熊の工場長

吾輩は猫

第1話 レミーのいたずら

 熊の工場長は今日も元気に朝の工場を見回りをしています。

「アルバン、今日のサケの具合はどうかな」

「おはよう、工場長。今日も上出来のサケがあがってるよ」ヒグマのアルバンは工場に入ってきたサケを木箱に入れて、仕分けの仕事をしています。

「そりゃあよかった。どれどれ、ぐおおっ、これはまるまるした、いいサケだ。これならおいしい缶詰がたくさんできるな」

熊の工場長はホクホク顔で、サケのたくさん入っている木箱が、いくつも高く積みあげられているのを、口を閉じるのも忘れて見つめました。

今は夏が終わりかけのころです。サケがユーコン川にたくさん上ってくるので、熊たちが食べる分とは別に工場でサケの缶詰を作っているのです。ユーコン川はアラスカに流れる雄大な川です。日本がすっぽり入ってしまうほどの長い川です。熊の缶詰工場はユーコン川の上流で、人里から遠く離れたアラスカの山奥で、ひっそりと森の中にあるのです。

熊の工場長はコンベアラインのようすを見に行きました。工場には長いコンベアが、がらんと音を立てて動いては止まり、またがらんと音を立てては動きます。

「おはようピエール、ご苦労さんだね。コンベアの調子はどうかな」

ピエールはコンベアのメカニックです。でもまだ新米で、工場長の下で見習いをしています。

「おはよう工場長。今日も調子よく動くよ。いつも手入れをしてるからね」

「そうか。でも、もう古いからな。どんなことが起きるかわからんぞ。気をつけておくれよ」

「わかってますよ、工場長。注意してよく見てます」ピエールは目をまん丸くして答えました。熊の工場長は胸当て付きのジーンズの腰に手をあてて、満足そうにうなづきました。熊の工場長はコンベアから離れて、別の奥の部屋へと向かいました。その部屋では何頭かのメスのヒグマが、調理台にサケをならべて包丁でさばいています。そこへさきほどのアルバンが手押し車にサケの入った木箱を何段か重ねて運んできました。

「クロエ、今日入ってきたサケをもってきたぞ」

「あいよ、用意はいいから、そこへおいておくれ」メスグマのクロエは積み重ねてある箱の一つを調理台に置きました。そしてサケを一匹まな板にのせると、毛むくじゃらの黒いうでで包丁を振りかざすと、頭と尾をばんばんと切り落として、はらわたも取りのぞきました。

「パメラ、いいかい」クロエは頭と尾を切り落としたサケを、となりにいるメスグマのパメラへおくります。パメラはサケを受け取ると、風呂おけのような大きな水槽でじゃぶじゃぶと洗いだしました。パメラは洗い終わったサケを口元へ近づけると、小さな舌をだしてぺろっとひとなめしました。

「ぐうう、おいしい。ちょうどいい塩味だわ。

かじりつきたいけど、残念ね。コゼット、わたすわよ」

メスヒグマのパメラは、となりのコゼットに洗い終わったサケをおしむようにわたします。

「もう、早くしてよ。食いしんぼうさん。

コンベアが動きだして、仕事は始まってるのよ」メスヒグマのコゼットは、黒いうででサケをわしづかみするようにうばいとりました。

「さあさあ、きみたち、おはよう。今日もよろしく頼むよ」

熊の工場長は後ろに立って、メスのヒグマたちに朝のエールを送りました。

「ぐああ、だいじょうぶよ工場長。なんとか食べないように頑張るわ」パメラが元気よくあいさつを返します。

メスヒグマのコゼットは、受け取ったサケを銀色のトレーに2匹づつならべると、トレーをコロのたくさんならんだシューターに送り込みます。トレーはからからとシューターの上で流れて、コンベアーの近くまでくるとストッパーに当たって止まります。するとロボットハンドがトレーのサケだけをを上手につかんで持ち上げ、ぎゅいーんと音を立てながら、コンベアの真上へサケを待っていくのです。コンベアーががらんと音をたてて動くと、口の空いた缶が運ばれてきます。ロボットハンドはコンベアが止まると、二匹のサケを口の空いた缶にさっと入れてしまいます。

「ぐうう、空缶が足りなくなってきたぞ。用意しなきゃ」アルバンは今度はパレット持ち出してきて、空缶をならべ始めました。空缶がならべられたパレットを、コンベアの少し手前でセットすると、また別のロボットハンドがぎゅーんと音を立て空缶を一つだけすっと持ち上げます。コンベアががらんと動くと、仕切りの空いたところにロボットがまたさっと空缶を置いていくのです。こうして2台のロボットハンドが、前の方で空缶を置き、後ろの方でサケを空缶に入れていくのです。

