第13話 魔動機遺跡への侵攻
◯注意事項
・PC達の活躍の結果、NPCの方で決着を付けられるようになったというわけで、裏で進んでいるストーリーです。
・リプレイでもなんでもないので、興味がない人はページを閉じることをおすすめします。
◯登場人物
NPC(データ参照先なし)
・バフィク[バジリスクウィークリング・男]
・ダンタリアン[ハイマン・女]
・ファザーベイド[ナイトメア・男]
・ビターヌ[人間・男]
PC(データ参照先あり)
このSSではPCの出番はありません。
〈亜空間〉[tb:昼]
ラクシアの外側、昼夜問わず時が巡る、神の御座ではなく、魔界でもない空間。
名付けるならば、亜空間。本来ならばラクシアと交わるはずのなかった異相時空のとある領域にて、人、蛮混合の集団が集まっていた。
各々武器を持ち、ただ一人のナイトメアを……琥珀の目を持つ男を見る。
「魔法文明期、魔動機文明期、そして現代。歴代のファザーベイドに見出され、魔神を討つべく集結した者達よ。ついに、魔法文明期より続く因縁を断ち切る時が来た」
マントを翻し、男は言葉を紡ぐ。
「我らベイド陣営の最大の怨敵、メルエム・ゾーラウェン。奴の現在の本拠地の最深部へと踏み込む鍵が、我らの下にもたらされた。今こそ、進軍の時。そして決着を着けるときだ!」
――オォォォォ!
百を超える歓声が上がる。人族も蛮族も……否、ベイドと呼ばれる一種の不死者と化した者達が、鬨の声を上げる。
「我らが智慧、ダンタリアンは我々のもとに戻り、その傷、その疲労を癒やした。我らには、我が後継者ベイディック、我と肩を並べうる才覚を持つバフィクが居る! 此度の進軍を恐れることはない! 死すらも死した我らの手によって、ラクシアから魔神を討滅する決戦と思え!」
「決戦の地までは、アタシの魔法で転移させるわ。目的地はダグニア地方、ソルトラ平原よ!」
男……ファザーベイドの後ろに控えていた少女、ダンタリアンがそう宣言する。その隣には眼帯の男、バフィクの姿。
スラリと腰に差した剣を引き抜き、ファザーベイドが進軍の号令を掛ける。
「真、第十三階位の転。次元、開放、瞬間、移動、空間、変質、次元――亜空多転移(ヴェス・ザルツェン・ラ・フザ。ディメント・オプカ・カイロス・クリル・コーロス・カンビオ・ディメント――イメドエカプスフォルテン)」
それに呼応し、ダンタリアンの傍から吹き荒れるように舞い散った本の頁がその場に居る全員を包み込む。瞬く間に魔法陣が描かれ、飲み込まれるようにベイド達が消えていく。
……数瞬の後、静寂がその場を包み込んだ。
〈ダグニア地方・ソルトラ平原〉[tb:昼]
平原の中に、存在感を主張するかのように大きな建物がそびえ立っている。それは塔のようにも、機械的な城のようにも見える。
それを睨みつけるように、一人の緑髪をした男が佇んでいた。
「……もうじきのはずか」
ちらりと太陽の高さを見て、男……ビターヌは呟く。
建物の前に、転移陣が描き出され、百を超えるベイドの軍勢が現出する。
「早い到着だな、ビターヌ卿」
「待たせるわけにもいかないと思いましてね。……ルキスラ帝の隠し剣、ウェクア卿」
「それは10年くらい前に正式に捨てた表の名だ。今のオレはファザーベイド、ベイド陣営のトップだよ。つか、個体名としてはウェゲスって呼べっての」
ヘヘッ、と笑うファザーベイドに、ビターヌは肩を竦める。
それは、この20代前半に見えるそのナイトメアが、一時期ルキスラに所属していた冒険者上がりの騎士であり、そして今も再び冒険者として各地を旅している剣士であることを知るがゆえ。その首から下がる聖印は、正真正銘ルーフェリアのもの。
