21 鍛冶神  その3

「た……、誕生日、ですか?」

 唐突に祝いの話を出され、勝利は理解するまで少々の間を要した。

 光域に属する神々にとって深刻な問題が話し合われている最中ではないか。無関係な上、大人の誕生日など所詮は些末事だ。

 しかし、すぐにその考えを改める。何かを飲み込んでいる様子なのは、勝利ではなく、祝う側の湖守だ。

「そう。僕達の誕生日は、ほら、わからないだろう?」と、暗に『神々の喪失』なる現象を店主が仄めかす。「だから、親しい人間の誕生日はお祝いする事にしているんだ。明日は、君のお祝いをするよ」

「そんな、無理しないでください」と、勝利は両方の手首を立てパタパタと左右に振る。「今は、それどころじゃないの、わかってますから」

 状況を理解している者として、不運に流される事を当然の結果と受け止める。

 しかし、本来の形でなくなろうとも、湖守は進めるつもりなのだ。

 無駄になどしたくはなかった。祝う側の気持ちを。

「……ありがとうございます」

「うん、僕達がやりたいんだ。まぁ、予定していたものより、更に小規模なものになりそうだけど」湖守の視線が、食器棚下を指してすぐに離れる。「じゃあ、明日は夜に食事会だけやろうか。その後、時間が取れる頃にみんなで遊びに出かけよう」

「あら~、二部構成なんて豪勢じゃない~」ミカギが語尾を伸ばし、新人アルバイトにわかるようクラッカーを鳴らす仕種をする。「明日の料理、下ごしらえはもう始めてたのよ~。楽しみにしててね」

「はい。……前の日から、下ごしらえですか?」

 グラタンを突きつつ、店の料理だけでも立派なもてなし料理になるのに、と勝利は考える。

「一人暮らしだとあんまり自分じゃ作らないもの、かな」

 目尻を下げる湖守に、つい心の耳が立った。

「ありがとうございます!! 明日がめちゃくちゃ楽しみです!!」

「うんうん。いっぱい食べてね」料理の神とも言うべき男神が破顔する。「勝利君の食べっぷり、僕は大好きなんだ」

「俺、そんなにがっついてますか?」

「がっついているんじゃなくて、だな」無自覚な勝利に呆れ、緑髪の男がやや声のトーンを落とす。「人と食う飯の美味さ、人が作る飯の有難さ、を味わっているのが伝わってくるんだよ」

 そんなに漏れ出ているのか、と顔が熱くなった。

 事実だからだ。

 朝昼夜の三食を全てアパートの自室で済ませる日々は、無職であればやむを得ない。そして、いつも一人きりだった。

 惣菜パン、インスタントラーメン、時々の自炊をその間に挟む。空腹を満たす為の食事だった為、毎回味も満足感も二の次だった。

 それがどうだ。まんぼう亭のアルバイトに就いて以来、三食全てがまかないに変わり、しかも料理はプロが行ってくれる。

 食で満たされる幸福感というものを、勝利は思い出していた。気持ちが緩んで、居心地の良さが食する者を無防備にする。

 きっと、湖守の料理に救われているのだ。勝利も、ゴズ少年も。

 行かねばなるまい。いつか、闇の世界までゴズを起こす為に。

 共に食事をする事は、勝利が望んで行った約束だ。

 しかし、その前にどうしても訪れたい場所がある。

 明日。ダブルワークとチリは、鍛冶神の工房を訪れる為に湖守の開ける扉の向こうに行くという。ライムとミカギは、それぞれの縫修機のパートナーとして彼等に付き添う事になっていた。

 ついて行く事はできないものだろうか。食事会に間に合うよう帰って来るつもりで。

 次第に、ホワイトソースの味がわからなくなってゆく。マカロニもソーセージも、味はするのだが、気づけば旨味が半減している。

 採用されたばかりのアルバイトが本来の仕事を放棄し、神々にとって秘密の場所に行きたい、など。人の身で、許されはしない我が儘だ。

 しかし、会ってみたかった。

 不二が既に固有の姿を持っていた事を、何故湖守に隠していたのか。勝利なりに聞きたくもある。

 そして、白スーツに翻弄された不二の能力上昇を、勝利は密かに望んでいた。ダブルワーク達が、最高速度の上昇であの吸魔との闘いを制したいと望んでいるように。

 もし、能力上昇が聞き入れてもらえないのなら、せめて対白スーツのヒントを貰いたい。

 面という制限を不二に与えたのは、他ならぬ鍛冶神なのだから。

「何を考えている? 勝利君」

 左隣に座るライムに突然問われ、返事に窮した。

「言ってみろ」と、ダブルワークにも促される。「言わなきゃ、お前の事は誰にもわからねぇ。どういう奴なのか、何をしたいと思っているのかも、な」

 看破の達人に、抵抗は無意味だ。

 そして、抵抗してはいけないと悟る。ここは、自分から発すべき場面の筈だ。

「明日、ライムさん達について行きたいんです。俺も会いたくなりました。鍛冶神に」

 誰一人、驚く様子がない。勝利の衝動を、ある程度察していたのだろう。

「ただの興味本位、って顔じゃないわね」ミカギが、勝利の内を推し量る。「でも、それって誰の願望なの?」

 勝負神の思惑という可能性を指摘され、勝利は断言を躊躇する。

 勝利を鍛冶神に会わせたがっている。それは、無い話ではないからだ。

 白スーツとの邂逅を牽引した勝負神ならば、鍛冶神との対面をお膳立てする動機はあろう。

 しかし、今のままでは不二は対白スーツ戦で能力を生かしきれぬまま翻弄され続ける事になる。

 不二の主は、誰だ? 勝利の方ではないか。

 自信を秘め、はっきりと声に出す。

「俺の、俺自身の願望です。白スーツが瞬間移動で居場所を変える度、不二は攻撃が来る方向を定め直さなければなりません。でも、それだと遅れるんです。反応が」勝利は、一度息をついた。「一面という制限を、どうにかしたい、と。そういうお願いをしに行きたいんです」

「なろほど」と、ライムが首を縦に動かした。「先程の戦闘に参加した者全員に、自分なりの動機があるのだな」



           -- 「22 鍛冶神  その4」 に続く --

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