24 土地守が営む店 その2
コンビニの入った建物は二階建てで、一階が店舗、二階が経営者の自宅になっている。四台しか入らない駐車場は満車だ。
流石、昼時ともなれば、徒歩でやって来る客の方が店を出る客の数よりも多い。
勝利の視界に、出入りの客達が一切顧みる事のない光の帯がちらついた。
入り口よりも更に上、コンビニの看板辺りだ。タオル程の長さをした光の帯が力なく絡みついている。
靡いているのだが、どうやら風の所為ではないらしい。時折、何かに引っ張られたように中央だけが突然上に浮くのだ。
ハンカチやタオルの類ではなかろう。ほとんど無職透明で、布というよりむしろビニールの質感に近い。光沢があるもの特有の光の弾き方をしている為だ。
勝利は、何度か瞬きを繰り返す。錯覚でなければ、光の帯には小さな頭と両腕がついている。その形すら、ふわりと靡くと布の皺の中へと消えていった。
「え…、と…」
最早紡ぐべき言葉もなく、勝利は指さす先を光の帯に変えライムとダブルワークに説明を求めた。
気の所為でなければ。
そう。敢えてそう見ようとせずとも。人間でない何者かがコンビニの看板を磨いている、あれはそういう光景だ。
一体何時から、近所のコンビニには妖精達が常駐しているのだろう。
「ありゃ、木の妖精だな」知り合いでも紹介するような口調で、ダブルワークがライムの肩から手を離す。「何処でもそうだが、土地守とは仲がいい。土地守ってのは、『動かず』の守護者だからな」
「でも、看板磨きなんて…」と、勝利は木の妖精なる人外とフランチャイズ店のミスマッチを嘆く。「人間がやるにしても、時間給を出すくらいの労働ですよ」
「いや。おそらくあれは、自主的な奉仕だ」コートの包みを抱いたまま、ライムが献身的な妖精に目を細めた。「ここの土地守は、特に慕われているのだろう。いい関係が構築されている」
「えぇ~?」勝利は、美談の体裁を受け入れきれずに顔を歪めた。どちらかというと、妖精のお人好しぶりにつけ込んでいると解釈した方が自然な場面ではなかろうか。「もしかして、ずっといたんですか? あの妖精は、うちの近所に」
「そういう事」ダブルワークが、したり顔で首肯する。「お前が東京に引っ越してくるずっと前からな。見えずにいたからわからなかった、ってだけだ」
勝利は、何とも微妙な気持ちになった。深夜にも利用する最寄りのコンビニは、確かに看板がいつもきれいで店外の明るさに心が癒される事も少なくなかった。
有人を確信させてくれる店の灯り。この一帯に住む人々は、目前にある店舗の存在にずっと救われていた。深夜でも灯りをつけている者がいる、誰かが起きている、という事実があるから。少女の失踪事件が起きた地域でも、毎日枕を高くして眠れるのだ。
「それが土地守…」
勝利は、経営者の顔を見知っていた。
系列店の制服が無駄に似合う五〇代の男だ。必要な事をやや早口で伝えるので、あまり接客向きではない気がする。
しかし、自ら店に立つ事も多く、二階の自宅と一階の店舗の間を外づけの階段で行き来しているところに、勝利は時々行き当たっていた。
妖精達が慕う程の土地守なのか。男の正体を知る者として話しかけるのは、勿論初めてになる。
「まず、君が一人で会ってくるといい」ライムが、軽くコートの包みを上下させた。「こういう連れがいては、私達は土地守の拠点に踏み入る訳にはゆかないからな」
「はい」返事をしてから、勝利は「不二」とヴァイエルの名を呼んだ。
七・八メートル離れた塀の内側から、藤色の機体が接近してくる。
「…随分距離を取りたがるな」
「あれが怯える。そう判断した」
言葉と視線で紳士の背を指す不二は、あくまでライムの正面に回ろうはしない。ただ、その判断が正しい事は勝利達三人全員の共通した認識だった。
「頭がいいんだな、不二は」自律型として、信用するに足る。勝利はそう判断した。「そのまま、あの子を怖がらせないようにしてライム達の側にいてくれるか?」
「了解した、主」
「もし、白いスーツの男が近づいてきたら、俺じゃなくライムとダブルワークに知らせて、すぐ指示を仰いでくれ」
まずライムを、次にダブルワークを掌で指し、勝利は不二に略式の紹介をする。
「ライムとダブルワークか。了解した、主」
「じゃあ、行ってきます」と一人店を目指し、小走りを始める。
一般論の上に立つなら、監視役というものは、放ったままにするものではない。必ずや、白スーツの男かその部下が、直接少年と接触すべく向こうから近づいてくる筈なのだ。
泣き食い虫なる少年は既に翅を失い、仲間と合流する術を失っている。言葉を話す事さえできないのだから、敵なりに異常か起きたと気づいた時点で必ずや動きを起こす。
その時、不二に必要なのは、勝利のような素人の判断ではなく、ライムやダブルワークといった闇との衝突を幾らかでも想定している神の判断だ。
店の看板下に立ち、まず自らが決めた仕事にいそしんでいる木の妖精に、軽く手を挙げ挨拶をする。
返事を受け取る前に、店内へと歩みを進めた。適度な暖房が、冷えた体に心地よい。
壁掛けの時計が、十二時二一分を指していた。正に、お昼時だ。
会計待ちの客達が五~六人並んでおり、二つあるレジのどちらかが空く度に前へと進む。店内には、他に客が十人以上、店側の人間は合計三人いる。
その中に、やはり働き者の店長も加わっていた。二つのレジをアルバイトに任せ、コーヒー・サーバーの使い方を不慣れな客に説明している。
ああ、この人も湖守と同じタイプなのだな、と勝利は確信した。人間との共存の中に自身の居場所を見いだし、積極的に人間の支援をする事を選んでいるのだ。
サーバーがカップに液体を落とし始めると、店長か振り返り、その様子を遠目に眺めていた勝利と視線が交錯した。
「あ」と声を上げた後、「勝利様」と無音の唇が形を成す。
「こんにちは」と勝利は返した。「様」づけに尻の辺りを撫でたくなるものの、「恥ずかしいからやめてください」は言わずに飲み込む。「一昨日は、ありがとうございます」
要点だけの濃厚な物言いをすると、店長が自身の胸に手を当てた。
「具合の方は?」
「落ち着いています。店長のおかげですよ」吸魔の件を通報してくれた礼を取り敢えず告げ、勝利は本題に入る。「お忙しいところを申し訳ないのですが、少しだけ、お時間をいただけますか? 五分、…いえ、十分で済ませます」
そう言いながら、勝利は視線で外に出る必要のある事を伝えた。
店長が頷く。
「鈴木君。僕は駐車場にいるから。十分くらい」
「はい」と従業員が返事をした。
何かを知っているのだろうか。店長が一瞬真顔になった。
「急ぎましょう」
-- 「25 呼び出しに応じた女」 に続く --
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