真実を知ったときは驚いたものだがと、やや呆れ顔で彼はため息をつく。ダンタリアンの回復を待つ間に稽古を付けてもらったときも、この調子でいた事を思い出しながら。
「この間ディバインコートに向けられた大戦力の残りが犇めいてるはずね。……雑魚の相手は皆に任せて、アタシ達はメルエムを……親玉を討ちましょう」
「そうだな。最上階と最下層、どっちに居ると踏む?」
ダンタリアンの言葉に、表情を引き締めながらファザーベイドはビターヌへと水を向ける。
そうですね、と彼は少し考え込み、口を開く。
「……以前夢現の幻亭の冒険者に頼んだときは、最上層に反応があったと聞いています。最下層には無数の反応があったとも報告にはありましたが」
「ならば、増援の生成場は地下というわけか。我はそちらへと向かいましょう」
「分かった、ならバフィクとダンタリアン。お前たちは半数のベイドを連れて地下へと進軍しろ。ビターヌ卿、ベイディック。オレに同行してくれ」
了解、と異口同音に応じる声に頷き、ファザーベイドは黒染めのロングソードを胸の前に立てる。
突入、と彼が指示を出し、魔動機時代の遺跡であろう建物に駆け込んでいく。そのすぐ後ろを、軍勢が付き従う。
警報はなく、だが巡回していた人型魔動機が進軍に気付き、迎撃に出る。口頭による伝令が建物内を駆け巡り、次々と人型魔動機とルーンフォークが武器を手に飛び出す。
銀の閃光が通路を埋め尽くし、ベイドの軍勢から悲鳴と断末魔が上がる。
だが、それは長くは続かなかった。
「解放術式ダンタリアン……真、第十四階位の攻。空間、次元、解放、切断――空断(ヴェス・フォルツェル・ル・バン。コーロス・ディメント・オブカ・カンジェン――オルドレスタ)」
空間が一直線に斬られ、通路で射撃していた魔動機と、ルーンフォークを断ち切る。
「操、第十一階位の快。地精、治癒、再生、生命――地活(ザス・エレヴェント・ロ・オン。グラド・イーア・リナシタ・ラーファト――アルスメアグラニカ)」
傷を負ったベイド達の傷がみるみるうちに塞がっていく。
「随分な歓迎だなぁ!」
空間を切る刃の下をくぐり抜けながら、一太刀の元に魔動機とルーンフォークの上半身と下半身を分かつ。
「前衛は防御を前方に集中せよ! 流せぬ射撃ではない!」
力ある鼓匏が、散発的になった攻撃の与える痛みを軽減する。
息を吹き返した軍勢が、防衛線を崩された魔動機部隊を一気に押し返す。
敵影が無くなったことを確認し、ビターヌは何体かのベイドに指示をだす。
残敵の撃破と増援への対応を任せ、先行していたファザーベイドの元へと走る。
「無事ですか?」
「おぅ、あちこち撃たれたが、これくらいなら再生しきれるさ」
そう答えるファザーベイドの肉体には、既に弾痕が残るのみ。なんでもないかのように通路を進み、ある扉の前で足を止める。
「バフィク。カードキーを」
「御意に」
「パーティを分けるぞ。ここには30体ほど残す。残りはさっき言ったとおりオレやダンタリアンと同行だ。選別はダンタリアン、任せる」
「はいはーい。エレベーターが来るまでに決めちゃうわね」
エレベーターが動く音が響く中、着いてきたベイド達が少数のパーティごとに分けられていく。
〈魔動機遺跡・地上一階〉[tb:昼]
パーティを組分けし終えた後、先行してファザーベイド達がエレベーターを使って最上階へと向かう運びとなった。
まずはベイド達が先に向かい、安全を確保しつつ次のパーティが上に登っていく。それを何度も繰り返し、次は最下層へと向かう組の番となる。
