第2話トンラルの魔物

 「さあ、みなさん。用意はできましたか」ローズ先生が子熊たちに呼びかけました。

「はあい」十二匹の子熊たちは思い思いのリュックサックをせおって、大きなスプルース木の下にある子熊の学校に集まっていました。

「先生、こんなに寒いと、もうはちはいないんじゃない」

「さあ、どうかしら。いっしょに探してみましょうね」

九月のアラスカは朝はもういくぶん肌寒く、冬がそこまで来ているのを感じます。

「みんな、お昼のお弁当をわたしますね。ロダン工場長さんからもらったサケの缶詰です。ひとりづつ取りにきてください」ローズ先生は並んでいる子熊たちに、サケの缶詰を一個づつわたしました。レミーと二コラもリュックをせおって、子熊たちといっしょに、サケの缶詰をもらいます。

「レミー、今日もはちみつなめたいね」

「ハチの子が入っている、はちの巣もおいしいよ」

レミーと二コラは、顔をにっこりさせ見合わせました。

「さあ、みなさん。出発しますよ。先生のあとについてきなさいね」ローズ先生が先に歩き出すと、子熊たちはそのうしろへのそのそと走りよってきます。

コンコンコン、コンコンコンと遠から木をつつく音が聞こえてきます。

「クマゲラだね」二コラはスプルースの木の上の方を見上げて言いました。クマゲラはキツツキの仲間です。木の幹を口ばしでつつきながら、虫をとって食べるのです。

スプルースの木々の細い葉をさわさわとかなでながら、森の中をいくらか冷たい風が吹きぬけていきます。でも暖かなお日様もさんさんと輝いて、スプルースの森を暖めていました。ローズ先生と子熊たちは木漏れ日の森の中をしばらく進みます。

スプルースの森をぬけると、とても広い草原にでました。草原は遠くに見えるデナリ山のすそ野に広がる小高い山々へとつながっています。デナリとは「偉大な」という意味の山です。デナリ山はアラスカ一の山で、アメリカではマッキンリーと呼ばれています。

子熊たちも広い草原で気分がいいので、ピクニックに出かけたみたいに、ぴょんぴょん飛び跳ねて歩き出しました。

「気持ちいいわねえ。これでおいしいハチの巣が見つかったら最高ね」ローズ先生はハチの巣がそうとう好きそうで、顔がほころんで今にもよだれが垂れそうでした。

子熊たちの頭の上を、何匹かのトンボが飛んでいきました。トンボは草むらの向こうがわの沼の上をあちこち飛び回っています。背の高い草むらをぬけると、子熊たちの行く手には真っ赤な実のなったベリーの木が、一面じゅうに生えていました。

「ちょっとひと休みしましょう。おいしそうなベリーの木があるわ」

ローズ先生はベリーの木に立ち止まると、赤いベリーの実を取りはじめます。

「さあ、みなさんがけんかしないように、ベリーの実を分けてあげますね」

「はあい」子熊たちはローズ先生からベリーの実をたくさんもらいました。

「おいしいね」アリスというメスの子熊がレミーにそう言いました。

「うん。ベリーとはちみつ、どっちが好き?」レミーが聞きます。

「あたし、このベリーでいいわ。はちみつはもらえるのは食べるけど、取るのがめんどうだもん」アリスは答えます。

「僕は、はちみつが好きだよ。大人になったら、お腹いっぱい食べるんだ」二コラがベリーを口いっぱいほおばりながら、話にわりこみます。

近くのベリーの木の枝にシジュウカラがとまっていて、ピヨッ、ピヨッ、ピイー、ときれいな声をかなでました。シジュウカラは胸に黒いネクタイをしている小鳥です。

「さあ、出発しましょ。向こうに見える樺(かば)の木の森で、先生はまえの休みの日にハチの巣を見つけたんですよ」ローズ先生がそう言いますと、子熊たちはもぐもぐとベリーを食べながらあとについて行きます。

ベリーの実った木々の間を通りぬけて、子熊たちは樺の木の森へと向かいました。白いロールケーキのような樺の木は、クレープの薄い皮がめくれるように、少し皮がはがれています。一匹の子熊が面白がって、樺の木の皮をかんで遊びだしました。

「みなさん、先生から離れないようにね。迷子になったら帰れませんからね」ローズ先生がそう呼びかけました。子熊たちは先生からはぐれないよう、とっとこと急いでついていきます。ローズ先生は樺の木の上の方を見上げながら、森の奥へとどんどん進んでいきました。

