52 黄金の吸魔  その2

 赤と黒、四つの飛翔体から、光の直線が放たれる。

 白スーツの男が、優雅な立ち姿を維持し横に滑った。

 躱されたとの確認をせぬまま、四つの分離パーツは闇神へとビームを見舞い続ける。

 執拗に、執拗に。

 足下は市街地という事情もあるのだと思う。射角、出力は非常に綿密に調整され、外れた光の筋が建物や鉄塔を直撃する事は決してない。

 縫修専用機という言葉を、勝利は改めて噛みしめていた。

 慣れたものだ。彼等は一体、どれだけの回数に及ぶ吸魔戦を市街地上空で繰り返しているのだろう。

 と、その時。勝利は大きな疑問に囚われた。

 白スーツにとっても、足の下は市街地だ。もし、今より更に高度を下げれば、チリとスールゥーは射角を選ぶ事さえできなくなる。

 ビーム兵器封じには最適の方法ではないのか。それに気づいてもおかしくはないのに。

 敢えて高度を更に上げ、闇神は謎の笑みを浮かべていた。余裕綽々というより、今は明らかに強気の挑発顔がこぼれている。

 闇神が、右の靴先で軽く空気を叩く。

 赤と黒の飛翔体が四つ共、停止位置から消えた。一瞬で、白片が成す包囲の外にまで飛ばされたのだ。

 白い波紋が四本の直線にかき乱され、ゆるゆると元の形に戻ろうとする。

 黄金の風が、三度吹いた。

『ぐゥッ!!』という呻き声を残し、再びスールゥーの巨体が大きく後方に飛ばされてゆく。

『まただ、黒の縫修師。彼の翅を奪った者の名を吐き出すまで、私の攻撃は、続く!!』

 白スーツが呟く語尾に、怒りの喜色が混じった。

 黄金の突風が、短い間隔でスールゥーを連打する。

 間違いなく、闇神は本気だ。防御の困難な黒組の二人が堪えきれなくなるまで、小さな手間を重ね無限に続けるつもりでいる。

 そもそも彼の狙いは、奪還一つに絞られてなどいない。虫の少年が翅を撃ち抜かれた事に激怒し、神々への制裁が加わってしまった。

(勝負神!! 出てきてください!! 縫修師達が危ないんです!!)

 勝利は、内に棲む神に届けと心の絶叫を放つ。

 外の状況はリアルタイムで見、聞こえている筈だ。同族として思うところがあるなら、自主的な反撃で、今頃はスールゥーに戦勝をもたらしていてもおかしくはない。

 何なのだろう、この無関心に近い沈黙は。

(貴方がやらないのなら、俺に確率操作をさせてください!! スールゥーを勝たせたいんです!! このままでは、虫の少年を取られてしまう!!)

 勝利の内に、湿度の高い失望が広がる。

(勝負神……?)

 尚も、反応は皆無だった。内々のミュニケーションさえ忌避され、勝利の唇が真一文字を描く。

 仕方がない。そろそろ、今ある沈黙からその意味を紐解かねば。

 たとえそれが、勝利達とは全く相容れない発想の下にあろうとも。

(あの子を闇に返したいんですね? ライムさん達やまんぼう亭の秘密を知った、あの子を)

 波風一つ立たない思考世界に、今度は勝利が無音の舌打ちをした。

(昼間、あの白スーツと俺達を遭遇させたのも、貴方に考えがあっての事なんでしょうけど)

 骨を包んでいる肉の手で拳を握り、遂には本物の声を絞り出す。

「一体何がやりたいんですか!? 何で俺と話さえしないんです?」

「……君」

 誰かが、勝利の名を叫んでいる。

「勝利君!!」

 それは、隣に座るライムの発する声だった。

 我に返ると、眼鏡の紳士が新緑の虹彩に縫修師としての輝きを加えたまま、モニターから目を離している。代わりに睨みつけているのは、直前まで心ここにあらずという有様だった同乗者だ。

「……ライムさん」

「会話を試みていたのか? 勝負神と」

 首肯し、その後で勝利は目を伏せる。

「呼びかけるだけ無駄でした。出て来てくれなくて」

「そうか」やや残念そうに、ライムが呟く。「君恵さんの縫修は、昨日の少女よりも成功確率が低い。対象が神の場合、刺接点は四つ。更に複雑にもなるんだ」

 顔を上げ、勝利は「そう!! ライムさん、刺接点!! 俺と話なんかしてる場合じゃ」と球状モニターの正面を指す。

「二つ目の位置の特定を終え、ダブルワークに伝えたところだ。次の位置特定が可能になるまで、私にはする事がない」

「あ、そうなんですか」流石は、湖守が頼りとする緑の縫修師だ。一度は安堵するものの、勝利の内を落ち葉の味がする寂寥感が脇腹の辺りから広がってゆく。「ライムさん。俺、あの白スーツと話がしたいです」

『何だと!?』

 驚きのあまりダブルワークが、誤って剣先を空中で滑らせた。

 ライムはライムで勝利をじっと見つめ、突飛な話を持ち出した発案者の真意を探ろうとする。

 刺接点の位置をも見透かす、陽光に染まった新緑の虹彩で。

「勝利君。君が何をやろうとしているのか、大体の見当はつく。あの男が部下思いであるところには、留意すべき価値があるのだろう。だが、少年の翅は戻って来ない。話し合いで解決を目指そうと考えるのは危険だ」

「でも……」

 勝負神に希望を見出す事ができないのであれば、多くの人間を巻き込まずに戦おうとする闇神と打開の途を探るべきではないのか。勝利は、そんな気がしてならなかった。

 いずれにしても、闇神の攻撃を中断させる事が叶えば、スールゥーを危機から救ってはやれる。

「今のままでは、五分後でも一時間後でも状況は同じですよ!!」

「勝利君」ライムの左手が、勝利の右腕にそっと触れた。「落ち着くんだ」

 何を言い出すのだろう、と勝利は触れられている部分を熱く感じ、返事に窮した。

 無言の勝利に、ライムが言葉のピンを刺す。

「君は今、役割が欲しいのだな。違うか?」



          -- 「53 届け物」 に続く --

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