熊の工場長は今度はコンベアラインの一番後ろの方へ行きました。

「ローラン、そろそろサケの入った缶が流れてくるぞ。用意はいいかな」

「おはよう、工場長。準備オッケイ、いつでもいいよ」ローランはそう言うと、コンベアの後ろにある装置の黒いレバーに前足をかけて、サケの入った缶が来るのを待ちかまえていました。

コンベアががらんと音を立ててサケの入った缶を運んできます。ローランが待っているプレス機械の下にサケの入った缶が来ますと、黒いレバーをぐいっと引きました。すると大きな四角いカバーがぷしゅーと下がっててきて、缶詰が見えなくなり、がちんと大きな音が聞こえてきました。今度は四角いカバーが上がると、中からしっかりとフタがされているサケの缶詰が出てきました。フタにはヒグマが立ち上がってサケを抱きかかえている絵が描かれています。

サケの入った缶はシューターへと押しだされると、するするとコンベアから下の受け台へと流れて行きます。受け台に流れ着いたサケの缶は、三番目のロボットハンドがまたぎゅいーんと音を立て取りにきます。そして今度は四角い金網のワクで囲んであるカートにならべにいくのです。

「ぐあああ、ローラン、てぎわ良くなったぞ。その調子で今日も頼むよ」

「わかってるよ、工場長。まかせて」コンベアががらんと動いてサケの缶詰が流れてくると、ローランはがううっと声を上げレーバーを引きます。するとロボットハンドは受け台の出来上がったサケの缶詰を、カートのワクに次から次へと積み重ねていくのです。

「おじいちゃん」一匹の子熊が熊の工場長に声をかけてきました。

「おお、レミー。学校はどうしたんだ」

「今日はお休みになったんだよ。ぼくもあの機械のレバー引いてみたいな」

「だめだめ。大人になってから練習しないとな。ローランも一杯練習したんだ。みんなのために缶詰を作ってるんだからね」

「だめなの。一回だけでもいいからやりたいなあ」レミーは熊の工場長の片方の足に抱き付きながらそう言いました。

「レミー。向こうの洗い場のおばさんたちからサケの頭をもらったらどうだ。おいしいぞ」

「ううん、でもつまんないな」

レミーはしぶしぶ奥の洗い場へと行きました。

「おや、レミー。学校は終わったのかい」クロエが話しかけてきました。

「いや、今日はお休みなんだよ」レミーは元気なさげに答えます。

「どうしたんだい、しょんぼりとして。またいたずらして工場長におこられたかい」

「ちがうやい。なんもしてないよ。サケの頭をもらいにきたんだ」

「おやそうかい。そこにたくさんあるから、たんと持っておゆき」クロエはにっこりして答えました。

「頭はひとつでいいよ。そんなに食べるところないもん。じゃあね」レミーは切り落とされたサケの頭をひとつ口にくわえると、もそもそと出て行きました。するとレミーが工場の外に出たときに、一匹の子熊がまん丸い目をして口をはあはあさせて、四つ足で走ってきました。

「レミー、おいしそうなのもってるね」子熊がぐうぐう言いながらレミーにどしんと体当たりしてきました。レミーは転んで、仲良しの友達の前足を少しかじってから言いました。

「ぐうう、二コラ、どう?いっしょに食べるかい」

「食べるよ。走ってきたから、お腹がすいちゃったもん」

「じゃあ、二コラにはあごと眼玉を一個上げるよ」

「ずるいよ、ほっぺの肉もちょうだい」

「いいよ、もうひとつサケの頭もらってくるから」

レミーと二コラはサケの頭をがりがりとかじって、お腹が満足すると、じゃれあって遊びだしました。

きゅうーい、きゅうーいと頭の上のほうから鳴き声が聞こえてきました。

「あっ、またあのクマゲラだ」二コラが木の上の赤い帽子をかぶってるような鳥を見つけます。「つかまえようよ」レミーはそう言うと、クマゲラのとまっている木の幹を登りはじめました。二コラも後を追いました。ばさばさばさと羽音を立ててクマゲラは飛んでいってしまいます。レミーと二コラは木のてっぺんにある枝に向かって、体をよちよちとさせながら登っていきます。二匹の登っている木はスプルースの大木です。