「……本当に良かったのか、先輩?」
「んー? 何が?」
一定のペースで配下を送り出している最中に掛けられた言葉に、ダンタリアンは首を傾げる。
「メルエムのことだ。……自分の手で決着を着けたかったんじゃないのか、と思ってな」
「あぁ……」
バフィクの言葉に、彼女は少し考え込む。
「……ディバイドを本の中に封じ込めた時にね? 妖怪ダンタリオンが言ってたことが気にかかってるのよね」
「どういうことだ?」
「メルエムは、アタシのことを奴隷にしてた、ってところよ。そう言われてから、なんとなくだけど、直接アイツのことを害することができないようにされてるんじゃないかな、って思い始めたの」
悔しそうにそう言ったダンタリアンに、バフィクは目を丸くする。
「というかね? 今でもアイツのことを愛してる、って自覚はあるのよ。あんなことされたっていうのに」
「……っ!」
「多分、そういうふうに刷り込まれてるんでしょうね。だから……すごく憎いけど、同時にすごく愛おしいのよ」
ふふっ、と寂しげに笑い、バフィクの腕を抱く。
「……正直ね。直接本人と対峙しても、殺せる自信がない。だから良いのよ。アタシは露払いの役目で」
「そうか……」
「それに、貴方の想いはこの間聞かせてもらったからね。貴方が行くところに、アタシも連れて行って欲しい」
だめ? と見上げながら悪戯っぽく笑うダンタリアンに、バフィクが吹き出す。
「……せ、先輩。ま、まさか、あの時、意識、あったのか……?」
「まぁ、朦朧としてはいたけれどね。……嬉しかったんだから、責任取ってよね?」
「あ、あれはノーカウントにしてくれ……」
真っ赤になってそっぽを向く彼の視線の先には、生暖かい目をしたベイド達。
……数瞬、時が止まる。
「……聞かなかったことにしてくれ、いいな?」
「……うん、分かってる分かってる」
「えー。良いじゃない、『オレは、貴方が好きだぁぁぁ! 貴方が欲しい! ダンタリアァァァン!』って叫んだ貴方はかっこよかったわよ?」
「少し黙っててくれないか先輩!?」
〈魔動機遺跡・地下二階〉[tb:昼]
ベイド達の大半を送り出した後、残りのベイド達とエレベーターで最下層まで2人は降りていく。
少し前まで騒いでいた2人とは思えぬ、引き締まった表情で扉が開くのを待ち続ける。
……チン、という音と共に、扉が開く。
先行して降りてきていたベイド達の間を抜け、ダンタリアンとバフィクはパーティごとに指示を下す。斥候、直掩、退路確保といった役割を割り振り、行動を開始する。
「……お母さん。ちょっと良い?」
「どうしたのディバイド?」
斥候を見送り、遺跡内を進む最中にダンタリアンの傍を浮いていた魔導書の一つが声を上げる。
ディバイド、と呼ばれたそれは、ダンタリアンと似た分身を彼女とバフィクの間に出現させながら口を開く。
「嫌な気配がするんだ。多分、ドッペルがこっちに居る」
「っ、ドッペルだと……!? 奴がこちらに居るというのか、ディバイド?」
ギリィ、と歯軋りをしながらバフィクが詰め寄ると、ダンタリアンが手で制止する。
「そう、なら下手に人数を連れて行くと不味いわね。……直掩の皆、悪いけど斥候隊に合流して。アタシに似た子を見つけたら、戦闘せずに戻ってきてくれる?」
「了解、ダンタリアン殿。でもどうするんだ?」
「決まってるわ。少数で当たるのよ。あの子に数を当てるのは逆効果だからね」
指示を受けて斥候に向かうベイド達を見送り、斥候隊の何班かが戦闘している音を聞きながら彼女はため息をつく。
「……まぁ、想定内といえば想定内よね」
