第3話 白い友人 その二

「ありゃりゃ、これはひどい傷じゃ。さっそく手当せんとな」ラファエル博士が工場に来た白熊の母親の傷をたんねんに見て、驚いておもわず言葉がでてしいました。

「傷がうんでて、重症じゃのう」

白熊の母親はオオカミの追手から逃れて安心したのか、ぐったりと眠っているようでした。

「博士。白熊のお母さん、治るでしょ」レミーが心配して聞いてきました。

「わからんなあ。ここは人間の行く病院とは違うからの。精いっぱいやってはみるが」ラファエル博士は静かに答えました。

「お母さんを助けて。お願いです」カミーユも母親を心配するあまりに、ふるえるような声です。

「そうじゃの。とりあえず荷車を寝床がわりにして、工場の奥に入れるんじゃ。そこで手当てすることにしよう。さっ、荷車を工場の奥へ入れるんじゃよ」ラファエル博士の指図でロダンとブルーデルは白熊の母親の乗った荷車を工場の奥へと押して行きます。

「ロダン。デビルスクラブの葉が少し残っていたと思うんじゃが、あるだろか。それと、傷口をふさぐ布も必要じゃ」デビルスクラブは低い木で、幹や枝にたくさんのとげがあり、その赤い実がなるのをヒグマたちはをよく食べるのです。

「ぐうう、そうだな、いくらかまだあっただろうか。残りがあったら全部もってくるよ」ロダン工場長は奥のきゅけい部屋へ向かいました。

「オオカミはどんなやつらだった」荷車に乗っていたヨハンが、カミーユに聞きました。

「オオカミは何十匹もいる群れだったよ。リーダーが変わってて、真っ黒い毛で体が大きいんだ」カミーユがいやそうなに話しました。

「なんでオオカミは、白熊のお母さんをおそったんだい」ヨハンは続けざまに聞きました。

「真っ黒いリーダーが、白熊の子供をよこせって言うんだ。僕を食べるんだってしつこく追ってくるんだ」

「そうだったのか。本当はカミーユをねらっていたのか」そうヨハンがふんがいしているところで、

「またやつらはここにやってくるよ。どうかカミーユを守っておくれ」白熊の母親は急に頭を持ち上げ、苦しそうに答えました。

「わかった、わかった。無理して起き上がっちゃいかん。お前さんが傷を治して、まず元気にならんとな。があっ、ロダン。薬草はあったかね、どうじゃ」ラファエル博士はきゅうけい部屋から出てきたロダン工場長を見つけて聞きました。

「あった、あった。たっぷりとね。それと大きな布切れも用意したぞ」

「よかった、さっそく手当しよう。ロダン、手伝っておくれ。葉をつぶして傷口に塗り、布きれを巻きつけるんじゃ」ラファエル博士にうながされて、ロダン工場長も傷の手当てを手伝います。

「お腹の下に布を通すのは大変だ。ヨハン、白熊のお腹の下にもぐって、布を引っぱっておくれ」ロダン工場長がヨハンに目くばせしますと、体が小さなヨハンは白熊のお腹の下にもぐりこみます。白熊の母親は静かに身をまかせていました。そのうちヨハンが布きれのはしを懸命に引っ張りだしてきました。

「カミーユ、見ててないで引っ張っておくれよ。」ヨハンにせがまれてカミーユはうなづくと、白熊のお母さんのお腹の下にもぐりこみ、いっしょに毛布を引っぱり始めました。

「よしよし、いいぞ。さっ、布がとれないようもう一巻きしようか」ロダン工場長に言われて、ヨハンも気を良くしたのか、また白熊のお腹の下にもぐりこんで、布を引っぱり始めました。