森にはスプルースや樺(かば)の木々がうっそうと生いしげっています。スプルースは松の木の仲間で、アラスカにはたくさん生えてます。夏の終わりの空気はさっぱりとした暖かさに変わり、秋の気配を感じます。スプルースのてっぺんの枝に上ったレミーと二コラには、森の回りを一望できました。

森の遠くにはディナリと呼ばれる山々が、いつも頭に白い雪をまとわせて連なっており、ディナリ山の中腹にはうすい綿あめのような雲がただよっています。下の方にはサケの工場が見え、がらん、がらんとコンベアの回る音が聞こえてくるだけで、あと森はしんと静まり返っていました。

「ぐうう、レミー、二コラ、ほら下りておいで」いつの間にかクロエがスプルースの木の下に来て、2匹の子熊に呼びかけました。

「はあい」二匹の子熊はのそのそとスプルースの木を頭を下にして降りてきます。木の根元まで来るとレミーがすぐに降りられず、二コラがレミーの上にのったものですから、どしんと二匹とも落ちてしまいました。

「おやつを用意したよ。みんなで食べよう」いつの間にか工場のコンベアの音は止んで、静かになっていました。みんなで工場のきゅうけい部屋と向かいました。

「レミー、二コラ、こっちへおいで」部屋に入ると、テーブルに着くようクロエが手招きしました。工場で働いていたアルバン、ピエール、ローラン、パメラ、コゼットたちもひとやすみするのに、きゅうけい部屋で紅茶を飲んでいました。

「がああ、つかれたわ。もっと楽な方法ないかしら」パメラがクッキーを片手にしながら言いました。

「パメラは楽な方だよ。僕は一番最後で大切な仕事なんだから、気が抜けないんだ」ローランがあてつけるようにいいます。レミーと二コラは椅子に座ると、足をぶらぶらさせながら大人のヒグマたちの話を聞いていました。二匹の子熊はおやつのクッキーを口にほおばって、もぐもぐと食べはじめました。

「ぐううう、あんたなんかレバーを引いてるだけじゃないの」パメラがいやみっぽく言いました。

「ローラン、そんなにつかれたんなら、僕がかわってあげるよ」レミーが目をきらきらさせて話しました。

「だめだめ、レミーは背が低くてとどかないじゃないか。それにとっても難しいんだ。コンベアがサケの缶を運んでくる途中で、レバーを引くんだからね。ちょっと速くても遅くても缶詰のフタがずれてしまうんだからな」

「大丈夫よ。レミーがかわってあげれば。コンベアが調子よくなるわ」パメラがすかさず言いました。

「お休み中にちょっといいかね」熊の工場長がきゅうけい部屋へと入ってきました。

「あしたは缶詰の工場をお休みにするぞ。ラファエル博士がコンベアラインを改造するからね。」

熊の工場長の後ろからもう一頭、体の大きな丸い眼鏡をかけたヒグマがあらわれました。メガネにはチェーンが付いていて、首の後ろへと回しています。

「明日は、コンベアがもう少し便利になるように改造させてもらうよ。特にローランが操作する後ろの装置を変えるんだがな。今まではいちいちタイミングをよく見ながら缶詰をプレスしてもらっていたが、もっと楽にできるようにと思っておるんじゃ」ラファエロ博士はメガネの奥の小さな目をきらっとさせて言いました。

「それはすごい。そうなったら今までの仕事がとっても楽になるよ。もう肩がこってしまって大変っだったんだから」ローランが顔をにこにこさせました。

「博士、ぼくでもできるようになるの」レミーはラファエロ博士に聞きました。

「ぐうう、レミーと二コラか。そうだな、うまくいけばできるようになるが。何度かテストしてみないとわからないの。やっぱりまだまだローランが必要じゃな」

「残念だね、レミー。大人になったらかわってあげるよ」ローランが少し自慢げな顔をして言いました。

「つまんないな、大人になるまで待てないよ」レミーはしょげてしまいました。

「それではいいかな。明日の工場は工事でおやすみだ。ゆっくり休んでおくれ」

熊の工場長はそう言うとラファエロ博士ときゅうけい部屋から出て行きました。


さて二日後に、缶詰工場にはいつもの仕事仲間のヒグマたちがやってきました。

「おはようロダン工場長、今日も秋晴れのいい天気だね」ローランがあいさつしました。

「がああ、おはようローラン。冬がまた少し近づいてきたな。さあ、みんな今日も冬支度の前にがんばっておくれ」熊の工場長はみんなをはげますよう言いました。

「工場長、後ろのプレス機械はどうなったの」ローランがたずねました。

「がああ、無事に終わってるぞ。きのうは博士の手伝いをして大変だったんだよ。向こうにラファエロ博士が待っているからね、様子を見てみるといい」熊の工場長はそう言いました。