「メルエムの直掩に回るものと思っていたが……まさか下にいるとはな」
「最悪、メルエムとの直接対峙も考えられるかもしれないわね。……上はどうなってるのかしら……?」
無数の魔導書を引き出しながら、ダンタリアンはそう呟く。その横でバフィクは自分の斧型魔剣を手に取る。
……斥候隊の戦闘音は、絶えず。
〈魔動機遺跡・地下二階・培養槽室〉[tb:昼]
無数のジェネレーターが立ち並び、こぽり、こぽり、と水音が響く。
辺りを見回しても、ジェネレーターの中で製造されている最中の魔動機や、ルーンフォーク達の姿が見えるばかりで、敵影は見えず。
「これが、LIVE-DOGやRound-Soldierの生成場……いや、培養槽室ってことか」
「しかし、見通しが悪いな此処。そっちはどうだ?」
「敵影なし……って言いたいが、こうも障害物が多いと断定しにくいな。気をつけろよ?」
物陰に伏兵が居ないかどうか、慎重に探りながら歩を進める。前情報では、敵の最高戦力の一角である、ドッペルやLIVE-DOG改造型、メルエムといった相手と遭遇する可能性があると聞いている。
この内、メルエムとドッペルはおそらく地上三階に居るだろうと突入前にファザー達が話していたはずだ。あくまで推測でしかない以上、地下にいる可能性はゼロではないが。
パーティの面々との連絡を密にしつつ、互いの死角を埋めるように進む。
「身を隠す場所が多いのは良いが……それにしたって見通し悪すぎだ」
「バフィクが持ち帰ってきた情報だと、改造型のLIVE-DOGはあの波動剣の改造型を保有しているらしいからな……奇襲されるなよ?」
「分かってるっての。……待て、なんか聞こえないか?」
微かに、笛の旋律が耳朶を打つ。
こんなところで笛の音がするわけ、と思考を巡らせた瞬間、ぞわりと精神が総毛立つ感覚がした。
音色は、部屋の中央の方から聞こえてきている。とっさにそちらを見ると、天井付近に白が見えた気がした。
……そう、気がしただけ。なぜなら、次の瞬間意識が飛んだからだ。
「……この部屋、斥候に入っていった子たちが帰ってこないわね」
扉を開きながら、ソロリとダンタリアンは中を覗き込む。
辺りを見ても、斥候隊の姿はない。微かに水音が聞こえるのみだ。
「これは、ルーンフォークのジェネレーター、か?」
「そのようね。……あらやだ、魔動機まで製造してるわ此処」
「奴らの生産拠点、か。以前の進軍では此処には来られなかったからな」
忌々しげに吐き捨てるバフィクの隣で、ダンタリアンは興味深そうにジェネレーターを覗き込む。
突然、ふわりとディバイドが浮かび上がる。
「……居る」
「居る? まさか、ドッペルか!」
分身を現出させ、天井付近をキッと睨みつける彼の視線を追い、バフィクとダンタリアンもそちらを見やる。
「おや。気付かれてしまったか。しかも肉体を喪った模造品と一緒ときた」
「ドッペルゲンガー……!」
天井付近に、白の髪。酷薄な笑みを浮かべた少年……ドッペルダンタリオンが飛んでいた。
声を荒げて前に出ようとするダンタリアンの肩を、バフィクが掴んで止める。
「待て先輩。こいつのことだ、何かしら罠を仕掛けているだろう」
「……へぇ。出来損ないの蛮族のくせして、案外冷静じゃないか」
ニヤリ、と嗤うドッペルダンタリオンが杖を構えると、バフィクは着けていた眼帯を片手で外す。
「だが、もう射程範囲内さ! ダンタリオンの笛よ! 魂を喰らえ!」
「そうだな、お互いに射程範囲内だ。……呪え、石化の邪眼よ」
「ん……なっ!?」
笛の音が響くよりも先。飛翔していたドッペルダンタリオンの身体が、唐突に落下する。慌てて羽ばたく彼の両の足は、青い宝石に変わっていた。
