第12話 幼き冒険者たちのダンジョンアタック
◯注意事項
・今度は過去話だよ! 故に現時点のPCたちには何ら関係が……いや、ちょっと関係はするかも。
・いつもの趣味執筆なので、質が高いとは言えません。あまり期待せずに読むと良いよ!
・おおよそPC達がパーティを組んで冒険している現在から見て、8年前くらいのお話。
◯登場人物
NPC
・なし
PC
・リュウ・ブルーテンペスト[人間・男]
・ヨーニャ[バジリスクウィークリング・女]
〈ザルツ地方・遺跡〉[tb:昼]
壁に描かれた紋様が、うっすらと光を放つ。薄闇といった暗さの中、二つの人影が通路を進んでいく。
前を進むはナイフを持った少女。その後ろを守るは長剣を持った少年。
「てきえー、わな、ともになしよ」
「ういよ、こっちもふくへいは無さそうだ」
油断無く周辺を見回しながら、幼さの残る冒険者2人は前へと進む。
――蛮族の襲撃を受けている村からの救援依頼。ザルツ地方のとある冒険者の店で、偶然居合わせた2人が引き受けた依頼はそういった内容である。
剣の腕はあるが、斥候の心得のないリュウ。
斥候の心得はあるが、剣の腕が未熟なヨーニャ。
2人が組むのはこれが初めてではない。以前それぞれが別の依頼で同じ場所に向かった際、ソロで動いていて危機に陥ったヨーニャを、リュウが組んでいたパーティが助け、その際に一時的にパーティに加えてから、時々組むようになったという経緯がある。
「まって。ゴブリンが2体、つーろのむこうにいるわ」
「2体か。かた方、行けるか?」
「……やってみる」
「大じょうぶだ、落ちついていけば、ヨーニャならたおせるさ」
肩を軽く叩き、安心させるように笑うリュウに、緊張した表情でヨーニャは頷く。
ちょっと失敗したかな、と考えつつ、彼は足音を可能な限り抑えて前に出る。前後をスイッチして角から覗き込むと、見張りなのであろうゴブリンがつまらなさそうな様子で2人の居る方角を見張っているのが見えた。
気づかれないように近づくのは、無理。およそ5~6mほどの距離の向こうにゴブリン達が陣取っているのを見て、リュウはそう結論付ける。ヨーニャも同意見だからこそ制止を掛けたのだろう。
手で後ろにいる彼女に5秒後に突撃すると伝える。指を立ててカウントダウンし、足に力を込めて残り1秒のところで剣を構える。
カウント、ゼロ。
「……ごぶっ!?」
急制動からの突撃。注意散漫だった見張りは咄嗟に反応できず、慌てて武器を構えるものの、その時には既にリュウの間合いの内。横薙ぎに振るわれた刃を片方のゴブリンが辛うじて受けるも、不十分な構えで握られていた武器は弾き飛ばされる。
「ゴ……ッ!?」
もう片方のゴブリンが声をあげようとするが、その喉に一本のナイフが突き刺さる。それに続いてヨーニャが跳びかかり、刺さったナイフを掴んで刃を操る。
――襲撃のあった方角を探索したところ、未発見の遺跡が見つかった。他に蛮族が潜めそうな場所がないことから、元は魔動機文明時代の大型家屋であったであろうその遺跡の中へと調査の手を伸ばすことを2人は決める。
襲撃の主力はゴブリンであり、それほど数も多くはなかった、というのが事前情報にあったためだ。ボガードクラスであれば討ち果たせる程度には2人の実力はある。
個々では駆け出しに属する領域とはいえ、幼い頃から両親の影響を受けているリュウと、それに負けない程度に主人と師匠たちから技術を仕込まれているヨーニャ。人に合わせるのも上手いリュウの存在もあり、コンビを組んだ際の2人の実力は駆け出しの域ではない。
二撃でゴブリンを真っ二つ。
数撃でゴブリンを解体。
瞬く間に見張りを始末し終えると、ゴブリンの持っていた武器をリュウが拾い上げ、背負袋にしまい込む。
近くの物陰にヨーニャが死体を隠し、再度周辺を探り始める。
「あとでみせにいって、これうらないとな」
「しょくひとかおようふくのおかねになるものね」
辺りに気配がないのを確認し終えると、ふぅ、とどちらからともなくため息が漏れる。
増援が来ていない。そのことが2人の肩の荷を少し軽くする。群がられたら死ぬのは自分達である、ということを、以前身を持って味わったからこそのため息。
ヨーニャと初めて出会った時の冒険を思い出し、2人は同時にブルリと震える。互いに相手が震えたのを見て、何を思い出したのかを察して苦笑しあう。
「……気をつけていくか」
「……うん」
ぽんぽん、とヨーニャの頭を優しく撫で、リュウは歩き出す。それにキョトンとした表情を浮かべてから、ちょっと恥ずかしそうにして彼女は前に出る。
おや、と彼が目を丸くし、うんうんと頷いてからその後ろを着いて行く。
おそらく元は集合住宅か何かだったのだろう建物の中を、2人は進む。
「ん、すこし先になるこがあるわ」
「ういよ、うかいすっか」
部屋数は多いものの、蛮族が使っている部屋自体はそう多くないことを、足跡を調べることで知った2人は、要所だけを調べて先へと進んでいた。
「たしか、しゅうげきに来たのはゴブリンが6体だったよな」
「そのはずね。たぶんそれがぜんぶだとして……のこり4たいと、ボスかしら」
「で、あしあとはこの部屋にぜんぶ集まってる、と」
「中から声がするし、しゅくえん中みたい」
互いに視線を絡ませ、頷き合う。各々の武器を手に、扉に向けて足を構える。
すぅ、と息を吸い……扉を蹴り開ける。
バゴンッ! という音と共に開いた扉の向こうでは、大柄な鬼と、それを取り囲むように座るゴブリンの姿があった。突然の物音に驚いた様子で振り向くゴブリンに対し、大柄な鬼は歯を剥いて立ち上がる!
