20 鍛冶神 その2
江戸川の河川敷からまんぼう亭に向かう帰路。ミカギ達と別れ、勝利とライム、ダブルワークの三人は夜の小路をなるべく目立たぬように歩いていた。
気が動転し、勝利の膝にはなかなか力が入らない。
それを不憫に思ったのだろう。負傷中のダブルワークが、勝利の脇の下に左腕を通し持ち上げるようにして支えにかかった。
「まだ無理なのか」
「……ごめんなさい。俺の不運体質で、市川の上空まで白スーツを誘導してしまいました」
「そんな事を訊いてるんじゃねぇ!!」堪えに堪えていた緑髪の男が、俄かに声を凄ませる。「追跡に気づかなかったのは、熱くなってた俺の失態だ。傷口に忍んでた花びら妖精も、チリと不二が気づかなきゃ、まんぼう亭まで連れて行ってたかもしれねぇ。……ったく。腹が立つんだよ、自分自身にな」
「その、ダブルワークさんらくしない失敗が。きっと俺の……」
三人の中で最も背の高い男が立ち止まり、左腕だけで勝利を持ち上げると、空いている右手で勝利の左手首を掴んだ。
向かい合う格好で密着した二人だが、片方が醸し出すのは怒気、もう片方が表情に出しているのは諦観だった。
「パンチでもチョップでも、何でもしてください。他に償いようがないです」
「それが、お前の考える凄い事の最高峰か?」
勝利の視線が、虚空を泳ぐ。
「だったら、財布の中身全部とか……」
「ライムとの濃厚なキスを見せつけてやる」
「やめてください!! そういう悪趣味な意趣返しは!!」
本気で泣きそうになり、勝利は無意識の間に償いの意思を夜空に放り投げる。
それほど太くはないダブルワークの左腕が、すとんと勝利を路上に下し解放した。
「まんぼう亭まで、あと少しだ。元気が出たろ?」
「取り乱しすぎて……」
自力で歩け、という事だ。尾行の件について、何も背負わぬまま。
「ありがとうございます」
数歩分先を歩いていたライムが、足を止め優雅に振り返る。
「ダブルワークの言う通りだ。君自身の行いが原因でないものに、あれこれ気を揉むのはやめた方がいい。今回、白スーツは上首尾に事を運んだ。敵として、あの男の手腕を認めるべきだろう」
「はい」
その後、三人で歩いていても特に会話などはせず、勝利達はまんぼう亭の勝手口から店内に入る。
時刻は、午後八時半に迫ろうという頃だった。
ミカギとチリは先に帰って来ていたようで、既にスツールに腰かけている。
ツェルバとスールゥーの姿は、まだない。
「ミカギ達と入れ替わりに、お客様が帰ったよ」そう話す湖守の手元は、キッチンの中で忙しく仕事を見つけていた。「みんなで夕食にしよう。色々あったようだし、僕はその話が聞きたい」
「はい」返事をしつつ、ライムが、そしてダブルワークがカウンター席の定位置を埋める。
勝利も、それに倣った。
ダブルワークとミカギが主に経過を説明し、吸魔の事、白スーツの事、更には白い花びらの薔薇精の事まで子細に伝える。
光域に立つ神々のリーターが、「あれもこれも、対策を必要とする事ばかりか」と総括し、「それにしても」と息をついた。「縫修機と吸魔の間についた能力差、市川上空まで尾行した白スーツ。僕達は突然、大ピンチに陥っちゃったんだね」
「すみ」まで言いかけ「ません」の三文字を飲み込む勝利に、ダブルワークだけでなく、ライムやミカギ達まで小さく頷いて褒める。
湖守もまた、勝利の不運体質を原因として疑ってはいなかった。
「勝利君、ここ数日の出来事を思い返してごらん。君の不運体質で起きた事といったら、面接の日に電車が動かなくなった事くらいじゃないのかな」
「そうね。もう、不運で説明がつくレベルじゃないのよ」語尾を伸ばさず、ミカギがコップを回し中の水を泳がせる。「実力の差の問題は、大きいわ。闇にそういう備えができたって事なのだろうけど。何故、ダブルワークが闇の妖精に気づかないの? 黄金の吸魔の反応は、現れたり消えたりする。白スーツが安定した吸魔であれば、チリが尾行に気づくなんて容易かったのに」
「そうなんですか?」と、勝利は直接戦闘を行ったダブルワークに尋ねる。
「ああ。俺達は縫修専用機だからな。捕捉対象としての条件さえ揃ってりゃ、何処にいようと吸魔の居場所は丸わかりさ」緑のヴァイエルでもある男神が、自信に満ちた様子で肯定する。「君恵さんが吸魔にされた時にスールゥーが言っていたろ。黄金の何かを『嫌な感じ』とか。あれは、異質な吸魔の気配を感知したサインだ。俺の感じ方も似てる。吸魔の性質を備えてはいるんだ、あの白スーツは」
確かに、と勝利は思い出す。黄金に光る何かを見たと話していた時、少年が強調した。
「凄く嫌な感じはした」と。
その為、君恵吸魔の攻撃に反応しそびれた、とも。
「だが、常に、ではない」と、ライムが後を続ける。「新小岩であの闇の神と初めて会った時、ダブルワークは吸魔として認識する事ができなかった。あの男のそういう不安定さが、今回、私達を不利な方向へと導いた」
「ちょっとした運だけで、どっちにでも転びそうなバランスだったのによ」
漏らしたダブルワーク本人としては、単なる愚痴のつもりだったろう。
しかし、その愚痴が勝利の中に電撃を走らせる。
そう。新小岩で白スーツに遭遇した時から、違和感はあったのだ。何故、闇神との対面があの場で成立したのか、が。
「勝負神は何故、勝利君を守ろうとしないんだ?」
ライムの抱いた疑問は全員の中に存在し、味方の行いと考えるとなかなかに説明が難しかった。
住居のある新小岩で白スーツと対面をし、今回は職場のある市川まで知られてしまった。この近辺に再び勝利が出没すると想定すれば、闇が対面以上の成果を収める事など実に簡単だ。
当然、実行に移すだろう。あの白スーツならば。
(勝負神)勝利は、内なる高位の神に説明を求める。(市川上空までの尾行を白スーツに許しましたね?)
(何故、そう思う?)
内だけに響く声の持ち主は、焦りも怒りもしなかった。
(貴方が俺達と白スーツの接近を望んでいると考えれば、筋が通るからです)
感情を殺した無言の返事が帰ってくる。
(どうして、なんですか!? このままでは、ライムさん達まで危機に晒してしまいます)
勝利の熱意に反し、彼の神は沈黙したままだ。
(勝負神!!)心の声で怒鳴りかけた時、体についている二つの耳が、「不運か……」と呟く湖守の声を聞き取った。
意識が、現実の方へと引き戻されてゆく。
先を続けたがっている店長に、「何か?」とチリが問うた。
「これも、その不運の方に入っちやうのかな、と思って」湖守が、まず最初に勝利の前にグラタンの皿を置く。
焦げめのついたパン粉とチーズの中央で、大きめに刻んであるソーセージが、低く直立している。ごろごろとした大きめの野菜に埋もれつつも、タコ星人のソーセージは、その足元に装飾用の旗を刺していた。
細かくプリントされたインドの国旗だ。
「明日は、勝利君の誕生日じゃない。小規模でも楽しいお祝いを計画してたんだ。……それどころじゃなくなると、僕も残念だよ」
-- 「21 鍛冶神 その3」 に続く --
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます