16 空中戦  その5

 勝利の心臓が言葉の短針に貫通され、不安の軋みを紡ぎ出す。『存在』、『自我』、そして『時間』と聞こえたように思うのだが。

 組み合わせもさる事ながら、何より、魔獣抹殺の為にそれらが必要不可欠なものなのか。自分の中で、イエスという答えになかなか繋がってゆかなかった。

 高揚感から一転、勝利の心の内に不信の雲が大きく湧き起こる。

 戦闘が始まるより前、勝利はライム達が吸魔を駆逐する目的で仲間と合流するのだと思っていた。そう考える方が自然だからだ。

 吸魔は人間にとって時間の流れを脅かす脅威であり、ライム達追跡者はその怪物を駆逐する事さえ可能な能力を持っている。

 不可視の機体で実体を持たない炎を蹴り飛ばし、敵の体内に銀色の杭を打ち込む特異な能力。その気になりさえすれば、戦闘行為で吸魔を狩り尽くしこの日本から駆逐する事も夢ではない筈だ。

 そう。「その気になりさえすれば」の但し書き付きではあるのだが。

 今、勝利の目前で繰り広げられている戦闘は、果たして魔獣抹殺を目的としているのだろうか。加えて、ライム達は、吸魔の存在を抹消する機会が得られた時、必ずや躊躇なく殺すのだろうか。

 他の疑問や謎には多少目を瞑ってもいい。しかし、こればかりは絶対に譲れないと勝利は思った。

 必ずや、答えとその周辺の話を聞かねばならない。最悪、幼稚な喧嘩腰になろうとも。

 勝利の右では、シートに体を預けたライムが険しい表情のまま正面を睨んでいる。球状のモニターに映る冬の空に照らされ、眼鏡をかけた横顔が勝利の思いに気づく事なく自らに課した使命と対峙している。

 ウェーブのかかった茶髪が疑似的な陽光に照らされ、男でも見とれる秀麗な横顔を彩った。

 誰の為に、何の為に、そこまで真剣なのか。集中を遮ってでも尋ねたい衝動が、勝利の内に黒く湧く。

 おそらくは、待っているのだ。小数点の下にゼロが三つは付く瞬き以下の一瞬を。

(冗談じゃない…)

 彼等の真剣なところは、勝利にも伝わってくる。しかし、それが抹殺や駆逐目的ではないと考えるのは辛かった。

 被害者の失ったものに代わり、元々あやふやな魔物の存在を完全に断つ事で代償を払わせる。何処に何の問題があるのだろう。

 三日吸いという容赦ない改変・略奪行為によって、人間の過去と現在を書き換えてしまう吸魔。その怪物たちに、ライムやダブルワーク達は何がやりたくて挑むのか。

 『存在』、『自我』も引っかかるが、勝利の神経を最も逆撫でしたのは、『時間』という三つめに相当する刺接点の存在だった。

 理屈ではない。直感というより、ほぼ確信に近いものが、勝利の中を駆け巡ってゆく。

 ライム達は、魔物の時間に干渉するつもりだ。しかも、抹殺ではない、何か別の目的の為に。

 被害者として、そのやり方に穏やかな顔はできない事をダブルワークも承知しているのだろうに。それでも、件の内容を勝利に飲み込ませる為、白い機体は敢えて全てを順序立てて説明しようとする。

 この時、勝利の中に欲と定義すべき突き上げてくる衝動が湧き起こった。

 最早、彼等の言う善意に従いついてゆくだけでは物足らない、と。積極的にライム達と接し、探るべきだろう。彼等が吸魔を追跡するように。

 全てを見届ける、その行為の更に先へ。勝利は、時間に関わろうとする存在全てを把握する者になりたくなったのだ。

 欲に対して正直になると、人は皆大胆になる。今の機を逃さず、意地悪な質問をぶつけてみる事にした。

「殺さないんですか? 吸魔を」

「おっ…と!!」

 ダブルワークの左腕に装着された両刃刀が、ずるりと滑って空を斬る。

 切っ先は吸魔の青い炎の盾さえ掠める事なく、何もない空間に無意味な一本の直線を描いた。

 顔を歪めた魔獣が、左の後ろ足で機体を蹴らんとする。

 嘲笑しているのだ。繰り出す技の下手な敵を。

「しまった…」口端を曲げて落とし、勝利は、自分がダブルワークに及ぼす影響力の酷さを今更のように思い出した。「すみません。多分今のは、俺の所為です」

「…吸魔を殺さずにいる事が面白くないか?」

 白い機体は、攻撃の失敗について明らかに別の理由を考えている。二人の間で会話が上手く成立していなかった。

「ええ、まぁ…。ただ…。今外れたのは、もしかしたら俺の体質の所為かなぁって思って」

「体質?」

 問われてから、搭乗している部外者は言葉を濁らせ一拍置く。

「ですから…、そのぉ…。俺がこうして乗っていると、ダブルワークさんは最初の刺接点すら刺せないかもしれません。俺は、人の勝率まで下げるんです」

「はァ…!?」



          -- 「17 空中戦  その6」に続く --

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