12 赤と黄金  その1

 勝利は最初、湖守の携帯端末を鳴らしたのは何処かの土地守ではないか、と考えた。

 ゴズ少年が兄弟達と共に地上を去った後、各地の神々の間を駆け廻ったであろう言葉の一つが、「白スーツ」だからだ。

 地上に、あの時の闇神が出現したのか。聞いた時にすぐ思い浮かべたものは、人間狩りという最も可能性の高い目的だった。

 件の白スーツは、人間どころか神さえも吸魔に変えてしまう能力を持っている。闇の神々について何かを断言できるほど詳しくはないが、忍んで人間に近づく理由などそう多くはあるまい。

 ライム達の話によると、人間世界は土地守という神々が護っており、吸魔の襲撃などを感知すると湖守達と情報を共有する仕組みが既に出来上がっているという。

 白スーツ出現の報が湖守の元にもたらされたという事は、情報の提供主は、大地との繋がりでその役割を果たす土地守の筈だ。

 真顔の店主に「場所は?」とライムが問う。

「池袋だ」、通信を切った後で湖守が即答した。「瑞志那君の話によると、男性が一人襲われた。既に吸魔化の兆候が表れているそうだ。しかも厄介な事に、今も現場に白スーツが残っている」

 緑の組と赤の組の計四人が、一斉に立ち上がった。

「瑞志那……」勝利が独り言ちる。

 確か、毎週火曜日限定でまんぼう亭のキッチンに入る者の名だ。未だ対面を果たしてはいないが、湖守の側近の一人、と勝利は想像している。

「縫修は、ライム。君が担当してくれ」

 その湖守が、緑の縫修師を指名した。

「はい」

「では、その間、白スーツの牽制は私達がやります」

 毅然と覚悟を固めるミカギ達に、リーダーが一瞬表情を曇らせる。言おうとして飲み込んだのは、「しかし」の一言かもしれない。

 縫修専用機であるチリには、本来、対吸魔以外の戦闘など不向きだ。スールゥーの両腕を削り取る白スーツの足技は脅威で、攻守いずれを考えてもチリに「任せた」を言いたくはないのだろう。

 百合音が聞いている事を承知の上で、勝利は「俺も行きます!!」と、一人後から立ち上がる。「きっと、不二が役に立ちます。この前みたいに」

 隣に座る少女の視線が、横からゆらゆらと勝利の頬を撫でつけた。

 頭の良い子だ。しかも、襲われた男性の事を思い、一刻も早くライム達を送り出さねばと、一切の説明を求めずにいる。

 気づいた湖守が、「百合音ちゃん。君は帰りなさい」と柔らかく帰宅を勧めた。「帰り道は暗いよ。一人歩きになるし、気をつけて」

「はい」立ち上がるなり、「お気遣い、ありがとうございます」と何度目かの礼をする。

「またおいで」

「はい。縫修の成功をお祈りしております」

「ああ、ありがとな」ダブルワークが右手を上げ、少女を見送った。

 去り際に浮かべた微笑は、ダブルワークとミカギ達が受け止める。ライムにも届いていたというのに。

 そして店内には、神々と神の力を振るう人間だけが残された。

「勝利君」

「はい」

「君は、ダブルワークの中から不二に指示を出すんだ」エプロンをつけた神々のリーダーが、勝利の提案、つまりは勝利の参戦を良しとする。「ダブルワークと君とで見る対象が違うが、現場で上手い事対応してほしい」

「それなら、俺がチリに搭乗した方がみんな楽じゃないですか?」

「お前は俺に、だ。一択だろ」緑髪の男が顔をしかめ、自身の胸をぐいと指す。「神格が高い方が、いつだって白スーツの影響を受けにくくなる。お前は、チリの中で邪魔がしたいのか?」

「いえ、そんなつもりでは……」邪魔という響きが堪え、勝利は慌てて引き下がった。

 先程百合音に自分で明かした話を思い出す。

 「未来の吸魔」という重い宿命は、勝利に制限下での活動を強いる事が多い。たとえ、勝負神の代理として確率操作が可能になろうとも。

 いや、だからこそ。勝利は勝利のままでいられるよう、神々の力と工夫が常に状態の安定を支えている。

 ダブルワークへの搭乗を勧められるのも、その一つだ。

 何とかするしかないか。分割画面の一つを占有させてもらい。

「大丈夫だって」ミカギが、白い人差し指を立てる。「不二は自分で考えて動くし、勝利を必要とする指示は力の解放くらいよ」

 湖守に挨拶を済ませ、赤の縫修師が勝手口の外に消える。続いて、チリもドアに手をかけた。

 そのチリが、一度だけ振り返る。

「但し、端末はいつも耳に当てておけ。音も声も、全てが判断の為のヒントになる」

「はい」

 赤、そして緑と二組が勝手口から外に出た。コートを羽織り、勝利も急いで後を追う。

「俺も、行ってきます!!」

「気をつけて」

 足の長い神々が二段飛ばしで階段を昇る最後尾につき、速足で全段に足を乗せ駆け上がる。

 外気はすっかり夜の温度だ。帰宅時の靴音、電車の走行音が、勝利の脇腹を掠めた後、階段室の壁に当たると再び屋外に抜けてゆく。

 軽やかに屋上を目指して距離を開けるライム達の後ろで、意気込みだけは一人前の人間が、息を切らせ遅れまいと足を動かす。

 昇りきった先の屋上は、いつもより広く感じた。洗濯物を片付けた後、しかも照明のない平面ときている。

 四方を囲む鉄柵が、見事に闇に溶けていた。

 尤も、この暗さがあるからこそ、屋上で突然二人の男がヴァイエル化し不可視になったところで、誰の目にも止まらない訳なのだが。

 勝利も、自分の準備を始めた。

 コートのポケットから自分の携帯端末を取り出し、裏のリングを外して「不二」と呼びかける。

「聞いていた。主達の言う白スーツが人間を襲った、と」

 人語を話す端末用アクセサリーに、つい笑みがこぼれる。

 状況を理解し、おそらくは自らの役割をも考え始めているのだろう。ミカギの指摘する自律型の頼もしさが、これだ。

「湖守さん達は、被害者がその場で吸魔になると踏んでいる。ライムさん達が縫修を、白スーツの相手をチリがする。お前は、チリの援護をしてくれ」

「了解した、主」

「俺は、ダブルワークさんの中に入る。お前はこのまま自力で飛んでついてきてくれ」

「それがいい」搭乗直前のライムが、側に寄るよう勝利へと手招きをした。「池袋上空では、白スーツの男が待っている。すぐに不二のシールドが必要となるだろう」

「待っている、って。……何の為にでしょうか」

『おそらく、狙いはお前だ。勝利』一瞬でライムを取り込んだ後、白い右手が勝利をそっと掬い上げた。『だから今回、お前は奴と関わるな』

「え」小さな失望が、つい声になって口を突く。「ダメですか?」

『当たり前だ!!』白と緑のヴァイエルが、愚者でも叱るように激高した。『もうあの時とは状況が違う!! 間に挟まれた奴は、もういねぇ。今あるのは、元からの敵対関係だけだ。それが、それこそが俺達の現実ってもんだろう!?』

 言い負かされそうになって、勝利は唇を噛んだ。

 怒声のダブルワークが、更に続ける。

『俺は絶対、奴を許さねぇぞ。ついさっき人間を魔物に変えた闇神に、お前は一人、改心でもしてほしくなってるのか!?』



          -- 「13 赤と黄金  その2」 に続く --

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る