18 空中戦 その7
ヴァイエルが装備する左右二つの射撃武器は、その性質が機体と酷似しているらしい。つまり、普通の人間には不可視の存在であり、尚且つ、実体を持たない炎に対し物理攻撃を可能とする。
勿論、敵側からの斬撃や体当たりには適時対処しなければならない、という事でもある。今回、ミカギはそれに遅れたのだろう。
「もう、徹底的にごめんなさいっっ!!」
ミカギ機に繋がっているか否かを知らぬまま、勝利はただひたすらに謝った。
「勝利君、もういい」
見かねたのか、ライムが制止にかかる。
「ライムさん…」
「もう、いいんだ」
秀麗なライムの顔が、眉間に皺を寄せ頭痛を覚えた表情に歪む。
更にもう一度謝ろうとしたが、勝利は言葉の全てを胃に流し込んだ。気持ちの消化不良を起こしながらも映像に意識を転じ、その全てを見届けねばと義務感に燃料を投下する。
射撃武器を両肩に回収し、赤いミカギ機も一旦マスからの距離を確保した。
ライム達が勝利に開示したかった光景は、何かに失敗するこのようなものではなかった筈なのに。意図したものではないにしろ、結果として勝利が滅茶苦茶にしてしまった。
彼等の仕事を。そして、勝利に対する善意をも。
何処かで楽観してしまった気はする。星々の輝きを塗布したこの機体ならば、勝利の体質さえ凌駕する特性を発揮するのではないか、と。
しかし、それは大きな誤りだった。身の丈に合わない大きな欲望で思考を満たした瞬間から、勝利の敗北誘導体質はダブルワークやミカギ機さえ影響下に置いてしまった。
分析をも台無しにしてしまったのだから、吸魔の親戚筋と疑われても、今は何一つ反論できない。
問題なのは、ヴァイエルの中で勝利が敵に利する働きをした事。あまりにも重大なその一点に尽きる。
今日、アパートの自室に帰れるのだろうか。そんな根底の部分が揺らぎ、勝利は拘束されている現実に心の中で項垂れた。ダブルワークの言う「もう少し付き合いな」が、戦闘の終了までの時間を指しているのとは違う。そんな印象にも包まれる。
ダブルワークと魔獣、ミカギ機とマスが、それぞれ対峙したまま空中で静止した。
どちらの吸魔も、自分達が決して不利ではないと悟っている。喧嘩でも同じだが、そういう相手と対しつつ引き際を見極めるのは難しい。
「これから、どうするんですか?」
それぞれの思惑から攻めに転じない敵味方が、ただ睨み合う。双方を映像で追いつつ、勝利はライムに方針を問うた。
「戦闘の継続は困難だ。穴が閉じるのを待つ」
「穴って…。さっき、吸魔が二匹出てきたあれですか?」
「そうだ。吸魔の全身がようやく通れる程度の大きさなら、穴は自然と修復する」
勝利は、心中で右手の拳を左の掌に打ちつけた。彼等が吸魔出現まで辛抱強く我慢していた理由に、ようやく気づいたのだ。
「あ。ダブルワークさんがしてくれた、さっきの話ですね」
ライムが首肯する。
「吸魔といえども、こちらの世界では自力で空間に穴を開ける事はできない。人間を襲いに現れる時も、穴が閉じる前に奴らは帰ってゆく」ライムが、睫毛を下ろすように瞬きをした。「穴が開いてから閉じるまでの時間は、最長でも三〇分。あと六分五〇秒凌げば、我々がこの上空に留まる理由は自然と消滅する」
『じゃあ私は、最初のピンを回収するわ』
ため息と共に、ミカギ機が直進する。あわや衝突という瞬間、前屈の要領で機体はマスの下面に潜り込んだ。
左右両方の両刃刀で、またも容赦なく切っ先を直方体の下面に打ち込み続ける。剣と盾の攻防戦だ。
「手伝ってやろうか?」
助け船を出そうとするダブルワークを、『冗談!!』とミカギが激しく拒絶した。『私の相棒を誰だと思ってるの!? チリは打の魔神だよ!! 回収くらい自力でやれるわよ!!』
勝利は、驚いて口を丸くした。ミカギの威勢に、ではなく、わざわざピンを回収せんとする追跡者のやり方に、不合理さを感じたからだ。
「ピンって、回収するものなんですか?」
「失敗した場合は、な」ライムに代わり、再びダブルワークが説明役に復帰する。「あのピンには、こちら側の情報が書き込んである。しかも、『力』持ちだ。体に刺さったまま持ち帰られると色々まずいんでな」
「失敗した場合…」
「謝るなよ、勝利。謝るなよ。まだ謝るようなら、思いきりグーでぶっ飛ばす!!」
「…はい」
とうとう脅迫され、勝利は萎れて口を噤む事にした。
「流石に、縫修までは持って行けそうにねぇな」
諦観に逆らいきれず、ダブルワークがぼやく。
ホウシュウ?
聞き慣れない言葉に、勝利の脳内を占める好奇心の引き出しに新たな語句が加わった。
今尚、部外者を敵ではないと信じているから、やりとりを聞かせてくれるのか。それとも、縫修の事など既に敵さえも把握している情報故、隠す事に躊躇いがないのか。いずれにしても、ライム達追跡者に纏わる情報が今、勝利の頭上で飛び交っているのは事実だ。
一言も聞き漏らすまい。蓋をし頑丈にロープまで巻いた筈の欲望が、容器の端から隙を突いて吹きこぼれる。
「ああ。吸魔の撤退後、勝利君を湖守さんの所に連れて行こう」
「賛成だ。この事態は、俺達だけの手には余る。上の判断が欲しい」
上?
「ライムさん達には、上司がいるんですか?」と尋ねかけ、「ラ」を発音したところで後続の全てを頬袋に溜める。
無国籍な印象の彼等を束ねる上司の存在か。その上、コモリは日本人を連想させる人名だ。
会える、という話につい心が弾んだ。不安の渦中にありながら、勝利は思わず破顔してしまう。
妨害者の身に降りかかる最大の危機なのか、情報収集に適した千載一遇の機会なのか。勝利自身にも、次第に判別がつかなくなってくる。
-- 「19 空中戦 その8」に続く --
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