「ぼくもする」レミーもそう言って白熊のお腹の下ににもぐりこんだので、

「だめだよ、ぼくが最初なんだから」カミーユもあせってもぐりこみました。

「があっ、いたたたたっ」白熊のお母さんが顔をしかめました。

「やめておくれ。お前たち、痛くてしかたないよ」白熊のお母さんの声にたしなめられて、二匹の子熊はあわててお腹の下からはい出てきました。

「よしよし、傷の手当はこれくらいでいいじゃろ。あとは栄養をとって、ゆっくり休ませてあげるだけじゃ」ラファエル博士はそう言うと実験室へと戻っていきました。


白熊の母親が缶詰工場に来た翌日から、ロダン工場長の言いつけでメスのヒグマたちが面倒することとなりました。クロエは特に面倒みがよかったのです。

「ほら、今日取れた新鮮なサケの身だよ。すりつぶしてあるから、ゆっくりおあがり」

クロエはスプーンにサケのすり身をのせ、白熊の母親の口元へ運びました。

白熊の母親はサケのすり身を静かに口にふくみました。

「あまり食べれないかい。まだよくならないんだねえ」クロエは心配そうに言いました。「白熊のお母さん。沢からおいしい水をくんできたよ」パメラが水差しを持ちながら、やってきました。パメラは樺の葉に水をしたすと、白熊の母親の口に水をふくませました。

「薬草を取り替えるよ。痛むけど、またがまんしてね」コゼットは白熊の母親に巻かれた布きれを少しゆるめて、デビルズクラブの薬をそっと塗りました。

「早く治って、元気な顔を見せてよ」コゼットは白熊の母親の顔をのぞき込み、そうはげましました。

数日経ちましたが、白熊の母親の傷の具合はいっこうに良くなりませんでした。食事に出されたサケのすり身もほとんど食べない時もありました。かえって熱が出てうなされることもあり、悪くなるばかりです。

「博士、白熊のお母さんが苦しそう。助けられないの?」お見舞いに来たレミーも、白熊の母親が良くならないのを心配してか、ラファエル博士にたずねます。

「弱ったのう。傷口がうんでいるんじゃな。手当てが遅かったかもしれんのう」ラファエル博士も毎日足を運んで白熊の母親を看病していますが、ほとほと困ったようでした。

「そんなことないよ、博士なら治せるでしょ」レミーはすがる思いで博士に聞きましたが、ラファエル博士は何とも答えません

「ラファエル博士」カミーユが小声で聞いてきました。

「なんじゃな、カミーユ」

「お母さんが夜中に、生まれた地をもう一度見たいと言ってるんです」カミーユはそうポツリと話しました。

「そうか。そう言ってたか。それがいいかもしれん」ラファエル博士はカミーユを見下ろして、一息してから言いました。

「どうです、博士。白熊の母親の具合は?」ロダン工場長は見回りの仕事をひと段落してから、白熊の母親のようすを見にきました。

「どうも容体はよくなならないのう。日に日に悪くなるばかりじゃ」

「それはつらい話だ。ケガが治ったら工場の熊たちも、お祝いのパーティーを開こうと話していたところなんだが」

「近いうちに、白熊の母親を生まれ故郷に連れて行ったほうがいいと思うんじゃよ」カミーユの頭をなでながら、ラファエル博士は工場長に話しました。

「そうはいっても博士、こんな大き体の白熊を連れて行くのは大変なことだ」

一つ方法がある。人間が谷あいに捨てていったバスがあったんじゃ。それを改造しているんじゃが、完成させれば白熊の母親を乗せていけるわい」

「そんなバスを博士、いつ見つけたんです」

「二回の冬眠前じゃよ。今度はみんなでそのバスを実験室まで引っぱってもらいたいんじゃ。さっそくバスが動くように修理せにゃならんからの」

そこでラファエル博士に案内されて、ロダン工場長にブルーデルや工場の仲間もデナリへ向かう途中にある谷あいへと向かっていきました。その間、工場のラインはお休みです。行く手は雑草や枯草がふかふかして歩きやすそうな小道でしたが、じめじめして足首までうまってしまい、とても歩きにくくなってきました。

「さてと、ここはよけてバスを押さなきゃいかんの。みんな、バスはあそこじゃよ。この辺は沼地のようなとこなんで、人間がバスを置いていってしまったんじゃろ。」ラファエル博士は草原の中にぽつんとある丘のすそにひそんでるバスを教えました。

