02 闇の王 その2
心話とは、第一世代神のみが持つ神間交信能力の事を言う。
古き神々を襲った過去の大災厄、神々の喪失。あの悲劇によって神格が大きく下がってしまった神の多くは、高い能力よりも我が身の純度と高潔さを選び、更に神格が下がる事を承知の上で神造体なる器を用意し、積極的に自らを融合させた。
かつて時神は、現在残っている第一世代神が、自分と鍛冶神、そして死神の三人だけになったと語っている。
鍛冶神と死神は、いずれも時神の理解者ではない。加えて、時神が闇の王となる事を選んで以降、時神と両者の確執は決定的なものとなった。
二人の強い思いによって、時神は心話の双方向性を否定されている。時神の方も、味方でない神とのコミュニケーションには何ら価値がないとし、自らも閉ざしたようだ。
相手が存在してこその心話であり双方向性だが、能力者達が率先して廃れさせては何が残ろう筈もない。
神々の喪失の後に起きたのは、神々の断線ではないか、と女神も考えている。
その再接続を目的とした機械が、時神の手にある携帯端末だ。今や、神々すら人間の確立した技術に依存しているというのに。
いつ、どのような経緯でこの時代に現れた高位の神が、心話などを使い、闇にまで届く神名乗りを行ったのか。
時神でなくとも興味が湧くのは当然だ。
ましてや、その四人目が、密かに活動する縫修師達の側で人間と神々の間に立とうとするなら、尚更に。
「一周勝利。ヒトの世界に紛れる為に用意した神造神の名か」
携帯端末に触れ、時神が二度三度と我流のロックの解除を試みる。が、やはり上手くはゆかない。
端末の所有者であった下級神は解除に非協力的で、解除コードと鍛冶神づきの下級神の名と居場所、『勝利』の文字を名に持つ神についても一切明かす事なく、その身を存在諸共焼失させた。
こちら側もまた、ロック解除の為に闇世界の力ではなく、地上世界の技術を頼らなければならなくなりそうだ。
「しかし、おかしいですね」女神は部下として、端末の問題から一旦意識を引き剥がす。「名でも明らかな通り、神代の名を手放しております。本来ならば、心話を使う資格など残せる筈のない神造神。どのような仕組みが働いているのでしょう」
「面白いな。実に面白い」時神の好奇心が、紅色をした薄い唇を歪ませる。「しかも、名に『勝利』を持つ神か。確率操作、勝率操作といえば、運命神が持っていた能力の一つだ。如何に鍛冶神が優秀でも、二度死んだ神の再生はできまい。…さぁて、一体何が起きたのか…」
「心話で、その神と直接お話になりますか?」
部下として、女神は偉大な背中をそっと押してやる。
しかし、銀髪の王は頭を軽く横に振った。
「無理だ。既に閉ざされている」
「もし」仮定の話として、女神は恐ろしい可能性に触れる。「真実、勝負を司る神でしたら、ゆゆしき事態ですね」
「本物であれば、な」時神もまた、可能性としてそのうちの何割かを否定した。「新参者への興味は尽きないが、奪取などの強硬手段は難しい。地上の全ては、鍛冶神と土地神の守護下にあるのでな。我々闇の守護者は、地上では弾き出されるしかない異物だ。人間と同様に縫修機を見る事が叶わず、神が放つ光域の輝きを見抜く事すらできなくなる。ネットワークへの侵入も、鍛冶神配下の力で成功した試しがない。身柄の拘束どころか、所在の特定すら容易ではなかろう」
女神が、恭しく上体を折り曲げる。
「その為の携帯端末です。たかが機械。持ち主が変わったところで、性能に変化はない…」
女が言い終えないうちに、時神の右手で破壊音が起きた。
奪った携帯端末が自爆したのだ。
-- 「03 闇の王 その3」に続く --
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