「ぐうう、楽しみだな」ローランは足早にコンベアの後ろの装置を見に行きました。

「おはよう工場長。一日おやすみになったから、今日はその分、とりもどさないといけないねえ」クロエが工場長にそう言います。

「そうだな、冬眠が明ける時に、村の熊たちのためにもあともう少しだ。今日も頑張っておくれ」

「まったく、ほかの熊たちはコンベアを恐がって近づきゃしないのもいるんだからね。みんなで交代しながらやれば一番いいのにさ。あたしだって工場長に何度もお願いされて仕方なくやってるんだ。あたしのだんなも、もう止めたらどうだって今日も言われたんだ」パメラがぺらぺらと工場長に話つづけます。

「ぐうう、わかったわかった。おまえのだんなには、わしからまたよく話しておくから。冬眠明けには、たくさん缶詰をあげてるじゃないか。今日もたのむよ」熊の工場長は困った顔で苦笑いをしながら、メスのヒグマたちに元気づけました。

ローランはコンベアの最後のプレス機械に向かいました。なにがどうかわったのか、ローランはわくわくしながらのぞき込みました。のぞき込んで見た新しいプレス機械は、カバーの大きさも色もまったく変わっておりませんでした。でもいつも引いていた、あの黒いレバーがなくなっています。

「おはよう、博士。機械はどうかわったの。よくなったのかい」ローランはラファエロ博士に聞きました。博士は椅子と小さな丸いテーブルを用意して、テーブルの上には白いノートパソコンを広げて、椅子に座ってローランを見上げました。パソコンからは白いひもがでて、装置とつながっていました。

「ぐうう、ローラン。待っていたぞ。わしが手がけた仕事に間違いはないんじゃよ。ローラン、こっちに来てそこに座ってく見てみるといい。目の前に大きなボタンがあるじゃろ。さあさあ、そこに座っておくれ」

「あっ、装置が変わったね、博士。どうすればいいんだい」ローランは博士がすすめる椅子に座りました。

ジリジリジリンとベルの音が鳴りました。がらんとコンベアが動き出します。

「ローラン、椅子の手前にスイッチがあるじゃろ。三つ並んでいる一番上の青いボタンが今度はレバーのかわりじゃ。今からは缶詰が来たら青いボタンを押すんじゃよ」

「そうなんだ。わかったよ博士。この青いボタンだね」

「そうじゃ。今度からはそのボタンを少し早めに押すのがこつなんじゃ。ボタンを押さなければ缶詰はなにもされないで出てくる。ボタンを押すと、装置は自動的に缶詰をにフタをするようプレスするんじゃよ」

「がああ、それじゃ前みたいにタイミングをとりながら仕事をしなくていいんだ。缶詰が来たらボタンを押せばいいんだね」

「そうじゃ。缶詰が見えたらボタンを押せばいいんじゃよ」

「この黄色いボタンと赤いボタンは何?」ローランはひざの前にある銀色の鉄の箱の中にならんだ黄色と赤のボタンを指さして聞きました。

「その黄色いボタンはライトが光ってサイレンが鳴るんじゃ。。缶詰が流れてこなくなったら、アルバンンに知らせて缶詰がなくなっていると知らせるんじゃ。今まではいちいちアルバンを探していたんじゃろ」