蒼玉の視線、と呼ばれる邪視がある。バジリスクの中でも高位のバジリスクが持つ、蒼の宝石色の石化の邪視だ。
「馬鹿な、先日の戦いでは貴様の邪視なんて通じなかったはずだぞ!?」
「それはそうだ。あのときは蛮族として戦っていたのだからな……っ!?」
ギィン、と刃が交わり、甲高い音を鳴らす。金色が、ひらりと翻る。
ガツ、と重い音と共に床に落ちた白色は憤怒の形相で身体の魔法陣を輝かせる。
「貴様ごときに、地に落とされるだと……! ふざけるなぁぁぁ! 真、第十五階位の破、魔力、消去、無効、消失――完消! (ヴェス・フィブレド・イ・レス。マナ・ドレナス・ナシン・ヴァン――キルフェンレクト!)」
「ちっ、罠はLIVE-DOGを伏兵にしていたということか!」
「……排除、開始」
怒りのままに詠唱した魔法によって、石化を解除されたのに舌打ちしつつ、バフィクは斬りかかってくる金髪の少女の剣を捌く。
「なら、その子ごと叩き切らせてもらうわね? 解放術式、ダンタリアン……真、第十四階位の攻。空間、次元、解放、切断――空断(ヴェス・フォルツェル・ル・バン。コーロス・ディメント・オブカ・カンジェン――オルドレスタ)」
「づぁっ……!?」
「くぅぅぅっ!?」
「……イルの妹が元だとしても、加減はできないわ。ごめんなさいね? ドア・オブ・ブックランド、槍衾にしなさい」
ドッペルダンタリオンとLIVE-DOGが空間を切り裂く刃に裂かれる。次の瞬間、魔導書から発生した無数のエネルギージャベリンが、LIVE-DOGに雨あられと突き刺さっていく!
全身を突き刺され、ガクリとLIVE-DOGが崩れ落ちる。その様子に、ドッペルダンタリオンの表情が歪む。
再び飛びあがり、杖……ダンタリオンの笛を構え直す。
「おのれ、ならば貴様達の未来を読み取ってやる! ダンタリオンの笛よ、前奏を奏でろ!」
笛の音が辺りを包み込み、バフィクとダンタリアンの表情がかすかに歪む。
否。それだけではない。ジェネレーターで眠っているルーンフォークの表情も、微かに歪んでいた。
「きゅは、ははははっ! 見える、読めるぞ、貴様達の未来が、思考が! きゅははははははっ!!」
「ちっ、笛の音か……!」
「あれが心底邪魔なのよね……」
思考を読み、未来を読み、相手からの干渉を跳ね除ける叡智を得るその調べに、2人は舌打ちする。
未来予測、未来予知……言い方は様々だが、何をされるのか、どう防げば良いのかを見通す智慧を与えるその力は、一種の無敵化の効果をドッペルダンタリオンに授けていた。
一度展開されてしまえば、倒しようがなくなる。以前それによって敗北した2人の脳裏には、その思考が巡っていた。
「そうさ、この力、この智慧がある以上、貴様達に勝利はない! きゅははははははっ!」
「……そうだね、その借り物の力がある以上、勝ち目はないね」
「そうだ! 貴様達は、このまま嬲り殺してくれよう!」
高笑いを上げるドッペルダンタリオンに、ディバイドは静かに合いの手を入れる。
苦い顔を浮かべる母の隣に分身で立ち、ぽんぽんと背中を叩く。
「……ディバイド?」
「……ごめんねお母さん。色々考えてたけど、この手しか打開策がないと思うんだ」
「んん? 打開策だと? はっ、戯言を。肉体を持たぬ模造品ごときに何ができるっていうのさ!」
「できるさ。要するに、お前の思考を乱せば良いんだから」
その眼は、諦観と覚悟の入り混じった色。
「博打ではあるけれど」
分身に、紋様が浮かぶ。
「読み込めていた分で、やればいい」
眼の中に魔法陣が描かれる。