すると頭が黄色く体が大きなハチが一匹、ぶんぶん羽音をたてて近づいてきました。

「あら、あまり見かけない大きなハチ。最近、現われたスズメバチね。まあいいわ、後を追いましょ」

ローズ先生は一匹のスズメバチを見つけると、あとを追いはじめました。

「先生、ハチの巣みつけたの?」

「あれ、なんのハチなの?」

子熊たちは、ハチを追いかけるローズ先生にあれこれと聞き始めます。

「静かについてきて。スズメバチの巣をこれから見つけますよ」

ローズ先生は四つ足で、どんどこハチを追って走ります。子熊たちも遅れまいと、けんめいにローズ先生についていきました。

「あったわ、大きなハチの巣。そうね、どうしようかしら」

スズメバチの巣は、背の高い樺の木のずっと上の、細い枝にぶら下がっておりました。

「先生、どうするの?高すぎて手がとどかないよ」

「ぐうう、でもだめ。取ってしまわないとね。スズメバチは、ほかのミツバチもおそうから、巣を退治しましょ」

ローズ先生は大きな体で樺の木をかかえると、ゆっくりと登りはじめました。子熊たちは木の下で、先生が登っていくのを心配そうに見つめています。ローズ先生は落ちないように前足と後ろ足でさぐるようにして、爪で幹にしっかりつかみながら、おずおずと登っていきます。そのうちローズ先生はスズメバチの巣のある枝の先へたどりつきました。ローズ先生が近づいて分かったのは、スズメバチの巣が先生の頭よりもとても大きいことでした。

「先生、だいじょうぶ?」

「先生、落ちないでね」

子熊たちは不安そうに、下からローズ先生に声をかけます。

「大丈夫よ。これから枝を折って、ハチの巣を落としますからね。みなさんもっと下がってはなれてちょうだい」ローズ先生がそう言いますので、子熊たちは樺の木のそばから、もそもそと逃げました。

「がああっ、それ」ローズ先生はかけ声とともに、枝をぐいっと折り曲げようとしました。それでハチの巣が大きくゆれるので何だろうと、スズメバチがあわてて何匹か巣から出てきてました。

「なかなか折れないわね。それっ、ぐおおおっ」ローズ先生はさらに力をこめて枝を曲げます。すると急にばきっと枝が折れたので、ローズ先生は枝についていたハチの巣もろともいっしょに落ちたのです。どっしいんと音をたてて地面にたたきつけられましたので、ローズ先生はあまりの痛さに「ぐううっ」とうなり声を上げました。

「先生、だいじょうぶ。痛くない」子熊たちは木から落ちてきたローズ先生を心配してかけよりました。

「ぐううう、いたたたた」ローズ先生はたいそう痛かったのか、体を丸めてしばらく起き上がろうとしません。アリスがそばによってきて、ローズ先生の背中をさすりました。

「先生、どこが痛いの」

「ううん、だいしょうぶよ。ちょっと痛かったけど。このくらいに負ける先生じゃないわ。それでハチの巣はどこいったの」ローズ先生は子熊たちに聞きます。

「えっ、ハチの巣は先生といっしょに落ちてきたよ」二コラが言いました。

「それでどこにあるの?」子熊たちはローズ先生に聞かれて、あたりを見まわします。

「先生と落ちた枝はこっちにあるけど、ハチの巣は見つかんないよ」レミーがハチの巣をうろうろと探しながら言います。

「どこにもないよね」ほかの子熊たちも好き勝手に草むらに鼻をおしつけて、においをかぎながら答えます。

「そんなはずない。あんなに大きなハチの巣がなくなるわけないでしょう」ローズ先生はゆっくりおきあがると、鼻をくんくんさせながら、ハチの巣を探し始めました。

「木の枝がそっちに落ちていたなら、その近くにあるはずだわ」

ローズ先生が草むらだと思ってかき分けようすると、がりっと爪でひっかく音がしました。それは緑のこけがびっしりおおった岩の固まりでした。背の低く平らな岩は二つに分かれており、木の根元にできるほらのように暗い穴がのぞいています。見ると数匹のスズメバチがぶんぶんと、穴の中を出たり入ったりしていたのです。

「あらっ、ほら穴だわ。どうやらハチの巣はこの中に落ちたようね」

ローズ先生は入り口のせまい、体がやっと入りそうな穴から中へともぐりこみました。

「先生、はいっちゃうの?暗くてだいじょうぶ」子熊たちはほら穴の中に入っていくローズ先生にむかって、心配そうに言いました。

「だいじょうぶよ。意外と中は広いわよ。みなさんも早くいらっしゃい」ローズ先生は子熊たちに呼びかけました。

「えーっ、はいるの?暗くてこわそう」子熊たちはいやいやほら穴のそばに近づきます。

「早くいらっしゃい。何もいないからだいじょうぶよ」ローズ先生は子熊たちにせかして言います。子熊たちがほら穴をのぞきこむと、ひんやりとした空気が顔にあたります。

「先生、僕、はいるよ」レミーはそう言うと、ほら穴の入り口からもぐりこみました。

「レミー、どう、なんともないの」二コラがようすを聞きました。

「うん、だいじょうぶだよ。すこし暗いけど」レミーがそう答えたのを聞くと、二コラも穴へもぐりこみます。ほら穴の中は入り口から差し込む光だけがたよりです。

「わあっ、ちょっと寒いね」二コラは首をすぼめてあたりを見まわしした。ほら穴はローズ先生が四つばいで歩けるほどの広さがあり、奥へと続いています。

「先生、ハチの巣あったの」二コラが先生に聞きました。

「ないのよ。どうやら奥にころがったみたいね」ローズ先生はあたりを見回してから、 ほら穴の奥を見つめました。外で待っていた子熊たちも、おずおずとほら穴の中へ一匹づつ入ってきます。