「人族! お前ら、早く、構えろ!」
汎用蛮族語で怒鳴り散らし、周囲のゴブリンが慌てて武器を取る中、リュウが飛び出す。
その脇を、閃光が走る。扉側に居たゴブリンの一体が、閃光に打ち据えられて蹲る。
「せりゃぁ!」
縦一閃。剣の重量を込めた一撃が、ようやく武器を手にとったゴブリンを一体吹き飛ばす。それを見て、リュウは舌打ちをした。
「(浅い! 倒しきれてないか! それに、エネルギーボルトも急所を外されてる!)」
「人族め、たった2人で我々の拠点に挑むとはいい度胸だ!」
「っとぉ!」
ガギン!
振るわれた鉄塊のような剣を、彼は腕につけた盾で受ける。ビリビリと手がしびれ、足が止まる。そこに無事だったゴブリンが二体襲いかかるが、身を捻って鎧で武器を弾いた。
よろめきながら立ち上がったゴブリンが武器を構えたところで、エネルギーボルトを放つために足を止めていたヨーニャが駆け込んでくる。リュウに再度武器を振るおうとしていたゴブリンにナイフを投げつけるが、ゴブリンはそれを下がって躱す。
だが、その分リュウとは距離が離れ、その隙にヨーニャがリュウの側に駆け寄り、次のナイフを引き抜く。
「だいじょうぶ!?」
「けがはしてない! ゴブリンの方はたのんでいいか!」
「わかったわ、こっちでひきつけてみる! 代わりにレッサーオーガはおねがいね!」
「おぅ!」
飛びかかってきた斬り傷を負ったゴブリンをナイフで解体し、次に飛びかかってきたゴブリンへの盾にする。長い間暗殺者として育成されてきた際にヨーニャが仕込まれた解体技術は、幼い身体になったとしても確かに猛威を奮っていた。
「貴様ら……!」
「まぁ、こっちもそんなによゆうはないけどな……!」
レッサーオーガ。武器と魔法を扱うことの出来る、人に化ける能力を持った蛮族。一般兵が相手をするにはいささか厳しく、駆け出しの冒険者でも荷が重い相手。人数がいれば話は別だが、2人で相手をするには、魔法の存在が大きすぎる。
だが、魔法には行使が必要だ。紋を描き、詠唱する。その二つの工程。どちらかが欠けても魔法は発動しない。
レッサーオーガが魔法を使うような暇がないように、細かく斬撃を差し込む。魔法の射出速度を考えれば、撃たれれば躱すのは至難の業だ。精神力で魔法に抵抗する、というのは不可能ではないが、体力を大幅に削られる以上それは避けるべきである。
「せぇぁ!」
「ぐ、こ、このガキ!」
鬱陶しげに振るわれる剣を、盾で流すように受け、返す刃で斬りつける。
硬い筋肉のせいで浅くしか入らないが、僅かずつだが動きは鈍り始めていた。だが、それでは負けてしまう。
持久力では分が悪いのだ。浅く小さなダメージを与えるだけでは、先にこちらが参ってしまう。全力で斬りつければ通るだろうが、そうすれば相手の剣を捌ききれなくなる。
「(まずいな。せめてもっとスキがあればいいんだが)」
ヨーニャの様子を伺う余裕は既になかった。一瞬でも気を抜けば、魔法か、剣か。どちらかで痛手を負うだろう。
5合、6合ほど切り結び、息を吐く。魔法の発動の準備を止めたのはもう何度目か。あちらは苛立つだけだが、こちらは息が上がり始めている。明確な傷は負ってはいないが、押し負けているのはこちら側だと嘆息する。
剣だけならば、なんとか捌ける。魔法は発動されたら詰む。あちらの全力を出させないようにしている間は、こちらも全力が出せない。
……手が、足りなかった。
「(3体。解体しきるには、1体あたり最低3合必要)」
思考を切り替える。何度交差すれば解体しきれるかを計算する。息の根を止めるところまで解体する回数を数えてから、首を振る。
「(……だめ。それだと時間がかかりすぎる。……動けなくするだけでいい)」
全解体ではなく、一部解体を選択。姿勢を低くし、這うような姿勢から足を狙う。
ゴブリンと比べると、身長は、さほど変わらない。腕力は、向こうが上。速さはこちらが上。後は技術と、覚悟の差。
数では上だという思考の隙を縫い、まず一体の膝裏にナイフを突き立てる。走る勢いを乗せて刃を走らせれば、絶叫とともに転げ伏せる。
後は同じことを後二度繰り返すのみ。リュウがこちらを見ていないが故に出せる、不完全ながらも主から仕込まれたマインドセット。