「ぐうう、そうなんだ。アルバンはいつも休みたがって、どっかへいなくなっちゃうんだよ。その赤いボタンはなんだい?」

「赤いボタンはまだ秘密じゃ。まだテストしておらんし、春になって冬眠明けになったら使うものじゃ。さあコンベアに缶詰が流れてきたぞ。用意はいいかな」

「オッケイ、だいじょうぶだよ」

、コンベアががらんと音を立てて、サケの入った缶詰が流れてきます。

「ローラン、今じゃ。青いボタンを押すんじゃ」

「ぐうっ」ローランは博士の言われるまま、青いボタンを押しました。

コンベアががらんと動くと、装置の四角いカバーがぷしゅーと下りてきて缶詰をかくします。するとプレス機械の中から、がちんと音が聞こえました。

「よしよし。うまく動いているわい」博士はノートパソコンを見つめながら、満足げにうなずきました。今度はプレス機械の四角いカバーがするするっと開きました。

「がああ、いいぞ。ふたのしっかりしたきれいな缶詰がでてきたわい。どうじゃ、ローラン、今度は楽になったじゃろ」

「そうだね。でもどうかな。もっとやってみないとわからないな」

「がぁああ、なんでじゃ?おっ、次がきたぞローラン」

「オッケイ。まかして」ローランは青いボタンをさっと押しました。ぷしゅー、がちんと音がして、きれいにサケをだいたヒグマの絵の缶詰が出てきました。

「ローラン、どうだい。機械の調子は」アルバンがのそのそとやってきました。

「今始まったとこだけなんだけど、まあまあだね」

「なんかかわったね。前にあったレバーがないんだねえ。楽ちんになったんじゃない」アルバンはにこにこしながら聞きました。

「そうだよ。少し楽になったかもね。ぐあっ、来た」ローランは急いで青いボタンを押します。

「アルバン」ラファエロ博士がアルバンを呼びました。

「今回はアルバンにも便利なになるよう工夫したぞ。コンベアの缶詰がなくなったら、ローランがそこの黄色いボタンを押すんじゃよ。するとパレットの近くのランプが光って、サイレンが鳴るんじゃ。そうしたらすぐに戻って、お前さんの出番じゃ」

「ぐああ、もともと僕の仕事は忙しいんだ。前のパレットに缶詰も用意しなきゃいけないし、この最後にあるカートも一杯になったら、次のスチームの機械へと運ばないといけないんだからねえ。だからもう一頭、仕事の仲間がほしいよ」

「それはロダン工場長にも話をしてるはずじゃ。わしももう一度話をしてみるから。しばらくは頑張ってもらわんとな」

ラファエロ博士とアルバンが話しているのを、コンベアからいくらか離れた丸い柱のかげから、様子をうかがっている子熊がいました。レミーです。子熊の学校へも行かずに、きゅうけい部屋で聞いた工事がどうなったのか知りたくて、かくれて見ていたのです。

「いいなあ。あの青いボタン、僕も押したいなあ」レミーは柱のかげでもぞもぞ言いながら、ローランがボタンを押すのをうらやましそうに見ていました。

「あんなふうに変わったんなら、僕にもできるよ。いつか僕もあのボタンを押すんだ。早く押してみたいなあ」レミーは自分がボタンを押したい気持ちをおさえきれず、わくわする思いでいっぱいでした。


次の日、レミーは子熊の学校へ行きました。子熊の学校は、森の中で一番大きなスプルースの木の下にあります。傘が開いたかのように枝をいっぱいにのばしている木の木陰に、椅子をたくさんならべておりました。そこでメスヒグマのローズ先生が黒板に、土の中から顔をのぞかせているミツバチの巣の絵を書いています。

「はあい、見てごらんなさい。休みの日に先生がとってきた、まるはなばちの巣がこれです。先生はこれを一日中森の中を歩きまわって、土の中をほって探してきたんですよ」

ローズ先生はひまわりの種が黒々と並んでいるようなまるはなばちの巣を持ち上げて、子熊の生徒たちに見せました。ローズ先生は自分の頭くらいある、つぼのようなハチの巣を子熊たちに見せました。すると何匹かのまるはなばちが、巣からぶんぶんいいながらながら出てきました。

「あら、やだ。まるはなばちがまだいたのね」ローズ先生がそう言うと、

「わああ、はちだ」まるはなばちが巣の回りをわんわんと羽音をたてて飛ぶので、子熊たちはおどろいて立ち上がり、大さわぎしました。

「はちぐらいで騒いではいけません。さされても大丈夫です」

「ええ、やだあ」

「大きいよ。さされたら痛そうだよ」子熊たちは後ずさりして、先生から遠ざかろうとします。

「はあい、逃げないで。こちらへいらっしゃい。はちみつをなめさせてあげますよ。さっ、おいで」ローズ先生にそう言われると、子熊たちはぶんぶん飛ぶはちの巣のまわりに集まってきました。

「ほうら、手をだして、はちみつをすくってごらんなさい。おいしいわよ」

子熊たちは巣に手をつっこんではちみつをとると、ぺろぺろとなめはじめました。

「あまい」

「おいしい」

「いたたっ、さされちゃったよ」

「今度いつか、課外授業でハチの巣の取り方を勉強しに行きますね。今日はみなさんにハチの卵とハチの子を一個づつあげます。持って行ってください」子熊たちはローズ先生からハチの卵とハチの子を一つづつもらいました。