「みなさん、入ってきましたか。用意はいいです?これからハチの巣探しの探検に出発しますよ。先生の後についてきてください」

「えっ?。だいじょうぶですか先生」アリスが聞きます。

「なにがだいじょうぶなの。先生がいるのに。行きますよ」ローズ先生はそう言うと、ゆっくり奥へと歩き始めました。

 ほら穴の外では一匹のジリスが子熊たちのようすを見ていました。アラスカのジリスは冬の寒さに強い、体の毛が灰色の小さなリスです。

「大変だ。子熊たちがトンラルのほら穴にはいっちゃったよ。ロダン工場長に知らせなきゃ」ジリスはくるりと向きをかえると、いちもくさんに缶詰工場に向かって走りだしました。


 ローズ先生を先頭に、子熊たちはうす暗いほら穴の奥へ奥へと進みます。冷たそうなごつごつした岩の道を、入り口からさすうすい光りだけを頼りに進むのです。

「ハチの臭いがするわ。もうすこしよ」ほら穴は少し下り坂になってきましたので、ハチの巣は奥へと転がってしまったようです。ローズ先生の声がほら穴の中でこだましたので、子熊たちは面白がりました。

前を歩いている子熊がうっとうなりますと、ほら穴がうっとひびきます。後ろの子熊がうっとうなりますと、ほら穴がまたうっうっとひびきます。さらにその後ろの子熊がこだまに答えるように、うっとうなって遊びます。子熊たちは面白がってうなるのをやめようとしません。

ローズ先生が足もとの道をくんくんかぎながら、先へと進みます。知らないうちに行く手は右に曲がり、入り口の光もとどかなくなってきました。

「先生。ハチの音がする。暗くて見えないけど」レミーがそう言いました。

「ほんとね。ハチの音がするわね。向こうかしら」ハチの羽音がしてくるので、近くにハチの巣がありそうでした。ローズ先生が四つんばいになって探し回ると、鼻先に何かがあたって、がさっと転がる音がしました。

「あったわ。ハチの巣だわ」ローズ先生は暗い中、手さぐりでスズメバチの巣を探し当てて、持ち上げました。巣の中にはたくさんのスズメバチがいるようで、ぶんぶんとすごい羽音が聞こえてきます。

「探したかいがあったわ。でも不思議ね、はち蜜の臭いがしないのよね」ローズ先生が鼻でくんくんとかいだとたん、一匹のスズメバチが巣から出てきて、鼻先をぷすっと思い切りさしてきたのです。

「がああ、いたたたっ」ローズ先生はあまりの痛さに、もんどりうって床に転がりこんだかと思うと、そのままごろんごろんと真っ暗なほら穴の奥底へ落ちてしまいました。 

「ぐうう。だれかあ」ローズ先生は下に落ちながら声を出したのですが、子熊たちがうなり声を出して遊んでいたので、よく聞こえません。

「先生、どうしたの」レミーが先生の声がした方をうろうろ歩いて探したのですが、急にわあっと声を上げると、レミーもほら穴の奥底へと落ちていきました。

「レミー、レミー。どこいったの」二コラとアリスがレミーを探そうと、声のした方へ歩みだしたとたんアリスがほら穴の底へすべり落ちそうになりました。あっと声を出してアリスが二コラの後ろ足をつかみましたが、今度は二コラがよろけてしまい、二匹ともごろごろとほら穴の奥底へ落ちていきました。

「ええ、なになに。どうしたの?」こだま遊びをしていた子熊たちは急にこわがって、その場にだんまりして、前へ進むのもやめてしまいました。

「あいたたたっ。ここはどこかしら」ローズ先生はしばらく動けずに、腰の痛むところをさすっておりました。ちゃぽんちゃぽんと水が足もとの岩に打ちよせる音が聞こえてきます。暗がりに目がなれて辺りを見回すと、ほら穴の底には黒々と広がる湖のようなのが広がっておりました。

「あら、大変。こんなところに湖があるなんて。どのくらい深いのかしら。暗くてよく見えないわ」ローズ先生が目の前に広がる湖をながめているところへ、ごろんごろんと転がってくる音がして、どんとローズ先生に体当たりしてきました。

「ぐあっ。なんなの。どうなったの?」ローズ先生は息が止まるほど驚いて、転がってきたのが何だろうとあわてました。

「いててて。あれっ、先生がいた。だいじょうぶ」レミーはぶつかったのが先生だとわかると、顔を見上げて言いました。

「だいじょうぶじゃないわよ、レミー。急にぶつかってきて、先生の心臓が止まりそうになったわ」ローズ先生が「はああ」とため息をついたとたん、どこんどこんとまた何か転がってくる音がします。するとどしんとレミーとローズ先生に体当たりしてきました。