「博士、あれはバスにしては小さいようだよ。バンて言うんじゃないかな。」ブルーデルが博士の教えてくれたバスを見て言いました。

「そうだ、あれはバンだよ。後ろにドアもあるからね」いっしょに来たピエールがはやすように言います。

「そうかのう。二人が言うならそうかもしれん」ラファエル博士はバスと言ってた車に近づきながらつぶやきました。

「まっ、いいわい。この車にはいくつか仕掛けがあるんじゃ。まずは」ラファエル博士はバンのボンネットを開けました。

「この車のエンジンは藻と水で走るんじゃよ」

「すごい。じゃあ、ガススタンドに行かなくてもいいんだ」アルバンが聞いてきました。

「よく知ってるのう。その通りじゃ。しかし今はまだ、車を押してやらんとエンジンがかからんのじゃよ。」博士はそう言った後、車の運転席を開けて乗り込みました。

「それでは、みんなで車を押しておくれ」ラファエル博士の呼びかけにロダン工場長、ブルーデル、ピエール、アルバン、ローランと工場にいるオスのヒグマたちがぐうぐう言いながら車の後ろに回りました。

「がああ、そうれ」ロダン工場長のかけ声に合わせて、五頭のヒグマはバスを思いっきり押されたものですから、バスはぐいんと前に飛び出ました。キュルン、キュルンと音がすると、ブルルルルンとエンジンがうなりました。

「ぐううっ、うまくエンジンがかかったぞ。あとは工場まで無事に走れればいいんじゃが」

ラファエル博士はバンを工場へ向けてゆっくり走らせました。スプルースの森の工場に着くまでには、まだ広々とした草原が続いています。でも、運転を間違えてかタイヤがふかふかした草むらにうまりそうになると、「ぐうっ、ロダン、みんな、早く押しておくれ」

ラファエル博士はあわてて呼びます。

「なんだ、なんだ。どうしたんだい」ロダン工場長とヒグマたちは、わけもわからずにバンをどんと押します。バンはいきおいあまって前に飛び出しました。こうしてバンは何度もヒグマたちに押されながら、工場にある実験室の前にたどりつくことができました。


 小高い丘の上から一匹のキツネが、ロダン工場長やラファエル博士らがバンを動かすのをかくれながら見ていました。すると、すっとその場を立ち去り、キツネは丘を下って一目散に草原を駆けだしました。そして山のふもとにある穴ぐらの中へと入っていきました。

「ヴィクトルのだんな、白熊の親子の居場所がわかりましたよ」茶色い毛のキツネは真っ黒く体の大きいオオカミに話しかけました。

「おう、ブリス。白熊はどこにいる」黒いオオカミが聞き返します。

「へい。ディナリの近くのスプルースの森に、ヒグマの工場があるんです。白熊はそこのヒグマたちにかくまわれていますよ」茶色のキツネが答えました。

「くそう、ブリス。ヒグマが多すぎると、こっちはすぐに手を出せねえぞ。あと一歩であの白い子熊をうばえるところだったんだが。白熊の母親に用ない。子熊さえ手に入れりゃいいんだ。おれの邪魔をするから、腹を思いっきり噛みきってやったんだが、こっちがのされてしまった」

「おかしら、どうです、気分は」ヴィクトルの横に三匹の黒い毛に焦げ茶の混じったオオカミが座っており、そのうちの一匹が聞いてきました。

「うむ、今はだいぶよくなった。ところでヒグマの工場というのはなんなんだ」

「サケの缶詰を造る工場ですよ。ここらでは有名です。ロダンというヒグマの工場長といっしょに何頭ものヒグマがいるんです」キツネのブリスは答えました。

「おかしら、やっかいなことになりましたね。うかつに近寄れませんよ」手下のオオカミが言いました。

「ヴィクトルのだんな。どうやらヒグマたちは、人間が捨てた車を工場に運んでいましたよ。どうやらその車に白熊を乗せるみたいです」

「そうかブリス、よく教えてくれた。これからも何かあったら知らせてくれ。おい、ほうびを上げろ」ヴィクトルに言われて、一匹のオオカミがつかまえてきた野ウサギをブリスの前に投げ落としました。

「ありがとうごぜいやす、ヴィクトルのだんな。また、何かわかったらすぐに知らせにきますよ」キツネのブリスはそう言うと、野ウサギを口にくわえて、オオカミの穴ぐらから出て行きました。

「いいか、今度こそ必ず白熊の子供をつかまてやるぞ。白熊の子供を食べて、俺はワヒーラになるのだ」黒い毛のオオカミは手下のオオカミに話しました。ワヒーラとは、伝説上のオオカミの化け物です。

