17 空中戦  その6

 ダブルワークは、決して怒りを露わにしているのではない。戦闘に集中するあまり、突飛な話を理解しきれずにいるだけだ。

 などと頭で納得はしても、実働担当の男が短く声を裏返せば、それは十分恫喝となり得る。

「ご、ごめんなさい!!」勝利の中で、いつもの謝罪癖が大きく頭を擡げた。「隠すつもりはなかったんです!! 俺は小さい頃から、自分や周りの勝率を下げてしまうところがあって。そ…、それは、あり得ないくらい周囲にも及ぶんです」

「勝利君…」

 ライムがシートから起き上がり、たどたどしく言い訳をする男の名を呼んだ。それ以上何を足すでもなく、ただ名を呼んだのだ。

「はい…!!」

 勝利の方は依然シートに体を固定している為、背筋を伸ばす事など叶わない。が、精神の背筋くらいはと、首を右に曲げ真っ直ぐな視線を送った。

 ライムの意識は、全て機内に戻っている。ダブルワークのパートナーとして、流石に看過できない異常事態と判断したのだろう。

「君は一体何者だ?」

「はい…?」

 今度は、勝利が反応しあぐねた。何に切り込みたいのか、ライムの意図を理解できずにいる。

 愛想笑いを浮かべようにも顔は引きつるばかりで、左右非対称の歪んだ人相を描き上げてしまう。右半分は半端な笑顔、左半分に至っては半眼の露骨な不審顔という有様だ。

「今日のダブルワークは、計二回攻撃を外している。君も覚えている筈だ。最初は、腹を狙い損ねた時。そして二回目は、今の空振りだ」

「はい…」

 勝利を見つめたままのライムが、「ダブルワーク」と相方の名を呼んだ。「暗曲線か?」

「いや。闇の反応は皆無だ。…だが、いつもと違う感触は確かにある。曲げられるというより、滑る感じに近い」

 新緑に染まった疑惑の眼差しが、勝利を上から下まで舐めてゆく。

「ライム。俺は、もう少し吸魔に当たってみるぞ」

「頼む」実働担当の素早い判断に、ライムは首肯する。「勝利君の事は私に任せてくれ」

「遮断するのか?」

「ああ」と、ライムが短く答えた。「だが、その前に彼の在り方を探る。遮断はその後だ」

「…素朴な兄ちゃんと思ってたんだがな」

 やたら物騒な二人のやりとりから、勝利は事態の深刻さを痛感した。

 欲が、つい抱いてしまった欲が、いつもの体質に拍車をかけてしまった、とでもいうのか。ヴァイエルなる祝福された存在にさえ土を付けてしまうのなら、欲の件は謝っても謝り足らない。

 突然、勝利の体を包んでいるシートから、手足を拘束するベルトが現れた。その上、シートの下と思われる場所からは光の帯が何本も空中に延びる。

 白というよりやや青に傾いた光の帯は、互いに交差を繰り返すと、アーモンドのような形を成しシートごと勝利を光のカプセルに閉じ込めた。

「ち…、ちょっと待ってください!! 俺は、別に暴れたりは…!!」

 たとえ負い目があろうとも、無体な扱いには声が荒れる。急降下した扱いのレベルに怯え、勝利はシートの中で無駄に体を捻った。

 手動で解除の可能なカバーだけでも外そうとしたが、手の拘束が邪魔でボタンに指がかからない。

 顔上を覆う光の壁が、更なる恐怖心を煽った。文字か絵なのか、簡素な絵と直線や曲線、そして点が右から左へと行進してゆく。

 その列が一体どれだけ重なっているのだろう。十や二〇ではきかない。重なりが厚く壁と見紛うのは、その為だ。

 絵文字や線が、時々配列順を入れ替える。一定の数が纏まって自ら前後を入れ替えたりもしている。まるで、何かの演算だ。

 確かライムは、「勝利の在り方を探る」と言っていたか。ならばいずれ、自分がただの人間でしかないと必ずや証明される。

 闇の成分など発見される筈はないし、万一見つかったとしても、それは三日吸いがもたらした極最近の痕跡の筈だ。吸魔追跡のプロならば、誤差なく区別をつけてくれる。

 彼等は信じるに足る存在なのだから。

 たとえ、吸魔を抹殺する気がないとしても。

 しかし、光文字の自動入れ替えは随分と長く続いていた。妙に時間がかかりすぎるところで、勝利の胸が悪い方に騒ぐ。

 ライムの額に髪が落ちた。端で見ていても、安堵には程遠い顔つきだとわかる。

「分析が終わらないぞ」

「三日吸いの影響か? ループが起きてやがる」ダブルワークの声は、またもや前例のない事態に遭遇したと呆れぎみに告げていた。「っと…。強制終了でいいな」

「やむを得まい」

 ライムが小さく息をついたところで、光文字の入れ替えは止まった。

「すみません!! 何だか本当に、ごめんなさい!! みんな俺が悪いんです!!」

 勝利の謝罪が、今日の最高潮を迎える。喚いていなければ、正気を保つ事が難しくなりそうだ。

 負い目の為に。

 恐怖の為に。

「本当に申し訳なくて、今すぐにでも飛び降りたい気分です!!」

「降ろさねぇ、よ!!」映像の中のダブルワークが、交互に両刃刀を振るう。「もう少し付き合いな」

 それは斬るというより打つ動作で、青い炎盾に限界を強いる攻撃を加えているように見えた。

「はい……」

 震える声で、勝利は了解したと返す。

 そして、見とれた。

 魔獣が防戦一方で両刃刀に気を取られていると、下から掬い上げるように機体左足の蹴りが胸の深い部分を抉り込む。

 青い炎盾が現れない。遂に、腹の守りが手薄になった。

 魔獣の下方に、ダブルワークの射撃武器が回り込む。

 ここまでの段取りは順調で、全てはダブルワークの計算通りだったのだろう。

 が、ピンは絶妙なタイミングでは射出されなかった。

 一拍遅かったのだ。

 ダブルワーク機のピンは、青盾を貫通したところで止まる。

「おいおい…!!」

 やむなく右手でピンを回収し、ダブルワークは魔獣から一旦距離を取る。

 更に、異変は別方向でも起きていた。

『どうなってるの!?』と、女性追跡者も不満と困惑を隠しきれずにいる。

「ごめんなさいっ!! ミカギさん!!」

 状況を把握するより先に、勝利は反射で喚き謝った。

 その後で、映像を読み事態の異常さに絶句する。

 起きたのは、珍事の中の珍事だった。

 ミカギ機の射撃武器に、鈍重なマスの体当たりが直撃したのだ。



          -- 「18 空中戦  その7」に続く --

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