第3話 白い友人 その一

 コンコン、カンカン、樺の森からかん高い音が鳴り響いてきます。

ロダン工場長が樺の森の奥、トンラルのほら穴のところへと来ているのです。四角い大きな木のわくに、ノミと木づちを手に持って何かを彫っていました。

季節はもう十月をむかえて、デナリにも冬が訪れようとしていました。朝方にも白い粉雪がまい、樺の森にもうっすら雪化粧がされています。

「父さん。そこで何をしてるんだい」樺の木々の間から急に出てきたのは、一頭の体の大きなヒグマでした。

「おお、ブルーデル。帰ってきてたのか。どこまで行ってきたんだね」

「ユーコン川を渡ってからハスリアの村を越えて、ベアドの山々を回ったよ。向こうでもサケの缶詰がよく知られているから、熊たちのほうからよってくるんだ。それでたくさんの缶詰を配れたよ。雪が積もる前に帰れてよかった」

「それは大変だったな。長旅でつかれただろう。ごくろうさん」

ロダン工場長よりもひとまわり背の高いブルーデルは、工場長の一人息子でした。ブルーデルの後ろからは、これまた体の大きなヘラジカがついてきました。

「ロダン工場長、これ見てよ。背中にいっぱい積んでた荷物がすっかりないよ。今年の仕事はもうこれでおわりだよ。それで家族のところへ帰るだよ」そう話してきたのはヘラジカのジルダでした。ジルダの角はブルーデルも見上げるくらい、木のへらが広がったようで立派なのが生えています。背もヒグマが乗れるほど高いのです。

「ジルダがいっしょに行ってくれるようになって、今までより十倍も百倍も缶詰を配ることができたよ。本当に助かった。礼を言うよ」

「いいんだ、おやすい御用だよ。わしらの王、レオン様からも命を受けてるからね。頑張らなくっちゃ。ところで工場長、その大きな木のわくはいったい何なんだい」ジルダは木のわくに首をのばして、顔をちかづけて臭いをかぎました。

「これはみんなの目につくように立てて、近寄らないために造っている看板だ。トンラルのほら穴に入らないようにな。よく見てごらん、不思議なものだろう。魔物の足を彫っているんだ。こいつはわしがトンラルのほら穴の中で捕まえられた時に見た魔物だ。それでこれを魔物の門とでも名付けようと思ってる」

ロダン工場長が木のわくに彫っているのは、この前に出会ったダイオウイカの、なんともくねくねした不気味な太い足を彫っているのです。門のてっぺんにはダイオウイカの三角の長い頭がのっており、左右に分かれたたくさんのにょろにょろした足がつながっています。顔には二つ離れたいかつい大きな目で下を見下ろしていました。

「むううう、ほんとだあ。見たことのない、とても気味の悪いもんだ。トンラルのほら穴に、こんな魔物がいるんだあ。でもほら穴が小さくてわしらには入れそうもないよ。それにこの木のわくも少し小さいね。わしに通れそうにない」ジルダはけげんそうに顔をふると、後ろへしりぞきました。


「こっちだよ、速く速く、遅いよ」そう声を上げて、ちょろちょろとすばしっこく先を走るのはジリスのヨハンでした。

「ちょっと待ってよ、ヨハン」樺の枯葉をがさがささせて、後からレミーがついてきます。

「トンラルのほら穴のところに、レミーのお父さんが来てるんだよ。また、会えなくなるかもしれないぞ」ヨハンがあせるように言いました。

「わかってるよ。でもヨハン、足が速いんだもん。あれれっ」白い樺の木の影に、レミーは誰かの顔を見たようで、つい立ち止まりました。

「どうしたのレミー。止まっちゃだめだよ」ヨハンは足を止めると、いらついた調子でレミーを呼びました。

「あそこの木の影に子熊がいたんだ」レミーは先ほどの樺の木を指さしました。

「えっ、だれだって?」ヨハンもなんだろうと近よって来ました。すると樺の後ろから、小さな白い頭がそっとうかがうように出てきました。

「きみだれ、どこから来たの?」レミーが不思議そうに樺の木にかくれている子熊に声をかけました。

「僕、カミーユ。お母さんが死にそうなんだ」なんともおどおどするような声で話してきたのは、体じゅう真っ白な子熊でした。

「おまえ、白熊じゃないか?なんでこんなとこにいるんだ」ヨハンはまん丸い目をさらに見開いて、驚いたふうに白熊の子供に聞きました。

「僕たちはずっと向こうの海にいたんだ。でもその海に歩ける氷がなくなって、お母さんが食べ物をさがすのが大変になった。それで食べ物をさがすのに山に入って、どんどん歩いて来たんだ。途中でたくさんのオオカミが僕を見つけておそってきた。それでお母さんは僕を守るのにここまで逃げてきたんだよ」白熊の子供はか細くふるえるような声で話します。