「もらった子は帰ってもいいですし、ここで遊んでてもいいです。今日の授業はこれでもうおしまいよ」

「はあい」子熊たちはそう返事をすると、なにをして遊ぼうかとみんなでじゃれあって、さわぎだしました。

レミーは授業が終わったとか思うと、いちもくさんに帰ろうとします。

「レミー、帰っちゃうの?あそばないの」二コラはほかの子熊と鬼ごっこをしながら、とことこと帰ろうとするレミーに声をかけました。

「今日はいそがしくて、用があるんだ。またね」レミーは逃げるように子熊の学校から走り去りました。

レミーは缶詰工場へと向かいました。缶詰の工場の建物は人間の子供が通う学校のようで、たてに長いログハウスみたいでした。レミーは工場のいくつか並んだ明り窓からこそこそと頭を下げてかくしながら、大人の熊に見つからないよう一番後の裏口へ行きました。

工場に入ると機械にかくれて、ローランのいるプレス機械が見える柱まで行きました。がらん、がらんとコンベアが動く音がするたびに、ローランが椅子にすわりながら青いボタンを押しているのが見えます。どうやら前の時とはちがって、なにかいい気分で鼻歌でも聞こえてくるようです。

「いいなあ。僕もあのボタン押したいなあ。あんな簡単にやっているんだから、絶対僕もできるよ」

レミーはローランが気持ちよくボタンを押すしぐさを見ながら、機械のかげでうらやましそうに見つめていました。

「レミー、こんなとこでなにしてんの」

急にささやかれたので、レミーは首がすくむほどおどろいて、ふり向きました。二コラが後ろに立っていました。二コラが顔をにこにこさせて話しかけてきたのです。

「おどかさないで、二コラ。いきが止まりそうになったよ」レミーは小声で言いました。

「レミー、僕のお母さんが子供は工場に入ってはいけないって言ってたよ。はいこれ、ハチの子だよ。レミーが落としていったから、持ってきてあげたんだ」

「えっ、ああ、ありがと」

「ここでなにしてるの?」

「もう少しできゅうけい時間になるんだ。それを僕、待ってるんだ」

「それでどうすんの」

「だまって見ていて。そうしたらわかるよ」

「ふうん、そうなの」

がらんがらんと動いているコンベアを二匹の子熊はしばらくながめていました。

ジリジリジリンとベルの音が鳴りました。ぱたっとコンベアが止まり、ローランは立ち上がって大きな背のびをしました。

「がああ、つかれた。さて、きゅうけい時間だ。一休みしようかな」ローランはそう言うと、てくてくときゅうけい室へ行ってしまいました。

「レミー、きゅうけい時間になったよ。どうするの」

「うん、もう少し待ってから。もういいかな」レミーはおずおずとしのび足で、プレス機械へと向かいました。

「レミー、どうするの」二コラが聞きます。

「しっ、静かにして」レミーはおそるおそる機械へと近づいて行きます。

「わああ、いいなあ。このボタン」レミーは青、黄、赤のボタンがならんでいる銀色のまぶしく見える箱にはなを近づけて、においをかいでみました。

「レミー、あぶないよ」二コラがレミーの後ろについてきて、何をするのか心配そうに見ていました。ふとレミーは起き上がると、前足をのばして、銀色の箱に手をふれてみました。

「だいじょうぶ。ほら僕にもとどくよ。ぜんぜん平気だよ」レミーはとてもうれしくなって、わくわくした気持ちをおさえきれずに、つい青いボタンをぐっと押してしまったのです。

「レミーってば」二コラはレミーを止めようと、立ってるレミーの足にじゃれるように、かんで引っぱりました。

「だいじょうぶだよ、二コラ。なんにもおこんないよ」レミーの言うとおり、コンベアは静かなままで、ぴくりとも動きません。

「僕、ちゃんと知ってたんだ。コンベアが動いてない時はボタンを押しても大丈夫ってことをね。僕、もっと練習して、本当にこの仕事をするときにのボタンをうまく押せるようになるんだ。いち、に、さん」レミーは小さくかけ声を出すと、ぐっとボタンを押しました。かちっと音がするような重みを手に感じて、レミーはいっそううれしくなってきました。いち、にの、さん、かちっ。いち、にの、さん、かちっ。レミーは何度も、何度もボタンを押す練習をしました。

「レミー、うれしそうだね。僕にもやらせて」レミーがおもしろそうにボタンを押してるのを見て、二コラもまねたくなったのです。

「ちょっと待って。もう少し練習してからね」レミーはかちっ、かちっとボタンを押すのがくせになったようで、なかなか手を止めることができません。

「レミー、早くかわってくれないと、きゅうけいが終わって、ローランが来ちゃうよ」二コラはレミーの足にじゃれつきながら、立ち上がって背中に抱きつきました。その時、ぶううん、ぶううんと大きな羽音を立てて、まるはなばちがレミーと二コラに近づいてきました。