「71式制御術式解放、魔法回路制限解除、マナ生成開始、デーモンサーキット偽装展開」
マナが魔導書から吹きあがる。
「古の魔法にて刻まれし魔法の業、人の身を超えしものを生み出さんとす高位魔法式」
空間が振動する。
「今解き放たれるは知識の記述。其れは深淵の叡智、無窮の智慧」
異界の文字が辺りを包み込む。
「疑似展開、真・解放術式」
その表情は、苦悶に歪む。
「『叡智の魔神王ダンタリオン』!」
それは“魂を焼き焦がして”発動した。
瞬間、ドッペルダンタリオンの動きが止まる。
ありえない、とその口は動き。
「ぐ、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!?」
「づぎゅぁぁ……! ひぐっ、くっ、お母、さん! バフィ、クさん!」
「っ……すまん!」
両名の悲鳴が響く中、バフィクが飛び出す。ジェネレーターを蹴り、中空に浮かぶドッペルダンタリオンの羽根へと一撃入れる。
バランスを崩して墜落した彼は、立ち上がることも覚束ないまま地面でもがき続ける。
「なっ……ディバイド、今すぐ解放術式を止めなさい! 今の貴方じゃそれは!?」
「がまわない! いいがら、あいづを、倒じで! っあ、ぎぃぃ……!?」
「ぐ、くそがぁ……!? この、ままじゃ、精神が、焼ぎ切れる……!」
息も絶え絶えになりながら、フラつきつつもドッペルダンタリオンが身体を起こす。落下の衝撃で腕は折れ、斬られた羽根からはだくだくと血を流しながらも、その眼は生を諦めていない。
唇を噛み、ダンタリアンは魔導書の頁を手に集める。その形状は、杖の形を取っていた。
「……終わりにしてあげるわ。深、第十三階位の攻。閃光、致死、呪詛、増強――死光(ダヴ・ザルツェン・ル・バン。シャイア・マウト・カーズ・バルスト――タナトライルオン)」
深智魔法、第十三階位、デス・レイ。
死の閃光、の名を冠する光線がダンタリアンの持つ杖の先から放たれ……ドッペルダンタリオンの五体を撃ち抜いた。
「ディバイド! ねぇ、大丈夫!?」
「……きゅふふ、そんな、叫ば、なく、ても……聞こえ、てる……よ?」
分身が消え、浮遊していたディバイドの本が落ちる。其れを拾い上げてダンタリアンは必死に声をかけていた。
返答には、力はなく。今にも消えそうな声。
「……やった、ね。……兄さん、の……ダンタリオン、の、仇……取れたね……」
「うん……うん……! でも、無茶しすぎよディバイド!」
「ご、めん、お母、さん。けど、2人、を、ここ、で、消耗、させる、わけ、には……いか、なかった、から」
「……そうか。休めば、大丈夫そうか?」
「ん……多分、ね。……ごめ、ん。ちょっと……寝てる……」
戻ってきたバフィクの言葉に、ディバイドはそう答え、反応がなくなる。
「あぁ。後は任せろ。おやすみ、ディバイド」
「えぇ。任せなさい。おやすみ、ディバイド」
目元を拭い、ダンタリアンは立ち上がる。
先陣を切るように歩き出したその歩には、先程以上の覇気が篭っていた。
〈魔動機遺跡・地下二階・最深部〉[tb:昼]
培養槽室での戦いから、少しの時の後。2人はある扉の前に居た。
[マナ・ジェネレーター室]
そう書かれた、この遺跡の心臓部に当たる部屋。
扉を開くと、巨大なスフィアがいくつも並び、膨大なマナが満ちている空間が広がっていた。
その奥には、一人の人影。
「全く、今日は騒々しい日なことだ」
「貴様は……」
「メルエム……じゃないわね。ルーンフォーク?」
角を持ち、酷薄な笑みを浮かべる男に対し、2人は斧を構え、杖を構える。
