19 空中戦  その8

 赤い星が、太陽の下で妖しい闘志の炎を全身に纏う。最初のピンを打ち込んだ時もそうだが、容赦ない打の連続を華麗と思うなど、勝利にとっては初めての体験だった。

 理由の一つは、繰り出しているのがあの赤いヴァイエルだから。

 もう一つは、チリと呼ばれた機体が体術に長けている為だ。

 学生時代の勝利は、「不運を振りまく」と因縁をつけられ、複数対一という圧倒的不利のもとで喧嘩を売られる事が何度かあった。おかげで、拳を振るう人間というものの動きを記憶している。

 勿論、本意ではないのだが。

 あれら素人の体さばきと比較するまでもなく、赤いヴァイエルは伝達のロスを限りなく低く留め、必要な事だけを計算ずくで行っている。

 拳を玩具にする者は、大抵が勝利程度の体力があるだけだ。自分が直に打ち疲れる事を知っているので、肩や腹など服に隠れるところに拳をめり込ませては、相手がどれだけ萎縮したかを頻繁に確かめる。なるべく楽がしたいのだ。

 しかし、ミカギ機は違う。人間の体力に相当するものは底が知れず、剣先にまで溜めを伝える術を心得ている。

 しかも、結果を求める事を重視するあまり、感情が介入していない。あれでは、手加減が入り込む余地など皆無だろう。

 熱い闘志と、無感動な義務感。赤いヴァイエルは、その二つを混在させながら剣を振るい、蹴りを叩き込んでいた。その動きは、結果として効率という最短の舞いを生む。

 両刃刀が二度三度と青い炎盾を突き続けると、得た反動を利用しくるりと空中で弧を描く。そして、右脚を伸ばしつま先で同じ炎盾に打をかますと、膝を曲げて反動を得、またも回転して同じ場所につま先を食い込ませるのだ。

 まるで、ミカギ機の周囲だけ重力が上方向に働いているよう錯覚してしまう。おそらく、反動の得方、落下と回転の相殺の仕方が卓越しているからできる芸当だ。

 蝶が舞い蜂が刺す、という例えがあるが、虫たちは別に重力を無視し空中を移動しているのではない。その重力さえ従わせる赤いヴァイエル。ミカギの言う『打の魔神』は決して比喩などではない、と勝利は理解した。

 しかし、残念な事に、赤い星の攻撃は時として剣先やつま先が不自然に滑る。正確無比な『打の魔神』のする事ならば、その原因は一つだ。

 ミカギ機の打がより執拗になるのは、何割かが滑って無駄になる事を予め想定している為なのだろう。

 声に出して謝ると怒られてしまうので、勝利は心の中で頭を垂れる。

 ダブルワークが空中で向きを変えた。正面の映像が、吸魔の出現した穴方向に変わる。

 確かに、縮小が進んでいる。出現した瞬間の吸魔たちでは、最早通過など出来そうにない。

 映像の中で、とうとう吸魔の炎盾が消滅した。

 赤いヴァイエルはマスの中に鋭い手刀を沈め、銀色のピンを回収する。そして、ご丁寧に穴の方向へと万力を注いだ蹴りをマスの最小面に叩きつけた。

 マスが穴の方へと飛ばされる。しかも、加速しながら。

 自身の引き際を悟ったのかもしれない。得た勢いを、自身の加速に利用している。

 黒い直方体がぼやけて形を失い、不定形の炎に戻る。そして、穴に吸い込まれるようにして消えた。

「仕方ねぇ。てめぇの事も見逃してやる」とダブルワークが魔獣を威嚇する。「これ一度きりだがな!」

 黒い炎の獣が、ダブルワークに頭を向けたまま後退してゆく。その獣の形が、ぐずっと崩れた。

 今や、かろうじて四本の足が形として維持されている黒い火炎だ。マス同様やはり引き際を理解しているのか、黒い炎がもう一つ、穴の中へと飛び込む。

 空中に空いた穴が、小さく、小さくなって、遂には埋まった。

 おそらく、あらゆる角度から穴のあった場所を映しても、最早痕跡一つ発見する事はできないのだろう。冗談のような、悪夢のような、現実という代物だ。

「終わったな…」

 ダブルワークがぼやくと、『こんな終わり方ってアリなの!?』とミカギが怒声を上げる。

「今ここに、全ての原因が自分にある、と謝っている男がいるのだが。会ってゆくか? 私達はこの後、彼を連れて湖守さんのところに行く」

 シートに拘束されたままの勝利を冷たく、それでいて気の毒そうに見下ろしつつ、ライムが仲間に提案する。

『書き込みは見たけど。普通、あり得ないでしょ』

「ああ」とダブルワークが肯定した。「俺の分析もループした。やる事成す事、影響負けしやがる。まさか、神格の差で仕事に支障が出る日が来るとはな…」

『ちっ…!! ちょっと待ちなさいよ!! 神格の差って…。聞き流せる話じゃないわよ!!』狼狽という言葉と無縁そうな女性が、突然言葉を選び始める。『二人は第二世代神の中じゃ最高の第一神格でしょ。それで影響負けするって言ったら…』

 勝利にはわからない配慮から、ミカギが話の柱となる部分の断定を避けた。沈黙の中に、畏怖が垣間見える。

 まるで、百年、千年と宝物庫の中にしまっておきたかった禁忌と路上で遭遇したような。そんなばつの悪さと恐怖が、一同を支配している。

 一時は、誰もが切り出す事を避けた。

 その中で唯一、ライムだけが、数拍の後に呟いて返す。

「古き神々が目を覚ます。そういう時代が到来したのかもしれないな」

「あの…。神格とか、神々とか、話が全然見えないんですけど…」

 勝利は、表皮だけで笑っていた。もしかしたら自分は、泣きながら絶叫したいのかも、と思いつつ。

「勝利君。君の正体について、心当たりが無いではない。これから私達の上司に会ってもらうつもりでいる。根ほり葉ほり訊く事にもなるが、いいね?」

 ミカギとダブルワークが沈黙を続け、勝利の反応を待っている。とてもてはないが、「嫌です」と撥ねつけていいような空気ではなかった。

 流石に、興味よりも恐怖の方が数段勝り始める。自分が何者なのか。大きな迷惑をかけた後に知りたい人間はいない。

 ましてや、その件を思い出してはいけない気がするのだ。


 デナケレバ、スベテガムダニナル、カラ。


 でなければ、全てが無駄になるから…? 「全て」にも水泡に帰するものにも、まるで心当たりがないのに。

 周囲の勝率まで下げる、その異常現象の理由にライムは心当たりがあると言う。

 行かねばなるまい。勝利は、素直に応じる事にした。

「はい」



          -- 「20 まんぼう亭」に続く --

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