「あっ、はちだ。学校からついてきたのかな」二コラは天井でぐるぐる回って飛んでいる、まるはなばちを目で追いながら言いました。

「ハチの子を取り戻しに来たのかな?」二コラがそう口走ると、まるはなばちが二匹の子熊の頭めがけて飛んできました。

「わっ、きた。あっちいって」二コラが手をふりまわし、まるはなばちを追い払おうとしました。するとまるはなばちは二コラの手に、ぶんぶんしながらちくりとさしました。

「いてててっ」二コラはさされた手をひっこめました。

そのあと、まるはなばちはレミーの方にうつって、顔のあたりを飛び回ります。

「ぐあっ、なんなの」レミーがボタンを押すのに夢中だったとこへ、急にまるはなばちが表れたものですから、手を止めて見上げました。するとまるはなばちがいきなりレミーのおでこにちくっとさしたのです。

「いたたたたっ」レミーは体がよろけそうになって、ボタンのならんだ銀色の箱につかまりました。すると、手がかちっと、赤いボタンを間違って押してしまったようです。するとぎゅいーんと、カートのそばにいたロボットハンドが音を立てて動き始めました。

「わっわっ」レミーはおどろいてしりもちをつき、二コラを下じきにしてしまいました。

「ぐうう」二コラはレミーにたおされて、そう声がでました。

その間に三番目のロボットハンドがカートにならんでいた缶詰をすっとつかみました。そして、プレス機械からのぞいているコンベアの上に、ぎゅいーんと腕をのばして、ぽとっと置いてたのです。がらん、コンベアが急に音を立てて動きます。それがさっきとは反対のもどる方へと動きました。するとぷしゅーと音がして、プレス機械のカバーが下がると、缶詰をかくしてしまったのです。

「あらら、どうしちゃったの」レミーと二コラは何がおこったのかも分からず、口を開けてぽかんと見ていました。ぎりぎりぎりっと音がしてきました。そして今度は、するするっとカバーが上がりました。がらんとコンベアがまた反対に動きます。

「あれっ、レミー見て。フタがないよ」

「ほんとだ。なんでだろ」レミーと二コラはきつねにつままれたような顔をして、どうしたらいいのか分からずにいます。三番目のロボットハンドがまた、ぎゅいーんと缶詰を持ち上げて、コンベアの一番後ろに置きます。がらんとコンベアは動いて、プレス機械のカバーが閉じます。ぎりぎりぎりっと音がした後に、またカバーが開いて、缶詰のフタがなくなったサケが丸見えになってでてきました。がらんとコンベアはまた反対に動きます。

「わああ、たいへんレミー。どんどんフタがなくなってるよ」

「とめよう。どうしたらいいの」レミーはおたおたして、あせるばかりです。

レミーと二コラがさわいでる間に、ロボットハンドはどんどんサケの缶詰をコンベアに運びます。プレス機械も次から次へと、サケの缶詰のフタをぎりぎりぎりと音を出して取っていきました。フタのないサケが見えてる缶詰を、コンベアはがらんがらんと前へ運んでいくのです。

一番先頭のロボットハンドが、コンベアに運ばれてきた缶詰が自分のところにきたのを見つけたとたん、ぎゅいーんと音を出して取りに行きました。そして横にあるパレットに腕をのばすと、フタのとれた缶詰をならべ始めました。がらんとコンベアが動くと、ロボットハンドは丸見えサケの缶詰をどんどんパレットにならべていきます。

「ああん、たいへんだよ、二コラ。僕おこられちゃう」レミーはあせってしまい、こんどは青いボタンを何度も押しました。するとどうでしょう。コンベアがいったん止まったかと思うと、こんどはもとどおりに動き始めました。

「あれれっ、止まんないよ」二コラはあわてながら一番目のロボットが空缶を持ち上げ、コンベアに並べようとしてるとこへと走りました。

「なんで止まんないの」二コラはロボットアームの腕をつかまえようとしたのですが、手がすべってしまい、空缶を押しのけてパレットの上に転んでしまったのです。するとロボットハンドは今度は二コラをひょいと持ち上げ、コンベアの上にどんと置いてしまいました。二コラはコンベアから出ようとしましたが、お尻がコンベアのわくにはさまってどうにもでれません。