「あたたた。あれっ、レミーがいたよ。だいじょうぶ」二コラはレミーを見つけると、にこっと笑いました。

「だいじょうぶじゃないよ、二コラ。急にぶつかってきたから心臓がとまりそうになった」

レミーがそう言うと、

「レミー、私のまねするばあいじゃないのよ」先生はレミーにそう注意しました。

「ううん、いたかったあ。あれ、先生。ちゃぽんちゃぽんて水の音がしてるけど、なにかかしら。暗くてよく見えないんだけど」暗やみに広がる湖面には、ときおり豆粒のような光が反射しています。

「あら、アリスもいっしょに落っこちてきちゃったの。さいなんだったわね。けがはない?」

「はい。落ちそうになった時、二コラに助けてもらおうとしたの。ね、二コラ」

「アリスがいきなり引っぱるから、僕もいっしょに落ちてしまったよ。先生、これからどうするの?」

「そうね、どこかに抜け道でもあればいいんだけど」ローズ先生はゆっくり立ち上がると、鼻でくんくんとかぎ始めました。

「どこかで、かいだような臭いがするんだけど」ローズ先生は、昔かいだおぼえのある臭いを、なんとか思いだそうとしていました。


 ジリスのヨハンは、サケの工場へとたどり着き、入り口でロダン工場長を見つけました。

「なんだって、ローズ先生たちがトンラルのほら穴にもぐりこんだっていうのか。そりゃ困ったことになったぞ」熊の工場長はヨハンから話を聞くとさっそくどうやって助けに行くかと思案しだしました。

「あそこのほら穴には、誰も見たことのない魔物が住んでるんだ」ジリスのヨハンは目をくりくりさせて言います。

「あそこにもぐりこんだ者で、生きて帰ってきたのはいないってお父さんから聞いたことがあるよ。あのほら穴ことをよく知ってるやつは、だれも近づきゃしないよ」ヨハンが続けざま言います。

「そうだな。わしもどんな魔物がいるかは見たことがない。さてどうしたものか」

ロダン工場長はしばらく考え込んでたようですが「いくら考えてもしょうがない。危険な目にあってないか見に行かんとな。ヨハンはここで待ってておくれ」ロダン工場長はくるりと背をむけて、奥の洗い場へと向かいました。そこへ、いれちがいにラファエル博士がやってきました。

「おや、ヨハンじゃないか。ひさしぶりじゃの。今日はどうしたんだね」

「大変なんだ。ローズ先生と子熊たちが樺の森で、トンラルのほら穴に入っていっちゃた」

「ありゃりゃ、そりゃ困ったことがおきたな。それでここに知らせにきたんじゃな」

「そうだよ。ロダン工場長に話したら、向こうの部屋へ行っちゃったよ」ジリスのヨハンは奥の洗い場を指さしました。

「なんと、ロダンはもう行ったのか。ううむ、しょうがないの。わしも行かねばなるまい。ヨハンはこっちのきゅうけい部屋で休んでたらいいぞ」ラファエル博士はヨハンをきゅうけい部屋へと案内しました。

「さて、わしもそうのんびりしてはいられん。用意をせんとな。ヨハン、そのうちコンベアで働いてる熊たちがこっちにくるじゃろ。もうすこし待っておれ」ラファエル博士は、あとからちょろちょろとついてくるヨハンがきゅうけい部屋へと入るのをを見とどけると、缶詰工場のとなりの実験室の建物へと向かいました。するとヨハンはきゅうけい部屋からぬけだしてきて、ラファエル博士の後をちょこちょこ追っていくのでした。

「この電気服を充電せにゃならん」ラファエル博士は銀色のきらきら光る、体をすっぽりりつつむ雨がっぱのようなコートにそでを通し、銀色の棒を取り出しました。実験室のはじにバスケットボールより大きな銀色の玉が、長い棒の上に立てられておりました。玉の横からはハンドルが出ていて、博士はそれでボールをぐるぐると回し始めました。

「まだ実験もよくしておらんから、これが最初になるのう」ラファエル博士はふうふういいながら、銀色の球のハンドルを回します。しばらくすると、銀色の球の下にあるメーターを見て博士はハンドルを回すのを止めました。

「もうそろそろいいじゃろ。充電は満杯じゃな」ラファエル博士は立ち上がると、電気棒を手に取りました。

「これをわすれちゃいかん」ラファエル博士は電気棒の下からぶらさがっているひもを、そで口のボタンにかけました。それから銀色の雨がっぱをひきずるように歩きながら、よろよろと実験室を出ていきます。

