第2話
01 闇の王 その1
人間の形を模していたモノが燃えている。
四肢は完全に失われ、亀の甲羅のような半円を描く背中には今もかろうじて頭部がしがみついている。絶叫など、とうに聞こえなくなった。
もしそれが人間の肉体ならば、既に燃え尽き炎は消えていただろう。
神の器ともなると、下級神を宿した物でも肉体なる粗悪な四肢付きとは保ちが違う、という事か。
或いは、細やかな抵抗なのかもしれない。何しろ時神が、泣いて許しを乞う宿主ごと不死の神体を発火させてしまったのだから。
彼の男神は、未だ光域の神を思わせる壮絶な美貌を持ちながら、闇蜥蜴でも躊躇する残忍な行為を平然と行ってしまう。それが喜悦目的ではなく、相反する二つの思いに囚われた結果と知る者は、側近の中でも極限られている。
とうとう首が落ちて砕けた。
背中から吹き上がる炎は白く、火柱と言う程の激しい現象は起こしていない。但し、時折黒い揺らめきが混じるのは、火を放った者の性質が光域を手放し闇に大きく傾いている事を無言で示していた。
白い炎。神々の喪失前に、時神が火神から分け与えられた能力なのだと聞く。未だ高い神格を残しているが故に放つ事のできる高位の力だ。
古き神々の地位を捨て、逃げるように器入りを選んだ過去無き女神には、闇色を帯びた白い炎でも比肩するもののない尊い輝きと映る。
天空より放たれる雷光にも勝る神の威光というものが、もし存在するのであれば。時神が放つ力の中にこそ顕現する気がしてならないのだ。
白い炎は、光の狂騒に見えなくもなかった。祝福された輝きこそ失われて久しいが、重要なのは、それが不死の神さえも焼失させる力であるという事だ。
闇を統べる王の力。どうして敬意を払わずにおられよう。
それこそ、若い女神が闇の王に傅く事を選んだ最大の理由だ。
燃焼材料が尽き、神域の炎は役目を終えて鎮火する。炎は、微細な塵さえ残る事を許さなかった。
後には、元々敷き詰められていた真っ白い石の床が現れる。
処刑であり、救済の意味をも持つ儀式の終わりだ。
「今度の処分はお早いですね。時神様」手折った花でも惜しむ様子で、女神は白いワンピースの裾を揺らせる。短い黒髪と白い肌に、現代の冬服と鮮血色の口紅が映えた。「なかなかの美少年でしたのに…」
そう話す彼女もまた、人間では決してあり得ない完璧な容姿の持ち主だ。
「飽きたんだ」と、銀髪の男が優雅に左の手首で過去を払う。椅子代わりにしているのは、茎まで純白という変わった薔薇の花弁だ。「泣き喚くばかりで、肝心な事についてはなかなか口を割ろうとしない。あの程度の下級神でさえ鍛冶神に義理立てするとはな」
女神は知っている。この場合の「飽きた」は、心境の半分しか語っていないのだ、と。
取り乱すばかりの下級神に自ら闇の虫を放っておきながらも、時神は同情したのだ。「僕を殺して!!」と泣き叫ぶ少年神に。
後悔だけは決してせぬまま。
黒い虹彩に白い肌を持つ時神は、神々の喪失を機に闇を選んだ暗転世界の王だ。女顔の白い唇へ女性のように紅を薄く引き、紫色の長い衣を纏って見目麗しい不老の容貌に酷薄な野心を宿す。
身長より遙かに長い真っ直ぐな銀髪を大きく床に広げ、時神は下級神から取り上げた携帯端末を右手で優しく弄ぶ。
言うまでもなく、それは人間世界に適応したある男神が、現存する他の神々に配布して回っている多機能機械の中の一台だった。
忌々しくも闇との接触を巧みに避け、端末の配布者は人間がはびこる地上世界に神造神のネットワークを構築しようと画策している。
光域に属する神々のネットワークとは、即ち地上世界の綻びを減らし、闇を別世界として隔絶する事をも可能にする。おそらくは、三日吸いの再発防止を視野に入れた上での遠大な計画なのだろう。
それが実現すると困るのだ。
姑息にも縫修なる技術を編み出し、鍛冶神とその一党は、折角闇の力が吸魔に変えた人間を元に戻す試みに着手した。人間の時間で、かれこれ数百年以上は続いている。
十年二〇年と空白の時を置いても、国を変えても、縫修師達は吸魔の跋扈する地点に必ず現れた。闇の城に蓄えられている過去の時間は、女神が望んだペースで収集が進んでいない。
原因は、ただ一つ。縫修師達の働きが災いしている為だ。
敵として立ち塞がる縫修師の事を思うと渋面が避けられない女神に対し、時神は何故か「そのままで良い」と一切の策を講じようとはしなかった。
変化を好む時神とは思えぬ放置ぶりに、女神は時折主の真意がわからなくなる。
しかし。
昨日、闇にまで届いた一つの心話が、時神の方針を転換させた。
彼の神は、突然現れた得体の知れぬ高位の神に甚く興味を示し、敵近くにいる事を承知の上でその神との接点を欲したのだ。
-- 「02 闇の王 その2」に続く --
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