「オオカミがここらにいるのか」ヨハンは驚いて後ろ足で立ち上がり、丸い小さな耳をぴくぴくさせました。

「どこにいるかわからないけど、あいつらがいる臭いは今しないよ。お母さんが死にそうなんだ、助けて」白熊の子供は答えました。

「よしわかった。お母さんを助けに行こう。一緒に行ってあげるよ」ジリスのヨハンすぐさま言いました。

「僕も行くの?」レミーはなんとも不安気に聞いてきました。

「当たり前だよ。急いで。さあっ、お母さんとこに行こうか」ヨハンはそう言って、白熊の子供にうながしました。白熊の子供は首をたてにふると、山あいの平原に並ぶ樺の木の間をぬいながら走りだしました。ヨハンとレミーも後を追います。そのうち樺の木が見えなくなると、山すそにポプラの木々が一列に並んでおり、その後ろに小山みたいにうっそうとした草やぶがありました。近くの谷あいには沢があるのか、小川の音もしています。

「ここだよ」白熊の子供は草やぶをかきわけて入っていきます。ヨハンも草やぶ中へ入り、おずおずと様子をうかがいました。

ヨハンの目に映ったのは、純白の毛並みがまばゆい大きな白熊の姿でした。白熊の母親は草やぶの奥で横たわり、まったく身動きしないので息をしているのかさえわかりません。

「お母さんだいじょうぶ?」白熊の子供はそう聞きました。

「カミーユ、どこへ行ってたんだい。お母さんから離れるとあぶないよ。それにおまえのほうからなにやら変わった臭いがしてくるよ」白熊の母親は背を向けたまま身じろぎもせず、もれるような声をやっとの思いで答えてきました。

「お母さんを助けてくれるって、連れてきたんだ」カミーユが、やぶの後ろで立っていたヨハンを紹介しました。白熊の母親は体を寝返りさせて子熊の方に振り向きました。

「おやおや、ずいぶんに小さいんだねえ。そんなに小さくて、わたしらを助けてくれるんかい」白熊の母親は首をかしげながら、もどかしそな声で言いました。ヨハンは初めて見た純白のきれいな白熊に目をうばわれたようすで、息をのむようにじっと見つめていました。でもよく見ると体はやせて、細くなってるように見えます。

「僕のおじいちゃんが近くにいるんだよ。お父さんもいるよ。助けてあげれるよ」レミーが後のやぶから飛び出してくると、すぐさま言い返しました。

「そうともさ、おいらたちは小さいけど、頼りになる仲間がいるんだ」レミーの言葉に気がついて、ヨハンもあわてて答えます。

「そうかい、やはりここはデナリの近くなんだね。ヒグマのにおいがすると思ったよ」白熊の母親は体を起こそうと、前足でつっぱるようにして体を持ち上げました。すると見えなかったお腹の横らへんが真っ赤にそまっていて、深い傷を負っているのが分かりました。

「大変だ、白熊のお母さん。すごい傷だよ。どうしたの」レミーはその傷があまりにも痛そうで、可哀想に思って言いました。

「オオカミに噛まれちゃってね。こんなありさまだよ」白熊の母親は傷が痛むのか、どっとたおれ込んで体を横にした後、はあはあと肩で息をしているようでした。

「ヨハン、早くおじいちゃんのとこに行こう。白熊のお母さん、死んじゃうかもしれないよ」レミーはいてもたってもいられなくなりました。

「うん、そうだな」ヨハンはそう答えると、レミーと一緒に先ほど来た道を一目散に駆けだしました。白く雪化粧をされた樺の小道を、ヨハンとレミーは一心に走り抜けました。


「ロダン工場長、それじゃあ、わしらはこれで帰るよ。また来年、ブルーデルの手伝いにくるよ」ヘラジカのジルダはそうロダン工場長に別れのあいさつをしました。

「そうかジルダ、なかまのもとへ帰るんだな。来年も元気で会おう」ロダン工場長はジルダにそう声をかけました。

「ジルダ、ありがとう。レオン王にもよろしく言っておいてくれるかい。春になったらあいさつに行くと伝えてもらいたいな」ブルーデルはもう言って、ジルダの背中を軽くなでました。