「わっわっわっ、銀色のお化けだよ」実験室の外でようすをうかがっていたヨハンが大声を出しました。

「だいじょうぶじゃ、ヨハン。わしじゃよ。ラファエルじゃ」ラファエル博士はヨハンにカッパの頭巾から顔をのぞかせて、落ちつかせるよういいました。

「いいかなヨハン、わしと工場長がどこへ行ったかは誰にも言わんでおくれ。たのむよ」

「わかった。博士。誰にもしゃべらないよ」

ラファエル博士は工場に戻ると、洗い場の方へと向かいました。

「おや、お休みの時間がまだ続いてるようじゃな。だれもおらんくて都合がいいわい」

ラファエル博士は洗い場のすみにしゃがみこむと、床下へ続く四角い扉を開けました。

「ぐうう、地下から流れてくる冷たい風が気持ちいいのう。さて、ロダンはもう着いたじゃろうか。手助けに行くとするか」ラファエル博士は扉の穴から地下に下りているはしごに足をかけると、もぐりこむようにして降りていきます。いっしょについてきたヨハンはラファエル博士が床下に下りて、扉を閉めるのを静かに見送りました。

「博士、気をつけてね」ヨハンは閉じた扉にむかって言いました。


 「先生、出口は見つかりそう」二コラはローズ先生の足の毛をつかみながら聞きました。

「そうねえ、落ちてきた穴はとても登れそうもないわね。向こうからどこかでかいだ臭いがするのよね。たぶんそっちに抜け道があると思うから、行ってみるしかないわね」ローズ先生は暗がりの中、岩のさけ目からのぞいている小道へ向かおうとしました。

「きゃっ、なにか足にからまってくる」アリスが急に叫びました。それはなにか太いにょろにょろしたものがアリスの足にまきついてきたのです。するとアリスは体を宙へふわりと持ち上げられました。

「いやだ、助けて」アリスの悲鳴を聞いてローズ先生は、すぐ助けるのにアリスのもとへ駆けよりました。

「どうしたのアリス。どこなの?」ローズ先生は暗やみをうろうろと探すのですが、アリスを見つけられません。

「上よ、先生。」アリスが答えた時には、湖面の上へ引きよせられて、ゆらゆらとゆらされています。

「アリス、いま助けるわ」ローズ先生はアリスを助けようと手をのばしながら、ジャボジャボと湖の中へ入っていきます。

「アリス、だいじょうぶ」レミーも先生の後を追い、アリスを助けようと湖に飛び込みます。

「レミーも行くなら、僕も行く」二コラも二匹の後を追って、チャポンチャポンと湖に入っていきました。

ローズ先生はアリスをつかまえようと、にょろにょろとした太いものを引っぱりました。

「なにこれっ、ねばねばして、すべるわ」ローズ先生は太いにょろにょろしたものを、上手く引きよせられずに、とてもあわてました

「わわわっ」二コラは何か足がつまずいたかと思って声をだした後、急にぐいっと引っぱられて、持ち上げられました。

「先生、助けてっ」二コラはあせって先生を呼びました。

「えっ、二コラもなの」ローズ先生は二コラの声がした方を見たのですが、アリスをなんとか助けようとやっきになってい、助けにいくどころではありません。

「僕が二コラを助けるよ」レミーはそう言うと、二コラのもとへと跳んでいきます。そしてレミーは二コラを持ち上げた太いにょろにょろしたものにがばっと飛びつきました。

「こらっ、二コラをはなせえ」レミーは太くてまるいものを引っつかんで二コラを助けようとしました。でも、ぬるぬるしてうまくいきません。しかたないのでレミーはがぶっとかみつきます。

「レミー、気をつけて」二コラがレミーを心配しながら言ったとたん、レミーもなにかにつかまっってしまい、宙にふわっと持ち上げられました。

「なんだいこれ?」レミーは丸いものをかんでいたのをはなすと、体にまきついた丸いにょろにょろしたものから逃げようと、ぐいぐい押してみます。

「すごい力だ。とれないよっ」レミーはあまりに強い力で巻き付けられるのにあっ気にとられ、太いにょろにょろしたものになすすべがありませんでした。

「どうしたのレミー。なにがあったの?」ローズ先生はなんとかアリスを助けようと、太いにょろにょろしたものに格闘しています。ところがこんどは、ローズ先生のお腹に二本の太いにょろにょろしたものが巻きついてきました。

「いやっ、まだいるの」ローズ先生は驚いて、お腹に巻きついてきた太いにょろにょろしたものをあらんかぎりの力で外そうともがきました。

「先生、あぶない」アリスがローズ先生に呼びかけましたが、ローズ先生はにょろにょろに巻かれてへたりこんでしまい、湖面から顔をだけだすだけになりました。

「ああ、もうだめだわ。あまりに強くてかなわない」ローズ先生はとても強い力になすすべもなく、湖の中へとずるずると引きずられていきました。

「がああっ、来るのが少し遅かったか」そう声を上げて現われたのは、熊の工場長ロダンでした。

「おうい、声をだしておくれ。どこにおるんだ」工場長は暗い湖にむかってさけびました。

「おじいちゃん。ここだよ」レミーは聞きおぼえのある声に気がつくと、大声で返事をしました。

「おおっ、レミーか。ようし、いま助けるからな」熊の工場長はレミーの声のした方にむかって、湖の中へとジャボジャボと入っていきます。

「おじいちゃん。アリスと二コラと先生も変なのにつかまってるんだよ」

「そうか、わかった。みんな助けるぞ」熊の工場長はレミーのそばに近よると、太いにょろにょろしたものを、むんずとつかんで引き離しました。レミーはもう助からないかとしょげているところへ、ロダンおじいちゃんが来てくれたので本当に喜びました。レミーはロダン工場長の腕にかかえられながら、「ありがとう、おじいちゃん」とついあまりに嬉しくてそう答えました。

