51 黄金の吸魔  その1

 随分と安い挑発だ。

 白スーツの男が放つ言葉の全てに、ざらりとした感触を与える小粒の砂が撒いてある。

 しかも、闇神は優雅に手招きさえし笑いかけた。

『そうか。今の縫修機では装備が足らないのだな。気の毒に』

『だから、うるさいんだよ!!』

 男の前で激高したスールゥーの五指が、大きく開く。

 憤りのまま全力で掴みに行き、握り潰す勢いで右手を閉じる。

 勝利からは、それが非常に切れの良い動きと映った。タイミング的にも間に合っている、筈なのだが。

 黄金の長髪が左右の揺れを鎮めた時、白スーツの姿は何とヴァイエルが握った拳の上にあった。

 黒組二人に対する嫌がらせのつもりなのだろう。顎を引き、端正な面差しで『惜しかったな』と白い花びらを一枚人差し指で押し進める。

 自ら発光する白片は、黒いヴァイエルの唇を優しく撫でると機体後方に流れて消えた。

『あ~~ッッ!!』

 拳でシートを叩いたのか、ツェルバの怒声に鈍い打音が一度だけ重なる。

『落ち着け!! ツェルバ!! スールゥー!!』

 ダブルワークが警告するも、『黙ってて!!』と二人は同時に反発し、それきり黙ってしまった。敵味方三人のみで縺れ合う勝敗の世界に、黒組はすっかり没頭している。

 湖守の忠告を忘れ。

「本当に、縫修機には無いんですか? 捕獲用ネットみたいな捕まえる為の道具は。見てて俺ももどかしいです」

 ダブルワークの返答を期待し、勝利は縫修機の仕様という部分に改めて触れる。吸魔にこそ積極的に使用すべきでは、と思うのだが、昨日の縫修の際、緑と赤の縫修機はいずれも捕縛用の道具というものを持ち出したりはしなかった。

 それでいいのだろうか、との素朴な疑問が勝利の中で形を整える。

『何度も言わせんな。俺達は、縫修専用機だ』両刃刀を左右の腕に装着しつつ、ダブルワークが勝利を諭す。『デリケートなんだよ、縫修は。お前だって、女の子吸魔の乾きや怒り、覚えてるだろ。そんな吸魔に網をかけて動けなくした後、ピンを三回も刺してみろ。その後、ライムとのコミュニケーションがまともに成立すると思うか?』

「……いえ」

『心を閉ざす切っ掛けは、なるべく取り除いてやらねぇとな。だから、逃げる暴れるは、こっちで勝手に対応するんだ』

「で、でも。そういう配慮って、ダブルワークさん達の負担を上げてしまいますよね。縫修できるチャンスは最長でも三〇分だけなんですから」

 首を右に傾けると、刺接点の位置特定に全力を挙げているライムの横顔があった。眼鏡越しに吸魔を凝視し、二人のやりとりには一切耳を貸そうとしない。

『それを何とかしてこその縫修機だろ』明るく話すダブルワークの声音に、普段はぞんざいな物言いをする彼の甘さがそっと顔を出す。『ま、時間制限はちと厄介だが、手間だの戦闘のリスクだのは、俺達が幾らでも引き受けてやる』

『そうそう。僕達は、これでいいのさ!!』

 我に返ったスールゥーが、両方の掌を胸の前で勢いよく重ね合わせた。

 敵を挟み潰す意図があったのだろうに、その二枚板の間を白スーツは巧みな回避ですり抜けている。

 ツェルバが再び舌打ちをした。黒組の縫修機がスールゥーの方だという事に、勝利は小さな感謝をする。

『これでいい? 光域の神ならば、全てが許されるとでも思っているのか?』空中で反り返り下弦の半円を描くと、闇神がスールゥーとの距離を一定以上に確保した。しかも、黒の縫修機の言葉に勝手に反応をしつつ、呟く声からは奇妙な憂いが滲み出る。『私も、一目置いてはいた。長く見守ってきた君達には、な!!』

 突如加わった。

 男の発した語尾の中に、何かを決意する重い気迫が。

 直後、黒いヴァイエルの左腕を黄金の風が横に鋭く撫でてゆく。

『あゥッ!!』

 痛みを訴え、黒の縫修機が白スーツに背を向けぬよう急速に離れた。意識した行動ではなく、脅威を感じ取った者の反射だ。

(何が、起きた?)

 傍観者の勝利は、原因と結果の関係が上手く理解しきれず、慌てて今ある両者の様子を比較し直す。

 白いスーツ姿の男は、今も同じ位置に留まっていた。黄金の髪も束ねられたまま真っ直ぐ地上を指し、揺れてなどいない。

 しかし、スールゥーの左肘には横一文字の傷が無惨に穿たれていた。

 切り傷というより、削り取ったような鈍角の傷だ。

『まだ足らないぞ。君達が与えた屈辱の礼には』

 空中を浮遊したまま、闇神が右の靴先で床を叩く仕種をする。

 今度は、スールゥーの体が斜め上の後方に弾け飛んだ。

 黄金の風が男の正面から発生した後に。

 ヴァイエルの巨体が、だ。

「な、何が起こっているんですか!?」

 ダブルワークの両刃刀と吸魔の角が衝突する。

 ライムは、刺接点を見つけ出すので精一杯だ。

 頼りとする二人に無視をされ、勝利は激しい口中の渇きを自覚した。やがて、浮足立ったまま一つの発想に辿り着く。

 それは、次第に抗い難い誘惑となって勝利の思考を甘美に絡め取っていった。

 確率操作による戦闘への干渉。

 不可能ではない、という確信は、完全勝利なる結果との距離まで既に測り始めている。

(勝負神。聞こえているのでしょう?)

 勝利は、無音の声で内に潜む高位の神に呼びかけた。白スーツとスールゥー、両者の間にある力の差など人間でもわかってしまう。

 今のままでは、黒の縫修機に勝機などない。

 戦闘に向いた力を持つ闇の神が相手なのだから。



          -- 「52 黄金の吸魔  その2」 に続く --

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