別の部活に入部届を提出すれば、その部に入部。ただし、入部届を他の部に提出しないで二週間を過ぎると、仮入部した部に本入部することになる。そういう校則がここにはあるのよ」


 と、言って実登里は全てを話終えた。それと同時に楓を見る。

 楓は多少混乱しているようだが、理解はしたように見える。だから実登里は安心して航流を歓迎した。ラジオ部に入部したかのように。


「それじゃあ、改めてーーようこそ、ラジオ部へ。鹿代航流君」



 *



 歓迎の言葉に航流は椅子に座ったまま頭を下げた。自分が本当にこの部に入部するか分からないのに、快く歓迎してくれることに。

 頭を数秒下げ、上げたことを確認した実登里はラジオ部について話始めた。


「それじゃあ、簡単にこの部の活動について話すよ。いい?」


 お願いします、と頭を下げる。

 頭を上げたと同時に実登里は話し出す。


「ラジオ部はまず、部員が二人。私と楓ちゃん、鹿代が本入部してくれると三人になる」


 若干脅しのように感じたが気のせいとして無視する。


「まあ、ラジオ部と言っても人数が少ないから廃部寸前だけどね」

「廃部寸前とか言わないでください部長。縁起が悪いです」

「それは悪いね。まあ、鹿代が入部してくれれば少しは繋がるけど······」


 脅されてるのか? そんなような感じがしてきたがあえて無視する。


「部長、あまり鹿代君を脅しすぎないでください? 逃げちゃうので」


 心にナイフが刺さった。何本だろうか? いや、何十本だろうか?


「楓ちゃんはやっぱりまだまだ、女の子だねー」

「どういう意味ですか!」

「男を分かってない。鹿代の心を考えてやりな。ーーいや、楓ちゃんはもっと友達をーー」

「ああああ! ストップ! ストッープッ!」


 と、言いながら楓は席を立って実登里の口とおまけで鼻も手で塞ぐ。

 楓にいきなり口と鼻を塞がれた実登里は右手で口と鼻を塞いでいる楓の手を叩き、ギブアップと反応する。


「はっ! はあ、はあ······死なせる気か⁉」

「すみません······でも! 今のは部長が悪いです! 私の秘密を勝手に言おうとするから!」

「私の命と楓ちゃんの秘密、どっちが大事なーー」

「私の秘密です!」

「死んでもいいのか! 私は!」


 騒がしい部だな、と思いながら航流は制服のポケットからスマホを取り出す。

 取り出すと、電源を切ったままだと気付いて電源を入れる。電源を入れてから使えるまでは数十秒はかかる。そのため使えるまではポケットにしまい、航流は楓たちの方に視線を移す。

 不思議、と感じていた。この空間にいられることに。

 ······俺は人と接することがこの世で一番苦手だ。普通に接することが出来るのは指で数えられるほどしかいない。それはもちろん家族を含めてだ。

 だから不思議、と感じているのかもしれない。

 ······この二人ーー妻城実登里先輩と、一宮楓さんに。


「見つけられるのかな······」

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