「レミー、ここでまっていなさい」ロダン工場長はそう言うとレミーを岸辺に立たせてから、湖の中へと入っていきます。工場長はアリスと二コラに巻きついていた丸いにょろにょろしたものを力ずくで引きはがして無事に助け出しました。二コラとアリスは思いもかけず助かったので、喜んで「ぐるるうぐるるう」とうなり声をあげました。

「工場長さん、ローズ先生が大変。湖の中に連れていかれちゃう」アリスが湖の中に引きずりこまれようとするローズ先生を指さしました。

「がああっ、それはいかん。すぐに助けるぞ」ロダン工場長は湖へ入ると、ローズ先生のところへと走りよりました。ロダン工場長はローズ先生が水から顔を半分しかだしていないので早く引き上げようとしましたが、あまりの強い力で引き上げられません。

「ああっ、工場長。私のことはほっといて。子供たちを無事なところへ逃連れてって」ローズ先生はぐったりした顔で、やっとの思いで工場長に言います。

「ローズ先生、弱音をはくな。今、助けるから待ちなさい」ロダン工場長はローズ先生のお腹に巻きついた二本の太くて丸いにょろにょろしたものを引きはがそうと水の中に手をつっこんで引っぱります。ところがさっきの子熊たちを助けたようにうまくいきません。水の中のにょろにょろはさらに強く巻きついてはなれません。ロダン工場長が一本を引きはがそうとすると、もう一本が強くローズ先生に巻きつきます。それでもう片方のにょろにょろを引っぱろうとすると、さっきの取れかけたにょろにょろが、またローズ先生のお腹にさらに強く巻きつきます。同じことを何度もして二本のにょろにょろを引きはがそうとしましたが、もとにもどってらちが明きません。

「がううう、これはまいった。どうすりゃいいんだ」ロダン工場長はうなり声をあげて、ローズ先生を救おうと二本のにょろにょろと格闘しました。

「ぐわっ、なんだこいつは」ロダン工場長がローズ先生を助けようと必死になっているところへ、また二本の太いにょろにょろがロダン工場長の体に巻きついてきました。

「こりゃいかん。こんなのにつかまったら大変だ」ロダン工場長は二本のにょろにょろからなんとか逃げようと、手ではらったり足でにょろにょろをふんで引きはがそうとしましたが、どうしても外れません。そのうち二本のにょろにょろはどんどんロダン工場長の体にまとわりながら巻きつきます。ロダン工場長、今度は一本の太いにょろにょろに思いっきり噛みつきました。すると噛みつかれたにょろにょろは、ひもがほどけるように少し離れましたが、さら新しいにょろにょろが一本、ロダン工場長の足に巻きつきました。

「ぐああっ、まだいるか」ロダン工場長が思わず口走ったとたん、太いにょろにょろが足をぐいっと引っぱるので、湖の中で転ばされました。工場長は顔を湖から出してなんとか息をしていたのですが、三本のにょろにょろが体に巻きついて、どんどん湖の中へ引きづりこまれていきます。

「ぐううっ、これはまずい。どうすりゃいいんだ」そう言ってるうちにロダン工場長もローズ先生も、体ごと湖の中へと引き込まれて沈んでしまいました。

「おじいちゃん」暗がりの中にわずかに見えてた工場長がいなくなったので、レミーはロダン工場長を呼びました。

「先生」アリスもローズ先生の姿が見えなくなり、心配そうに呼びました。

すると三匹の子熊の後ろから、がさがさと音を立てて近よってくるものがありました。二コラが気配を感じて後ろをふりむいて「わわわわっ」と声をだしました。なんとも銀色のにぶくひかる大きなお化けみたいなのが、のそのそと歩いてきたのです。

「怪物がでた」二コラが大声でその銀色の化け物に向かって叫びました。

「わしじゃよ、二コラ。ラファエルじゃ」怪物のかっこうをした声の主はラファエル博士でした。

「ええっ、博士なの。どうしてそんなかっこしてるの」

「お前さんたちを助けにきたんじゃよ。どうやら間に合ったようじゃの」

「ラファエル博士、ローズ先生とロダン工場長が今、湖に引き込まれていったの」アリスは急いでラファエル博士に言いました。

「博士、今さっき、おじいちゃんが来て助けてもらったんだよ。でもローズ先生を助けに行ったら、丸くて長いのにひっぱられて湖の中から出てこないんだ」レミーが博士に言いました。

「なんじゃと、そりゃ大変じゃ。わかった、なんとかするから、湖に入らないでここで待ってなさい」ラファエル博士は子熊たちにそう言い残すと、湖の中にじゃばじゃばと入っていきました。