ナイトメアを模して作られたらしいその身体は、しかし、各所を硬質素材で覆っていた。
「ふん、俺様はメルエム・ゾーラウェンのコピーだよ。一部の力は喪ったが……貴様らを排除するには十分だ」
「そうか。だが、貴様から臭うぞ、邪悪な魔神使いの気配がな!」
「トカゲのなりそこないごときが、口を慎め!」
ジャラリ、とメルエムコピーの周囲から無数のワイヤーが射出される。ワイヤーアンカーとは異なる、殺傷性をもった鎖の群れ。
それを叩き落としながら、バフィクは前へと進む。邪視は使わず、前衛を務める。
決戦の火蓋が、落とされた。
〈魔動機遺跡・地上三階・所長室〉[tb:昼]
バチバチと、あちこちから煙と放電が起こる通路の一角で、五つの人影が身を潜めていた。
「さて。何人残った?」
「私と貴方を除いて、3名ですね」
「そうか。……戦力の集中配備があったってことは、確定で居るな」
金色と琥珀色が折り重なり、鉄の臭いと肉の焼ける臭いが辺りを包む。
死屍累々、と呼ぶべき惨状に、ビターヌは眉を顰める。対して、ファザーベイドは目を伏せるのみ。
「私はまだ平気ですが、そちらの傷は?」
「オレはもう治ったさ。お前らは?」
「すみません、ファザー。もう少し掛かりそうです」
「分かった。ならお前たちは扉の外から増援が来るのを防いでろ。決戦はオレとビターヌ卿で着けてくる」
傷を負っている配下にそう指示を下し、傍にあった扉の前にファザーベイドは進む。其れに続いたビターヌが扉に手をかける。
視線を交わし、互いに頷き合う。
黒に染まった剣と、銀の剣と槍が、光を返す。
突入、とはどちらが口にしたのか。扉を開け放ち、中に駆け込む。
部屋の奥には、剣を磨く金髪の男。その姿を見て、ビターヌが歯軋りをする。
「ピエール伯爵……!」
「なんだ、お前も来ていたのか器候補」
ふっ、と口端を釣り上げ、邪悪な笑みを浮かべたのは、ビターヌの知るピエール伯爵。
だが、かつて誇りに満ちていた騎士の輝きは、その表情にはない。あるのは、邪悪に満ちた魔神使いの狂気。
「……はっ、随分なザマじゃねぇかメルエム。今度はセフィリアの伯爵騎士の身体を奪ってたんだな? その様子じゃ、ギリギリ器にできたってところみたいだが」
「その忌々しい気配は、今代のファザーベイドといったところか。よくもまぁ、俺様の拠点を荒らしてくれたものだ」
おぅよ、と不敵に笑い、ファザーベイドは剣をまっすぐピエール……否、メルエム・ゾーラウェンへと向ける。
「テメェのお人形はあらかた片付けた。後はテメェの魂を、輪廻の輪から外すだけだよ」
「ピエール伯爵を、解放してもらうぞ……!」
「ははっ、大きく出たもんだなぁ、未熟者共が。良いだろう、この器では全力が出せんが、この俺様……魔神皇帝メルエムに向かって吠えた不敬、死して償ってもらおうか!」
傍にあった刃の生えた杖を手に取り、メルエムはその周囲に次々に魔神を召喚していく!
直後、降り注いだ魔法の雨を、二手に分かれてビターヌとファザーベイドは的を絞らせず、撹乱する。
そのまま手近な魔神の首元に飛び上がり、魔力を放出しながら全力でファザーベイドがその手にある剣を斜めに一閃する。断末魔の叫びを上げるそれを蹴りとばし、次の魔神へとその刃を振るう。
対してビターヌは、長さの違う剣と槍という組み合わせで堅実に魔神の動きを捌き、その手数で着実に魔神を追い詰めていく。
彼らの様子を眺めながら、メルエムは追加の召喚を繰り返す。
決戦のときは、近い。
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