22 鍛冶神  その4

 明日、人間の身でありながら鍛冶神の工房に行く。主として、不二の性能向上を創造者本人に嘆願する為に。

 本当に奇しくもだが、その同じ日、勝利は二五回めの誕生日を迎える事になっていた。

 偶然なのか、或いは何か関係でもあるのか。

 帰りの電車に揺られつつ、速攻で否との結論を選ぶ。勝利の誕生日などが、神々の間で何らかの意味を持つ筈がない。

 所詮は、人間の、勝負神を内に秘めたまま人間として成人した器の誕生日でしかないのだから。

 たった五分の乗車の後、新小岩駅で下車しアパートまでの最短経路を足早に進む。石塚のコンビニに寄らないのは、勝利なりの思いやりだ。

 店長は未だ療養中。それでも勝利の入店を知れば、彼の土地守は自ら店に立ち迎えようとするだろう。

 神々は皆、働き者だ。神の務めと人間に紛れている者の務めを、両方背負っているというのに。

 アパートの自室で寛ぎながら、勝利は愛用の携帯端末を取り出した。カバーから、レンズを囲むリングを外す。

「不二」

 スマホのアクセサリーに偽装していた小さな僕が、盾を持つ人型のヴァイエルに変容した。

「どうした? 主」

「店でのやりとりを覚えているか? 明日、お前のシールドの有効範囲を広げてもらいに、鍛冶神の工房に行く」一方的な白スーツ戦を思い出す。途端に、背が丸まり両肩が落ちた。「悔しかったと思うよ。お前はあんなに頑張っていたのに、白スーツに裏をかかれて」

「残念だ、と言うだけでは、表現しきれないものがある」

 勝利は、顔前へと降下する小さな造形美に首肯した。

「ああ、わかる。確かに、『悔しい』の上にある感情かもな」

「悔しいの上……。主でも言語化できないのか?」

「俺は、そんなに達者じゃないよ」と、勝利は胡座を組んでいる右膝を右手で握る。「怒っているところがあるし、泣きたいようでもあり。あの圧倒的な差を見せつけられて、向こうは暇潰し感覚とか。……本当にがっかりだよ」

 暇潰し。声に出した途端、その言葉は勝利の中で重く渋い未整理の感情を増幅させる。

 ゴズへの思いであれほどの怒りを発する神も、闇に属するのであれば、人命や縫修機を弄ぶ事に一切の躊躇をしない。

 失望した、のは事実だ。しかし、何処かで別の何かを求めようとする自分がいる。

「ダブルワークさん達と不二のスキルが上がったら、次こそあの白スーツに一泡吹かせてやれるんだな」

「主は、一泡吹かせたいのか?」

「え……」

 直後に、冷たい手が勝利の心臓を鷲掴みにした。

 いけない。両手で勢いよく、左右の頬を同時に叩く。

 確率操作によって縫修の成功率を上げ人間を救う。それが、勝負神代理としての役目の筈だ。

 勝ち負けに拘る愚か者に、勝負神は自らの力を委ねたりしはない。

 試されている事を自覚しなければ。どのような状況に置かれていようと、その都度問われているのは、勝利自身の格なのだから。

「悪い、不二。俺、ちょっとバカな事を考えた」

「主は、いつも良い主だ」

 変な誉められ方をし、勝利はぷっと吹く。

 その声が隣にまで届いたのだろうか。五月雨家に面した窓に、コツンと何かが当たる音がする。

 百合音が、今も起きているようだ。

 音を立てぬよう窓を開けると、やはり長髪の女子高生がこちらの様子を伺っていた。

 少女は唇の前に右手の人差し指を立てると、目の前で個包装の菓子を掌サイズの紙片で包む。何を思ったのか、それを勝利の部屋に柔らかく放り込んだ。

 もしやと思い紙を広げれば、絵付きの紙面には十一桁の数字と二〇文字程の英数の文字列が読みやすい字体で書かれている。

 百合音が、無言で自身のスマホを掲げた。

 頷いて返し、二人は同時に窓を閉める。

 勝利は、改めて携帯端末を手に取った。

 百合音は知るまい。湖守の情報網が、彼女の個人情報をある程度収集している事を。

 既にダウンロード済みの画面に、少女の電話番号とメールアドレスを追加する。

 そして、「かけるのか?」と問う不二に、「ああ」と答えた。「きっと、襲われた人の事が気になっているんだと思う。縫修は上手くいった、って彼女には伝えておこう」

「しかし、主。それは事実とは違う」

「まぁ、そうなんだけど」

 本当は、吸魔に振り切られ、緑の二人による今夜の縫修は失敗に終わっている。

 その問題が大きいからこそ、ダブルワーク達も行くのだ。鍛冶神の工房に。

「だったら、かけない方がいいのかな」

 あの少女が待っている事を知りながら? 窓外から流れ込んでくるのは、吸魔の出現を知ってしまった者の力ない祈りだ。

「あーっ!! かけてから考えよう!」

 思考を放棄し、一瞬で電話を選ぶ。

 呼び出し音が鳴り始めてすぐ、勝利の携帯端末は通話状態になった。

『一周さん?』

「そうだよ。でも、いいの? 俺みたいな大人の男に、女子高生が電話番号を教えて」

『信じてますから』少女の声は高く、無邪気だった。信じているというより、疑っていない事がそれとなく伝わってくる。『一周さんは、私と同じなんですもの』

「……ありがとう」

 彼女にとって、勝利は「未来の吸魔」だ。自分と同じ境遇におり、いずれどのような苦しみの淵に放り込まれる事になるか。少女は全てを知っている。

 つまり、化け物体験の先輩は後輩を男性と見ていない、のかもしれない。

『縫修師様の縫修、上手く行きましたか?』

「あ、ああ。上手くいったよ」

 何と、肝心なところでどもった上、声が不自然にうわずってしまった。

 慌てて言い直す事も考えたが、百合音は聡明だ。手遅れという気がする。

『一周さん』少女の声が、湿っぽく低い。『それ、嘘ですよね』



          -- 「23 鍛冶神 その5」 に続く --

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