「おかしら、それで俺たちオオカミの王国を造るんですね。その時、俺は大臣ですからね」一匹の手下のオオカミが言いました。

「お前が大臣なら、おれは将軍だ」別のオオカミがあわてて言いました。

「じゃあ、おれはどうなるんだ。おかしら、おれは何にしてくれるんです」最後の三番目のオオカミがわめくように聞きました。

「わかった、わかった。おまえらの好きなようにしてやるから安心しろ。それまでに考えてやる。おれがワヒーラになったら人間どもに復讐してやるのだ。それには絶対あの白熊の子供を捕まえて、食べなければならん。おまえら、それができるまで手を抜くんじゃねえぞ」ヴィクトルが手下のオオカミに言い付けると、ウォーン、ウォーンと三匹のオオカミは遠吠えをして答えました。


 ラファエル博士は実験室の横に止めているバンの中で作業をしていました。

「もうこれでいいじゃろ。早くせにゃあならんからの」ラファエル博士はそう言うと、バンの中から出て工場へ向かいました。

「工場長、車の用意ができたから、さっそく白熊の母親を故郷へ返す準備を始めたらと思うんじゃ」

「がああっ、そうですか。それではブルーデルと、工場の仲間を呼んできましょう」ロダン工場長はコンベアラインの方へ行きました。コンベアラインの動く音がぴたっと止まると、ロダン工場長はアルバン、ピエール、ローラン、クロエ、パメラ、コゼットと全員を引きつれてやってきました。

「ブルーデルはレミーに呼んでくるように言ってあるから、すぐにでもくるでしょう。それでは始めますか」ロダン工場長は博士にそう告げました。

「では、白熊の母親を車に乗せるとしようかのう」

ラファエル博士に言われて、ロダン工場長と三頭のヒグマは白熊の母親の乗っている荷車のところへ行きました。

「白熊の母さん、あなたの生まれ故郷に帰ろう」ロダン工場長が白熊の母親にそう告げましたが、なんとも答えてくれませんでした。白熊の母親にぴったり寄りそっているカミーユに、ロダン工場長は顔を近づけて「お母さんはだいじょうぶか」とささやくように聞きました。カミーユは静かにうんと答えました。

白熊の母親とカミーユが乗った荷車を、四頭のヒグマで工場の外へとそろそろ押して行きます。

「わあ、すごい救急車みたい」レミーがブルーデルといっしょにくると、改装された車を見て、はしゃぎたてるよう言いました。

「屋根に赤いランプがついてるよ」

「よく知ってるのう、レミー。これは人間の言うところの救急車じゃよ」

「やっぱりね。あれっ、白熊のお母さんを救急車に乗せてどこへ行っちゃうの。いなくなるの」レミーが不安げに言いだします。

「レミー、白熊のお母さんは故郷のブルドーベイの海を見たいと言ってるんだ。故郷の海を見たら、またここへ帰ってくるから安心しなさい」ロダン工場長はレミーにそうさとしてから、ラファエル博士に話しかけました。

「博士、ブルーデルが来たから、先に車の運転を教えた方がいいと思うんだがね。どうだろう」ロダン工場長にすすめに、博士もよいことだと気づいて、

「そうじゃの、白熊の母親を乗せてからでは、傷の具合をわるくさせるかもしれん。ブルーデル、運転席に座っておくれ」

「ぐうっ、わかったよ。工場長から話はきいてたからね」ブルーデルは博士の後について、運転席に乗り込みました。

「さて、これがハンドルじゃ。こっちがアクセルとブレーキじゃよ」運転席に座ったブルーデルは、ラファエル博士に車の運転の手ほどきを受けました。

「それでの、これは秘密のボタンなんじゃが」ラファエル博士はダッシュボードの中ほどにある一つの黄色いボタンをブルーデルに教えました。

「博士、いったい何のボタンです」ブルーデルはちょっとけげんそうな顔をしました。

「そう気味わるがんでよい。これはもしもの時、危険から逃れるためのボタンじゃよ。それはな」ラファエル博士はそう言うと、黄色いボタンの使い方をブルーデルに教えました。

