50 黒の怒り  その4

 ダブルワークの球状モニターから、虫の少年達を表示している画像が二つ削除された。

 代わって、中央右に新たな画面が一つ加えられる。映像の主役は、追うスールゥーと追われる側の闇神だ。

『お前か!?』スールゥーの内部で黒の縫修師が激高すると、『お前なのか?』と白スーツが数段低い声でほぼ同じ言葉を送り返す。

 会話が成り立つ気配などない。

 それでも構わないのか、両者の間で言葉の応酬が始まった。

『あの子をあんなにしたのは、お前なのか?』

 虫の少年に関する質問を、ツェルバが激しく投げつける。

『あの子か……。随分と思い入れがあるようだな。その彼から翅を奪い、神々の前に肢体を晒させた者がいる。君なのか? 黒の縫修師』

 勝利の側頭部を、罪悪感というハンマーが水平に殴打した。

 違う、ツェルバ達ではない。

 慌てて名乗ろうとしたのだが、ライムとダブルワークが同時に「よせ」と制止する。小さく開いた口からは短い息が出るばかりで、とうとう声にはならなかった。

『うるさいよ。誰がとか、関係ないだろ!!』

 若神が叫んだ直後、スールゥーの五指が白スーツの男を握り捕らえようとする。

 今度は真下へと急降下し、闇神が黒いヴァイエルとの距離を再び確保した。

 束ねている長い金髪が、体に遅れながらも男についてゆく。

 スールゥーは、その金糸にさえ触れる事ができなかった。

「あれ……?」

 ダブルワークが捉えている拡大画面に、勝利は強い違和感を覚える。

 二者が駆け引きを繰り返す中、正体はすぐ明らかになった。

 もしや、先程から白スーツは、頭どころか目さえ動かさず体さばきを行っていないか。その為、ダブルワークの間近でスールゥーを躱した時よりも反応が一拍速くなっている。

 おそらくは、やめたのだろう。人間の振りというものを。

「ライムさん……。あの白スーツ、スールゥーを目で追っていませんよね。そういう神様もいるんですか?」

 そう。あくまで白スーツを例外として扱うべきだ、と考える。

 緑の縫修師は、刺接点を探る際、新緑の虹彩に更なる輝きを宿す。間違いなくライムは、地上の風景や魔物を捉える為に二つの目を頼りにしている。

 専用縫修機の位置づけにあるダブルワークも、だ。

 未だ通常の虹彩のまま、ライムが小さくかぶりを振った。

「私も初めて見る。第一世代神ならまだしも、神造体という器持ちになった第二世代神には、本来必要なんだ。眼球か、それに類するものは」

「じゃあ、白スーツは古い神のまま……。強敵じゃないですか!!」

 ライムが眼鏡の奥で目を細め、改めて画像に見入る。

「本当に、そうなのか……?」

『ならば、私も答えはせずにおこう』

 第三者がドキリとするタイミングで、白スーツが何かを拒絶する。それがツェルバに対する返答なのだと理解するまで、勝利は呼吸一つ分ほどの時間を要してしまった。

『許さない!! お前!!』

 巨大な黒の縫修機が、人間サイズの白スーツ目掛け一方的に五指や拳を繰り出す。しかし、捕獲を目的とした技は悉く僅差で躱されていた。

 対する白スーツの男は、何故か優雅に身を翻すばかりで一向に反撃に転じようとはしない。

『だったら、どうするというのだ? 黒の縫修師、そして縫修機』

 その双眸に怒りの輝きを漲らせつつも、白スーツは笑っていた。

 口端と眉を上げ涼しい顔のまま人間の服を着こなし、巨大なヴァイエルをいとも容易く手玉に取る。

 スールゥーが舌打ちをした。空振りが続く中、黒の二人が苛立っているのは上手くない。

『吸魔に縫修をしてやりてぇんだが……』

 言いかけてやめるダブルワークの心中を、勝利は察してやる事ができた。

 理屈ではなく勘の部分で、非常に危うい状況になりつつある、と誰もが理解しているのだ。

 赤いチリから、二機の射撃武器が分離する。

 不二がミカギの側にいるからこそ、自分がスールゥーを支援せねば、と判断したのだろう。

 白スーツには、未だ隠し持っている手がある。スールゥー単機が最も危険に晒されるのは、その手の内が明らかになった瞬間だ。

 自らの回避を優先し、闇神が薔薇精の群れに突入する。

 白い花びらが、四方に押し出されるようにして更に広範囲に広がった。

 スールゥーもよくやっているが、闇男の能力は、星雲機が持つ運動性能を遙かに凌駕している。

 さながら、移動というより、消失と出現の繰り返しだ。

 当然、巻き込まれてしまった人型の薔薇精達が逃げ場に迷い翻弄される羽目になる。

 回避が間に合わないと悟った者から、咄嗟に白い花びらに戻ってやり過ごす。人型を得直すタイミングを測りかねたまま。

 結果として、薔薇精の相当数が花びらのまま頼りなげに空中を漂う事になった。

『ふぅ~。白スーツとスールゥー達に感謝ね。おかげで、こっちまでやりやすくなってきた』

 ミカギが、如何にも一波乱過ぎたと言わんばかりに息を吐く。

『スールゥーの援護は、僕がする』少年の兄弟達を引き連れ、チリが後退を始めた。『ダブルワークは、公恵さんの縫修を』

『ああ。任せろ!!』

 薔薇精の視線が減ったのをこれ幸いと、ダブルワークが花びらの向こうにいる赤紫の獣に突進をかける。

 球状モニターの正面方向が変わり、僅かに残った人型の薔薇精と白い花びらの奥で様子を窺う吸魔がライムの正面に据えられた。

 縫修師の横顔で、新緑の虹彩に内なる光が注がれる。

 刺接点の位置探査が始まったようだ。

 次第に左手、というより後方へと移り始めるスールゥーを、勝利は祈る思いで追ってゆく。

『ちょろちょろと!! うっとぉしいんだよ!!』

 白スーツが、するりと全身を数メートル程横方向へと滑らせ肩をすくめた。

『どうした? 黒の二人組。反撃一つしない敵一人に、君達は何を手間取っている』



          -- 「51 黄金の吸魔」 に続く --

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