「むううう、わかっただ。レオン様にはよく言っとくよ。ロダン工場長のおかげでわしらヘラジカがヒグマに襲われることが少なくなったと、レオン様も大変喜んでるだ。わしらもレオン様から精一杯するようにとお役目をおおせつかったで、鼻が高いだよ」

熊の工場長とジルダたちがそんな話をしているところへ、二匹が枯葉をばさばさ音をたてて駆けてきました。

「あっ、おとうさんだ」樺の木の間からレミーはお父さんのブルーデルに向かって跳びつきました。

「ぐううう、。大きくなったな、レミー。どうしてここにいると分かったんだい」ブルーデルは胸に飛び込んできたレミーを抱き上げて言いました。

「おいらが連れてきてたんだよ」ジリスのヨハンは立ち上ると、胸をはって言いました。

「おおう、ヨハン。久しぶりだね。どうして、おれが帰ってきたのがわかったんだ」ブルーデルは聞きました。

「クマゲラが空からブルーデルが帰ってくるのを見かけて、おいらに教えてくれたんだよ」

「そうか。そういえばおらたちも帰ってくるときに、クマゲラの木をつつく音を聞いただ」ジルダは顔をふりむきながら、なぜか大きな目をしてヨハンを見つめて言いました。ヨハンはジルダの大きな顔と広がった角にひるんで、からだがのけぞりました。

「そうだ、おとうさん。ここから樺の森の向こうにポプラがあって、白熊の親子がいるんだよよ。それで白熊のお母さんがけがをしていて、今にも死にそうなんだ。助けてあげて」レミーはあせる思いで言いました。

「ぐうう、白熊の親子だって。なぜこんなとこに来てるんだ。それでどうしてけがをしているとわかったんだ」ロダン工場長はレミーの突拍子もない話に、とまどいながら聞きました。

「白熊の子供が樺の木にかくれていて、助けを探していたんだ。ここへ来る途中、僕が白熊の子供を見つけたんだ。それで白熊の子供のあとについて行って、お母さんの白熊に会ってきたんだよ。ひどいけがをしてたのを見たよ。オオカミに襲われたんだって」レミーは息もつかずにしゃべりました。

「オオカミが近くにいるんかい。そりゃあちょっと困ったことになっただ」ヘラジカのジルダは困った顔をしました。

「たぶん心配することはない。ここにはヒグマのすみかもたくさんあるから、オオカミはそう近づいてこないだろう。でも危ないことに違いはないが。さて、レミーが話したことが本当として、白熊は体が大きいからな、どうやって工場へ連れてくかだ」ロダン工場長はそう言って考えあぐねました。

「お父さん、前にラファエル博士が工場で荷車を直していたのを見たよ。それをジルダにひいてもらいましょう。その荷車に白熊を乗せたら連れていけるよ」ブルーデルはふとひらめいて、ロダン工場長に言いました。

「なるほど、それはいいかもな。それなら白熊の母親も運べるだろう。どうだね、ジルダ。手伝ってくれるかね」ロダン工場長はジルダの顔を見て頼みました。

「むうう、わかったよ。わしらが荷車引くときに、オオカミから守ってくれるんだら」

「大丈夫だ。オオカミはわしとブルーデルで近寄らせはしない。約束する。さっそく、ブルーデルと一緒に工場に戻って、荷車をひいて来てくれるか」ロダン工場長の頼みにジルダはうなずくと、ブルーデルと一緒に缶詰工場へといきました。

「僕も行く」レミーはブルーデルの肩によじ登って肩車をしてもらい、肩の上でゆれながら工場へとむかいます。工場に着くとブルーデルはラファエル博士のいる実験室へと行きました。