「おおうい、ロダン。どこじゃ」ラファエル博士はロダン工場長の名を呼びながら、湖の奥へどんどん歩いていきます。

「見つからんのう、こりゃ困ったわい」ラファエル博士が胸のあたりまで湖の深いところへ進んだところへ、またあの丸いにょろにょろしたものがラファエル博士のお腹にまとわりつこうとしてきました。

「こいつじゃな。トンラルの魔物は」ラファエル博士がそう口にした時、丸くて太いにょろにょろしたものに、手にした電気棒を押し当てボタンを押そうとしました。

すると別のにょろにょろがひょいと電気棒を取り上げ、ラファエル博士から奪い取ってしまったのです。

「ありゃりゃ、これは大変じゃ」ラファエル博士が慌てて電気棒を取りもどすのに手をのばそうとしたとたん、にょろにょろがぐいっと足を湖の中へと引きずり込んだのです。

ラファエル博士は不意をつかれて、じゃぼんと転げこみました。すぐに起き上がろうとしましたが、銀色の雨がっぱに水が入り重たくて、立ち上がることができません。そのままずるずると、にょろにょろのなされるままに引っぱられていきます。

「なんとかせにゃならん」ラファエル博士があせる思いで立ち上がろうとしましたが、しまいには湖に引きずりこまれ、なすすべもなく沈んでしまいました。

「ラファエル博士」レミーは博士の名を静かに呼んでみました。三匹の子熊は急な出来事に言葉も出ず、ただ固まっておりました。

ざぶーんと大しぶきがはねあがり湖の中ほどが山のように盛り上がりました。黒々とした大きな魚のようなものがどうと湖からわきあがると、たくさんのにょろにょしたものがひとつになった体をくわえて持ち上げたのです。どーんと音を立ててたくさんのにょろにょろの魔物は岸辺の岩に体をたたきつけられました。すると、岩場に二頭のヒグマもいっしょにうちあげられたのです。

「ぐえっ、ぐえっ」息をするのが苦しせいか、せき込む声がします。

「ロダン。生きてるか」

「ラファエル博士、どうしてここにいるんだ。わたしの夢のなかなのか」ロダン工場長はまたごほごほとせき込みました。

「ロダン、わしじゃよ。どうやら助かったようじゃ」ラファエル博士は銀色のかっぱをごそごそとぬぎすてて、倒れているロダン工場長を抱き起こそうとしました。

「ぐわっ、そうだラファエル博士、ローズ先生もいるはずなんだが」ロダン工場長は立ち上がると、よろめきながらローズ先生がいないかとさがし始めます。

「あっ、ローズ先生だ」アリスが湖に浮かんでいるローズ先生を見つけ声を上げました。

アリスはじゃぼじゃぼと湖に入り、急いでローズ先生のもとにかけよって体をゆらしましたが、ローズ先生は死んだようにぐったりしています。

「これはいかん。早く息をさせんと」ロダン工場長もローズ先生のもとに来ると急いで岸辺へと引っぱり上げました。アリスもいっしょにローズ先生を引っぱるのを手伝います。岸辺まで引き上げると、ロダン工場長はローズ先生の胸に手を当て、何度もぐいっ、ぐいっと力いっぱい押しはじめたのです。

するとゲホッ、ゲホッとせきこみながらローズ先生は息を吹きかえしました。

「先生、しっかりして」アリスがローズ先生の肩をゆらします。

「はああ、助かったのかしら」ローズ先生はうつろな目で、深く息をしました。

「よかった。息を吹きかえしたようだ」ロダン工場長も安心したようすで、胸をなでおろしました。レミーと二コラもローズ先生のそばに近よって、心配そうに顔をのぞき込みます。

「先生、だいじょうぶ?」アリスがローズ先生の腕によりそって、心配そうに聞きました。

「あら、アリスも無事だったのね。レミーと二コラはどうなったの」

「先生、二コラはここにいるよ」二コラはうれしそうにローズ先生の顔をのぞきこんで答えます。

「先生、レミーも助けてもらったんだよ」レミーもすかさずローズ先生に言いたくて、二コラの横から体をのりだしてきました。

「三匹とも無事だったのね。よかった」ローズ先生は安心したようすで、となりのラファエル博士を見ました。

「ラファエル博士、どうしてここに?。まだ悪い夢でも見ているのかしら」ローズ先生はまだぼんやりしたようすで、目の前のラファエル博士を不思議そうに見つめました。いつの間にか、あの太くて丸いにょろにょろした姿は消え去り、いなくなっておりました。

