53 届け物

 携帯端末による通話を終えると、湖守は天井を仰ぎ小さくため息をついた。

 現在、石塚姓を持つ神達の間で怪我をした土地守の治療を進めているという。彼に怪我を負わせてしまった事、そして君恵を外に出してしまった事については、いずれも委ねた者の判断ミスと受け止め、湖守は自身の浅慮ぶりを責めた。

 確かに、神々の間で神格の差は、相互に及ぼす影響力の優劣を決定づける。

 但し。一時的になら、その差を縮める事は不可能ではい。

 自役と副役の発動による影響、どちらのテリトリーにいるか、などの条件により、神格の一、若しくは二に相当する差が簡単に埋まってしまう。

 君恵は、決闘神づきの下級神で、第二世代神としての神格は十九。

 対する石塚店長は、大地を守護する土地守で、神格は十七だ。しかも、二人の衝突時に石塚の方が自分の宮の中にいた。

 なるほど。彼にとって個人の守護は副役に相当するが、単純に計算しても、二人の間には最終的に一つか二つ分の神格差が残るように思う。

 こちら側のみの事情であれば。

 やはり、外から全く別の要因が働いたか。

 ライム達の言う白スーツの男は、聞きしに勝る脅威という事なのだろう。

 実際、湖守も疑問に思ってはいたのだ。吸魔が吸魔を誕生させるなら、始まりの吸魔は何処に存在するのか、と。

 遂にご登場だ。三日吸いの連鎖をもたらす者が、部下の少年を救出する為に。

「黄金の闇神か……」

 三〇分の制限を無視しこちらの世界に留まる吸魔など、縫修師を誕生させる前にも後にも、湖守達はその情報に近付く事さえ叶っていない。

 何故、今現れた。

 そして、白スーツとはそもそも一体何神なのか。

 スールゥーを手玉に取る程の力を残している神ならば、第二世代神に墜ちる前は間違いなく一桁の神格持ちという事になろう。

 言うまでもなく、現在もだが。

 炎神、戦神クラスがあり得るし、最悪なのは、それ以上の可能性だ。

 湖守は、携帯端末で鍛冶神を選ぶと、通話を希望しコール音を鳴らした。

 四回、五回、と繰り返し音は鳴り続ける。

 今夜は、緊急で小さな少年用の服とバスケットの製作を捩じ込んだ。彼の神の事。そろそろ動く、話す事が億劫になりつつある頃かもしれない。

 しかし、行動してもらわねば困る。

 勝負神が、未だ勝率操作に乗り出さない為に。誰一人声にこそ出さなかったが、頼りにしていた者はいた筈だ。

 湖守自身がそうであったように。

 珍しい事もあるもので、コール音二〇回以内で鍛冶神が応答した。

『何だ?』

「ぼ、僕です。お休みでしたか?」睡眠を必要としない第一世代神に向かって、何を言っているのだか。誤った低姿勢ぶりに自身で呆れつつ、湖守はさっそく本題に入る。「スールゥーが酷く苦戦しています。闇神相手に」

『だろうな』

「はい。現状の縫修機では……」

 話を続けようとしたところ、鍛冶神が『ああ』と遮った。『湖守。あれを見つけておいた。今、転送する』

「はい? あれ、とは……。僕、何か頼みましたか?」

『見ればわかる』

 古き神が言い終えると共に、私室のテーブルが一瞬青い光に包まれる。

 閃光の中から現れたのは、十センチ程の大きさをしたV字の金属片だ。

 空中に浮いていたそれがゆっくりと降下し、音も無くテーブル上に落ち着く。

 湖守は、その色彩に口端を下げた。

 どういう訳か、見事な藤色をしている。しかも、不二と全く同じ色をしている辺り、意図的な調整という事は明らかだ。

「これは何ですか? 色から察するに、勝利君に託したヴァイエル用パーツのようですけど」

『シールドだ。使い方は、ヴァイエルの内に刷り込んである。渡すだけでいい』

 蓋をした胸中から突き上げてくる感情を押し殺し、湖守は一旦言い淀む。

「そんな物があるなら、バスケットと一緒に送ってくだされば……。とにかく、すぐに届けます」

『ああ。後は任せた』

 鍛冶神が通話を終了させ、湖守も携帯端末をテーブルに置く。

「マスター」会話の全てを聞いていた乃宇里亜が、少女に姿を変え実体化した。「私が届けに行きます」

「そうしてもらえるかな? じゃ、急いで」と呟きつつ、湖守は綺麗に成形されたシールドを右手で掴む。

 刹那、全身のあちこちから小さな歓喜が湧き起こった。

 この感覚には覚えがある。神としての感覚だ。

 鍛冶神づきの下級神として、携帯端末の試作機製作を補佐していた頃に何度か体験している。

 互いに呼応する親愛の波動は、なかなか収まる気配がない。

 湖守は確信する。シールドを造ったのは自分自身である、と。



          -- 「54 欠けていたもの」 に続く --

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