「だいたいのことは話したな。では走る練習をしようかの。エンジンはその銀色のボタンを押すんじゃ。そうそう、ブレーキを踏みながらレバーをDのとこにして。いいぞ、ゆっくりアクセルを踏むんじゃ」ラファエル博士に教えられて、ブルーデルは銀色いボタンを押しました。エンジンがブルルンとうなってかかります。ブルーデルは車をゆっくり走らせようとしましたが、急にぐいんぐいんとゆさぶるように飛び出したので、あわててブレーキを踏みました。

「がああぅ、驚いたよ博士」

「あわてすぎじゃ、ブルーデル。落ち着いておくれ」

「だいじょうぶかなあ、この車は。おかしくないかい」

「だいじょうぶ、折り紙付きじゃ。この車はいっぺんにタイヤが四つとも回るからとても力があるんじゃよ。それになれなきゃいかん。もう一度練習じゃよ」ブルーデルは博士にさとされるて練習を始めました。

「ほれっ、次はそこの木をよけるんじゃ。ハンドルを回すんじゃよ」ラファエル博士の教えられて、ブルーデルはハンドルを回して木をよけます。

「そうじゃ、いいぞブルーデル。うまいもんじゃ」ラファエル博士が急にほめるほど、ブルーデルは車の運転がどんどんうまくなっていきました。

「車の練習はこのくらいでいいじゃろ。そろそろ白熊の母親をバンに乗せようかの」

ラファエル博士がバンの後ろのドアを開けると、床に乗ってるベッドをするすると引き出して、足を立てました。

「ロダン、わしが細工した引き出せるベッドじゃよ。ここに白熊を母親を乗せるんじゃ」

ラファエル博士に言われて、四頭のオスのヒグマたちが荷車をベッドのすぐ横まで押しよせました。

「ぐうう、これはいい考えだね、博士。白熊のお母さん、ちょっとのしんぼうだ。体を車のベッドに移すからね」ロダン工場長はそうヒグマの母親に話ました。

「カミーユも手伝ってくれるね」工場長がカミーユに言葉をかけると、

「いいよ」カミーユは答えました。

「カミーユ、ぼくも手伝う」レミーもいてもたってもいられなくなってカミーユに言いました。

「だめだよ。ぼくがやるんだから」カミーユがむっとして言います。

「これこれ、無理をしたら、白熊のお母さんが痛がるじゃろ。今、右に向いて寝ているのを、反対に寝返りさせてベッドに移すんじゃよ」ラファエル博士にそう教えられると、ロダン工場長はメスのヒグマたちに言いました。

「白熊の母親を押すのは、メスのヒグマたちがいいな。お前たちやってくれるかね」

「ぐうう、お安いごようよ」パメラが言いました。

「力仕事は、あたしにまかせな」クロエも答えます。

「さっ、やるよ」コゼットも気合い気満々です。

メスのヒグマたちは、白熊の母親をゆっくりと回すようにしてベッドへと乗せかえようとしました。

「そーれ」レミーとカミーユもいっしょにかけ声をだして白熊の母親を押しました。白熊の母親は一言の声もせず、なされるままでした。急に体が回らないように、パメラがベッドの反対へと回り込んで、白熊の母親の体を支えました。

「まだ少し、ベッドから体が出てるわね。そっちで引っぱって。ゆっくり押すよ」クロエがみんなに声をかけました。

「いち、にのさん、それっ」クロエのかけ声で、白熊の母親の体はずりっとずるようにベッドの中へと押されました。

「ぐううっ」白熊の母親が小さくうなり声を上げました。

「おやっ、痛かったのかい。ごめんよ」クロエが白熊の母親の顔をのぞきこむようにして、あやまりました。

「いいんだよ。少しくらい平気よ」白熊の母親が静かに答えました。

「気をつけて行っておいでよ。帰ってきたらまた世話してあげるからね」クロエにそう声をかけられて、白熊の母親はだまってうなずきました。

「みんな、よくやってくれたの。それではベッドを車の中へ入れるから、少し離れてくれるか」ラファエル博士はベッドの後ろに回ると、ベッドのはしを押して、するすると車の中へと押し込みました。そして、ベッドを支えていた足も取り外して、車の中へとしまいました。

「ところでロダン工場長とブルーデルには、この服を着てもらいたいんじゃ」ラファエル博士はバンの奥から紺色のつなぎと帽子を取り出しました。

「これで人間の救急隊員に変装するんじゃよ。そうすれば、道路を走っても人間の警察につかまらんじゃろ」ラファエル博士にすすめられて、ブルーデルはさっそく紺のつなぎに着替え、帽子もかぶりました。