「わしらが助かったのはやつのおかげじゃよ」ラファエル博士は湖の中ほどに浮かぶ黒い大きな島ようなのに目をやり、話しかけました。

「おたくはマッコウクジラじゃろ。わしらが助かったのはあんたのおかげじゃ」

すると黒い大きな島の岸辺あたりでざばんと水がはじけて、長くおおきな口が開き始めました。

「よくあたしがマッコウクジラだとわかったね」低くうなるような声が、湖の洞くつに響きわたります。

「わしらはあの魔物に捕えられ、死ぬところじゃった。お礼を言わんとな」

「あんたたちがいたおかげで、ダイオウイカを逃がしてしまったよ」マッコウクジラはどらの鳴るような声でにがにがしく答えてきました。

「なんだろ、ダイオウイカって。見たことない」レミーが思わず口をはさみます。

「それはそうさ。深い海にしかいないからね。あたしはあのダイオウイカを長い間、追ってきたんだよ。そしてやっとあいつがここをねぐらにしてるのが分かった。どれほど苦労してここまで来たかあんたたちにはわからないよ。あのダイオウイカはあたしの息子を襲ったのさ。その時の傷がひどくて死んでしまったんだよ」

三頭のヒグマと三匹の子熊は、山のようなおおきなクジラの話に黙って耳をかたむけるしかほかにありませんでした。

「あたしはやつを一気にのみ込もうとしたけど、あんたたちがからみついているのが分かって、しかたなく岩にたたきつけてやったのさ」

「そうか、お前さんのじゃまをしてしまったんだな。わるいことをしたね」ロダン工場長はザトウクジラをなだめすかすよう言いました。

「いいかい、この湖に二度と近寄って来るんじゃないよ。今度、あのダイオウイカをあたしが捕まえるのを邪魔した時はようしゃしないからね」

そう言ったかと思うと、ざざあと大波を立てマッコウクジラは湖へともぐっていったのです。その後、扇のような大きな尾びれが水面から高々と上がると、ふたたびざばあんと水しぶきが舞い上がり、三頭と三匹の熊たちはずぶぬれになってしまいました。

「あのクジラさん、怒ってたの」二コラが悲しそうに聞きます。

「そうだな。どっちにしても、この湖にはまだあの魔物がいるようだから、近づかん方がいいな」ロダン工場長は二コラの頭をなでて言いました。

「ロダン工場長とラファエル博士。本当に感謝しますわ。子供たちを助けることができなくて、一時はどうなることかと思いました。でも工場長と博士はどうしてこんなに早く助けに来れたんです?」

「缶詰工場には秘密の地下道があるんだよ」ロダン工場長が答えました。

「ええっ、そうなんだおじいちゃん。はじめて知った。どこなの教えて」レミーはロダン工場長の胸にのっかって、顔をのぞきこんできました。

「いいか、このことは誰にも秘密だ。工場のみんなに言ってはだめだぞ」ロダン工場長はレミーを抱き上げると、きつく言いました。

ラファエル博士は足もとに漂ってきた電気棒に気づいて、拾い上げました。

「これは失敗じゃったのう。また考えんとな」

「博士、それなに」二コラがラファエル博士の手に持った銀色の棒を興味しんしんでききました。

「これは電気棒と言うんじゃ。魔物退治に使うはずだったんじゃよ」

「すごい、博士、ぼくにもできるかな。やってみたい」二コラがすかさず博士の持っている電気棒に飛びついてさわろうとしました。

「いやいやだめじゃ。今回は使えなかったんじゃ。もう電気もないんでな」博士は苦笑いをして言いました。

「ラファエル博士。こんなところにダイオウイカなんてどうしているんです。ここは海から遠く離れているし、それにこれは湖なんでしょう」アリスが博士に聞いてきました。

「もしかしたら、この湖の底は海と通じているかもしれん。アラスカにはまだわしらの知らないことがいっぱいあるんじゃよ」

「へええ、不思議」アリスはまじまじと湖を見つめました。湖はさきほどの騒ぎがなにもなかったかのように、ポチャンとしずくが落ちるような音を立てました。

「工場長さん、ほら穴の上の方にはいっしょに来た子熊たちがまだいるんです」ローズ先生はふと子熊たちのことを思い出して、ロダン工場長に言いました。

「おお、そうか。早く助けにいかんとな。先生がいなくなって心細くてこわがってるだろう。ゆっくりとしてられんな」ロダン工場長は子熊たちのことを気づかうと、むっくり起き上がりました。

「今日は私の大失敗で、子熊たちにあやまらなきゃ。そうだ、スズメバチのはちみつを子熊たちに分けてあげましょう」ローズ先生もいそいそと起き上がりだしました。

「なんだい、ローズ先生。スズメバチの巣を追っていたのかな。スズメバチは花のみつはとらんのだよ。だから彼らの巣にはちみつはないんだ」ロダン工場長が言いました。

「ローズ先生も大変じゃのう。アラスカでスズメバチのことも教えなきゃいかんとは。いったいぜんたいこれからどうなるんやら。さあ、みんな帰り道はこっちじゃよ。わしのあとに、ついてきておくれ」ラファエル博士はそう言うと、岩のさけ目から続いている小道へと向かいました。

「よかったね。みんな助かって」二コラがにこにこしながら言いました。こうしてローズ先生と子熊たちは無事に家路に戻ることができたのです。

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