「博士、ラファエル博士、ブルーデルです。いますか」ブルーデルが実験室のドアを開けて、声をかけましたが返事がありません。すると、うしろから博士の声がしてきました。

「がっ、ブルーデルじゃないか。いつ帰ったんだね。ごくろうさんだった。ジルダも元気そうじゃのう。なんじゃい、レミーは、もうお父さんに肩車してもらってるんかな」

「いいでしょう。博士より僕の方の背が高いよ」レミーはブルーデルの肩で背伸びをしてラファエル博士に得意げに言いました。

「ああ、ラファエル博士、探してたんです。荷車を前に見かけたんですが、どこにあります」

「荷車かね?あるぞ。ちょっと前に手直しが終わったとこじゃ」

「おれが見たわけじゃないんだけど、レミーとヨハンが白熊の親子を見つけたと言うんです。母親はオオカミに噛まれたようで、大けがをして動けないそうです。工場長もちょうどトンラルのほら穴のところにいたので、話し合いをしました。それで荷車をジルダに引っぱってもらい、工場へ運ぼうということになりました」ブルーデルが手短に言いました。

「ううむ、なんだかよく飲みこめんが、白熊の親子がデナリにまで来てるというのが信じられんのう。まあよい、荷車は工場の裏の方にあるからついてきなさい」ラファエル博士にそう言われて、ブルーデルとジルダは後について行きました。

「人間が使い物にならなくて捨てた荷車なんでのう。動くようにはしたんじゃが」ラファエル博士に案内されて見せられた荷車は、スプルースの木の影に隠れるように置かれていました。ずいぶん長く使われたのか、木の色が乾いた古そうな荷車です。

「これをわしらが引くのかい。壊れないかな、上手く引けるんかな」ジルダが不安そうに荷車を見ました。

「おれもしっかり押すからさ、早く急ごう」ブルーデルはジルダをなだめるように言いました。

「さあ、ジルダ。こちらへ回って、この二つの木の間に入っておくれ。そうそう、ひもをかけて、引けるように結ぶからな」ラファエル博士はジルダにそう言うとジルダの背中にひもを渡して、肩と前足にかけて結びました。

「どうじゃ。上手く引けると思うんじゃが。さて、レミー。この荷車に大きな白熊が乗れそうかのう」ラファエル博士は肩車されてるレミーを見上げて言いました。

「どうかな、わかんない」レミーはそう答えると、ブルーデルにうずうずした様子で聞きました。

「お父さん、この荷車に乗っていい?」

「ああ、白熊の母親を乗せるまでは、乗っててもいいよ。さっ、ジルダ、出発しよう」

レミーはブルーデルの肩から飛び降りると、荷車に乗り移りました。

「そうれ」かけ声とともにブルーデルが荷車の腕木をぐいっとひき始めます。ジルダもふうんと鼻息を荒くして引き始めたのですが、荷車の車輪はわずかに動くだけでした。

「ぐうう、なんだか重いね。むこうまで、たどりつけるかな」ジルダが両足に力をいれて、ふんばりました。始めは重たくて動きそうになかった荷車が、ぎぎぎっと音をだしたあと、急にするっと車輪が回りだしました。

「おっ、動いた。思ったよりいけそうだぞ。じゃあ、博士、借りていきますよ」

「みんな、気をつけてな」ラファエル博士の言葉にブルーデルはうなずくと、先ほど来た道を荷車を引いて戻りました。


ロダン工場長はヨハンに案内されて、ポプラ並木のある山すそへと向かいました。

「おうい、子熊くん。リスのヨハンだよ。出てきておくれ」ヨハンはポプラの間のしげみへと声をかけます。

「こっちだよ」がさがさとうず高く積まれたポプラの枯葉を頭でよけながら、白熊の子供が顔を出しました。

「がああ、本当に白熊の子だね。ヨハンの言ってた通りだ」ロダン工場は感心したように、白熊の子供に目をやりました。

「僕がカミーユだよ。お母さんを助けに来てくれたの」白熊の子供は不安そうな顔で、ロダン工場長に言いました。

「そうだ、カミーユ。きみのお母さんを助けるために来たぞ。お母さんの様子はどうだい」ロダン工場長はやさしく答えました。

「お母さんは動かないで寝ているよ。つかれてるみたい」

「わかった。もうすぐしたら荷車がやってくるから。その荷車にお母さんを乗せて運ぶから、そう言ってくれるか」ロダン工場長はカミーユが落ち着くよう話しました。白熊の子供は少し笑顔を見せるてうなづくと奥の草やぶへ入っていきました。カミーユが中から出てくると、