「よく考えついたな博士。でもわしはこのジーンズのままがいいよ」ロダン工場長は博士にわたされたつなぎを見ながら、頭をゆらして言いました。

「わかったよロダン。じゃが、帽子だけはかぶっておくれ。お前さんは頭が大きくて、人間には目立つからの」

「そうだね。博士の言う通りだ。帽子だけはかぶるとするよ」ロダン工場長は紺色の大きな帽子を深々とかぶりました。

「出発の準備はこれで完了じゃ。ブルーデル、白熊をの母親をブルドーベイまでしっかり送っておくれ」

「大丈夫だ、博士。まかせてよ」ブルーデルは運転席の窓から顔を出して答えました。

「があっ、カミーユもお母さんの横に乗りなさい」カミーユはラファエル博士に抱き上げられて、白熊の母親の横にあるベンチシートへ座りました。

「僕もいっしょに行くよ」レミーがそう言うやいなや、車のバンパーによじ登ると、カミーユの横に走りよって、ちゃっかりベンチに座りこみます。

「しょうがないのう。まあ、父親もいっしょだしよいか。サケの缶詰と水はたっぷりと積んでおいたし、燃料も満タンじゃ。ニナナからフェアバンクスまでの道に出て、そこからブルドーベイへ行くハイウェイは一本道じゃよ。ブルーデルならわかるの」

「がああっ、もらった地図でなんとかするよ。フェアバンクスが一番やっかいかな」ブルーデルは博士からもらった地図を見ながら、顔をしかめて言います。

「地図はわしに貸しなさい、ブルーデル。道案内はわしがするよ」ロダン工場長は助手席に乗り込んで、ブルーデルの持ってた地図を取り上げると、にっと笑顔を見せました。

「そうじゃの、それがよいわ。ブルーデルは車の運転に集中して、ロダンが道案内をすればよい。それでは出発じゃ。気をつけての」ラファエル博士は手を後ろに組んで言いました。

「それでは行ってくるよ」ロダン工場長とブルーデルが工場のヒグマたちに声をかけました。

「行ってらっしゃい。気を付けてよ」アルバン、ピエール、ローラン、クロエ、パメラ、コゼット、みんな手をふって別れの言葉を言います。

「みんな、工場はわしが帰ってくるまでお休みにしよう。後片づけと留守番をたのむよ」ロダン工場長はオスヒグマたちに向かって言いました。

「ロダン、わしもいるから大丈夫じゃよ」ラファエル博士が答えました。レミーもベンチシートに立ち上がると、車の窓からみんなに向かって手をふります。

「じゃあ、出発するよ」ブルーデルがハンドルをにぎってエンジンをブルルンとうならせると、バンはスプルースの木々の合い間をぬって、草原へと向かいました。

「また帰っておいで。待ってるよ」クロエがバンに向かって、手をふりながらて叫びました。


 缶詰工場を見おろす小高い丘の上から、キツネのブリスが草原を走るバンをじっとながめておりました。そしてくるっとしっぽをふりあげると、一目散に走りだして丘を下りました。そうしてキツネのブリスは、ヴィクトルのいる穴ぐらへとやっていきました。

「ヴィクトルのだんな、たいへんですよ。工場の熊たちが、白熊の親子を車に乗せてどこかへと運んで行きましたよ」

「なにいっ、いったいどうしたんだ」ヴィクトルは立ち上がって、ブリスに聞きました。

「くわしいことはわかりませんよ。でも白熊の母親は立って歩けないほど体が弱ってるようです。ほかの熊たちにかかえられて、やっと車に乗せられたんでさ」

「そうか、それはもう先は長くないな。よし、山道での車じゃ、そう遠くにいけない。先回りして、待ちぶせして襲うぞ。白熊を乗せた車はどっちに行ったんだ」

「ワンダー湖の方へ行くようでしたぜ。やつらそこから人間の道にでるんでしょう」

「おいっ、おまえら、すぐ追いかけるぞ」ヴィクトルが手下のオオカミにうなるような低い声で命じたかと思うと、勢いよく走りだしました。

「がるるっ」三匹のオオカミもうなり声で返事をすると、ヴィクトルの後に続いて走りだしました。

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