「たすけて、レミ、うぐっ」二コラが助けを呼ぼうとすると、二番目のロボットが二コラの口にサケをぐいっと押しこんだのです。レミーはふと二コラの声に気がついて、ふり返りました。

「あっ二コラ、どうしたの。早く出てよ」二コラがコンベアから出れないで、手足をばたつかせてもがいていることに気づいたレミーは、急いで二コラのところに走りました。

「いまたすけてあげる」レミーもコンベアに飛び乗って、二コラをぐいぐい引っぱってみました。ですがどうにもコンベアから抜けません。そのうちプレスをする機械が近づいてきました。

「二コラ、どうしよう」レミーは泣きべその顔をしながら、二コラをコンベアからぬこうと何度も引っぱりました。

「ぐあっ、どうなっってるんだい。コンベアが勝手に動いちゃってるよ」きゅうけいの終わったローランがやってきて、大きな声で叫びました。そしてプレス機械の近くで二コラを引っぱっているレミーをを見つけました。

「おやっ、レミー。こんなところでなにしてるんだい」

「あっ、ローラン。早く止めてっ。二コラが缶詰になっちゃう」レミーは泣きじゃくりながら言いました。

「があっ、とにかく大変だ。とめなくっちゃ」ローランはコンベアの一番前へと急いで走りました。

「ぐあっ、アルバン、コンベアを止めてくれ」ローランは先頭にいるアルバンに呼びかけました。

「おやっローラン、なんでコンベアが動いてるんだい。ローランが動かしたのかい。せっかちだな」アルバンが首をひねっていると、ローランが走りよってきました。

「いいから、早くコンベアを止めておくれよ」

「えっ、わかったよ」アルバンはてっぺんにキノコのような丸い大きな押しボタンが並んだ柱に、手をさし出しました。その青と赤が二つ並がんだ丸い押しボタンの赤い方をぐっと押しました。すると、ぴたっとコンベアは止まり、静かになりました。

「レミー。間に合ったかい。だいしょうぶかい」ローランは後ろのレミーに声をかけました。レミーの返事はなく、小さく泣き声が聞こえてくるだけです。

しばらくするとラファエロ博士とロダン工場長がいっしょにやってきました。

「があっ、おやおや、これはどうしたんじゃ、コンベアの上にだれが乗っとるんじゃ」ラファエロ博士は目を丸くして言いました。

「ぐあっ、レミー。コンベアに乗っかって何してるんだ。いったいどうしたんだ」熊の工場長はレミーをにらんで聞きました。

「ごめんなさい、おじいちゃん。僕、ボタンを押すのがうまくなりたくて、練習してたの」レミーはこぼれた涙を手でぬぐいながら、あやまりました。

「今度からは、わしに話すようにな。工場がお休みの時に、練習させてあげる。だから、もう泣くんじゃない」熊の工場長はそう言うと、レミーの頭をゆらすようになぜます。

「おやおや、プレス機械にもう一匹入っとるのはだれじゃね」ラファエロ博士がプレス機械の中でもがいている子熊を見つけていいました。

「博士、二コラを助けて。はさまって出られないの」

「なんじゃ、二コラか。いったいどうしたんじゃねこれは」ラファエル博士はさっそくプレス機械の中でもがいている二コラをすくい上げて、口からサケを取ってあげました。

「ああ苦しかった。僕、缶詰になっちゃうとこだった」二コラは安心したのか、床にへなへなと座りこみました。

「ああよかった。二コラが助かって。僕、もうどうなるかと思ったよ」

「がああ、どうしたんだい。コンベアがこわれちゃったのかな。向こうのパレットにフタの開いたサケの缶で一杯なんだけど」アルバンがわいわい言いながら、やってきました。

「なんだなんだ。コンベアがこわれたって?。僕の出番かな」ピエールもアルバンの後からやってきました。

「もう、終わったんじゃよ。コンベアがこわれたわけじゃない。どうやらわしが取り付けた新しいボタンをレミーがいたずらしたようじゃ」ラファエロ博士はアルバンとピエールに話ました。

「さて、フタの開いた缶詰はみんなで分けて食べよう。友達の熊にもあげておくれ。アルバンとピエールはパレットとカート、そしてコンベアの缶をかたづけてくれるか。またサケの缶詰をたくさん作るぞ。ここの熊のみんなのためにな。レミーと二コラも手伝ってくれるかな」熊の工場長はみんなに仕事の指示をしました。

「はああい」二匹の子熊も顔が晴れて、元気な声で返します。

数日たったのちに、ボタンの並んだ銀色の箱にはフタが取り付けられていて、錠がかけられるようになっておりました。 

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