「お母さんは分かってくれたみたい」カミーユはそう答えました。

「そうか、もう少ししたら、荷車がくるから待つんだよ」ロダン工場長が言うが早いか、「おいらが見てくる」そう言って飛び出すように、ヨハンが樺の森へ駆けだしました。

しばらくしてからぎしぎしと車輪のきしむ音が聞こえてきます。

「こっちだよ、こっち」ヨハンの案内する声がしています。

「ふうう、あっ、ロダン工場長が見えたよ。レミーの道案内じゃさっぱりわからなくって、ヨハンが来なかったらたどりつけなかっただ」ジルダが遠くから工場長を見つけると、ぶるるるると鼻息を立てて言いました。

「なんだい、レミーは。頼りにならないな」ヨハンがいやみっぽく言うと、

「そんなことないんだから。ジルダが僕の言ったのと違う方にいっちゃうんだ」レミーが言い返します。

「がああ、こっちだ。こっち。急いでおくれ」ロダン工場長がブルーデルとジルダに手招きして呼びました。

「さて、カミーユ。お母さんは荷車まで立って歩けるかね。カミーユの立っているところまで荷車を用意するから、ほんの少し歩くだけなんだがな」

カミーユはうなずいて、「お母さんに聞いてみる」と言い残すと、草やぶの中へ入っていきました。

がさっと、草やぶに散っているポプラの枯葉を踏みしめる音が聞こえました。真っ白な毛並みをした白熊の母親がゆっくりと姿を表わすと、ポプラの木に両手でしがみついて、体をもたれかけさせました。立ち上がると大きな白熊でした。。ブルーデルよりも大きい感じで、荷車からはみでそうに見えます。

「これ以上はもうだめだよ。歩けない」白熊の母親は息を静かにはいて、うなり声で言いました。

「わかった。そこでいい。荷車を用意するから、そこで待っててくれ」ロダン工場長は後ろを振り向いて、ブルーデルとジルダに言いました。

「があっ、荷車を後ろ向きにしてこっちに押してくれ」

ブルーデルとジルダは樺の木をかわしながら、荷車を後ろ向きにさせました。

「さあ、こっちだ」ロダン工場長も荷車に近よると、白熊の母親の方へと引き寄せました。そして荷車を、白熊の母親の足もとまで押してくると、

「荷台に乗りなさい」と白熊の母親にうながしました。白熊の母親は荷車に腰をおろすや、どっかり倒れ込んで荷車に身を横たえさせました。白熊の母親の足が荷台からはみ出てしまってるので「お母さん、こっちだよ」とカミーユが荷台に上がり母親の腕の片方を引っぱりました。

「白熊のお母さん大丈夫?僕も引くよ」いてもたってもいられずに荷台に座っていたレミーもカミーユのとなりに来て、その太く白い腕を引っぱります。

「いたたたっ、カミーユ、あまり強く引かないでおくれ。自分でもできるよ」白熊の母親はもう一方の腕で荷台の端を押し、前の方へ体を寄せました。ロダン工場長が、荷台にどうにか乗ったのを見とどけると、「出発するぞ」そうジルダとブルーデルにうながします。

「よし、じゃ行こう、ジルダ」ブルーデルが荷車の腕木を押すと、ジルダもうなづいて、ぐっと両足に力をいれて引っ張りました。でも白熊が相当重いのか、車輪がポプラのの枯葉の山にうまりびくともしませんでした。それを見たロダン工場長もあわてて「わしも引くぞ」と反対の腕木をつかむと力の限り引きました。車輪がぎしぎしっとうなり、ゆっくり回り始めます。

「いまだ、それっ」ヨハンがするすると荷台によじ登り、レミーの横に立ち上がって声をかけました。白熊の母親を乗せた荷車は、ロダン、ブルーデル、ジルダの三頭にひかれて行きます。

「白熊のお母さん、工場についたら元気になるよ。もうすこしだよ」レミーが白熊の母親を元気づけるよう言います。

「そうかい、カミーユ。いい友達ができたね」白熊の母親は静かに言いました。カミーユは荷車にゆられながら、「うん」とうなづきました。荷車はぎしぎしと音を立てながら、樺の森を後にして、缶詰め工場に着きました。

「ブルーデル、わしの役目は終わったみたいだで、わしはこれで帰るだよ。冬が終わったらまた来るだ」ジルダはブルーデルに再度、別れの言葉を口にしました。

「ジルダ、ありがとう。また春に合おう。レオン王にもよろしくと言ってくれるかい。今度は、あいさつにうかがうよ」

「レオン王には、今日の白熊の親子の話も報告しておくだよ」そうジルダは言うと、デナリに続く広い草原へと進んでいきました。

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