「……」
口端が愉悦の形に釣り上がる。今、この解体ショーの間だけは、自分の手のひらに相手の命運が転がっているのだという、暗い喜びが心を震わせる。
「ご、ゴブ……」
残るゴブリン達の顔に、怯えの色が滲み始める。何を出来損ないである自分相手に怯えるのかと、思わずクスクス笑ってしまう。
再び駆け出したこちらの姿に、恐慌を起こしたゴブリンが背を向ける。
……あぁ、そんな無防備に、狙いやすくすることはないのに。
「ええい、なかなかやるな小僧!」
「そいつは、どーも!」
何度目かの打ち合いを経て、リュウは剣を構え直す。致命傷ではないものの、捌ききれずに負った斬り傷からは血が流れ、皮膚などを赤く染めていた。
積み重なった負傷と疲弊は、彼の体力を確かに奪っていた。それはレッサーオーガも同じことどころか、総量としてはそちらのほうが多く奪われているものの……此処で地の体力の差が出る。
傍目には押しているように見えたリュウのほうは余裕があまりなく、押されているように見えたレッサーオーガのほうがまだ余裕を持って戦闘を運んでいる状況にある。リュウが危惧した状況に確かにハマってきていた。
「(……このままじゃ、押しつぶされる)」
チャキリ、と構えを変える。速度を重視した下段の構えから、全力を持って振り下ろせる上段の構え。
「ほう。いい度胸だ、小僧」
対してレッサーオーガは対応力のある中段の構えに移る。
一拍の間の後、飛び出したのはリュウ。全力を込めた振り下ろしをレッサーオーガに向ける!
ニヤリと笑い、レッサーオーガの片手が紋を描き始め、真語魔法の詠唱が素早く唱えられる!
マナが刃を形成し、リュウへと振り下ろされんとし……
「ごめんなさい、おくれたわ」
レッサーオーガの腕をナイフの一閃が撫でる。
マナの形成が僅かに遅れ、そこに飛び込んできたリュウの全力の一撃が大柄な身体を強く切り裂く!
「ゴ、ガァァァァァァッ!!?」
「いや、いいタイミングだ!」
「そう、ならいいんだけど」
横合いからの攻撃。虚を突かれ深手を負ったレッサーオーガが悲鳴を上げる中、返り血まみれのヨーニャがリュウの横に立つ。
チラリとナイフを見て、困ったように彼女はため息をつく。
「……かたくてはが通らないわ」
「なら、気をそらしてくれればいい。そうすりゃ、こっちでやれる」
視線が一瞬交差し、互いに頷く。先に駆け出したヨーニャの後を追って、リュウも剣を構えなおして駆け出す。
跳ねるように斬りかかる彼女に気を取られたレッサーオーガの胴に、全力の剣が深々と食い込み……その命の火を断ち切った。
呻いていたゴブリンにトドメを刺し終え、2人は寄り合うように腰を下ろす。
傷を負っているリュウが薬草を煎じ、それを使ってヨーニャが拙い手当を行う。
「……その、かたづけるのがおくれちゃって、ごめんなさい」
「んー? おそかったなんて思ってないんだが」
いてて、と顔をしかめつつ、救命草によって傷を癒やしながら、リュウは首を傾げる。
「さっきも言ったけど、いいタイミングにもどってきてくれたよ。たすかった、ありがとな」
「でも、きずだらけじゃないあなた」
そういって俯くヨーニャに、彼はふむ、と少し考え込み、彼女の頭に手を伸ばす。
びくっ、と身体を震わせるヨーニャの頭に手を乗せ……
「良いんだよ、こうしてぶじたおせたのは、ヨーニャがゴブリンを足止めしてくれて、そのあともどってきてくれたからなんだからよ」
……ごしごしと、力いっぱいその頭を撫でる。
「きゃぅ!? ちょ、ちょっと、そんな力いっぱいなでたら、かみがみだれちゃうわよぉ!」
「あ、わるい。いやだったか?」
さっきポンポンした時のことを思い返し、撫でられるのが好きなのかと思っていたリュウは戸惑った声を上げる。
手を止めると、ヨーニャの口から小さく、あっ、という声が漏れ出す。
「……い、いやじゃ、ないけど……」
「ならかんしゃのしるしだ、うけとれー」
「だ、だからそんな力いっぱいぃぃぃ!?」
ウリウリ、と撫で回すリュウに、悲鳴を上げながらもヨーニャの顔はどこか嬉しげな色。
そんな彼女の様子を見ながら、彼は楽しげに笑う。
「(まー、戻ってきてくれた時の冷たい顔よりかは、こっちのほうが良いだろ)」
内心でそうつぶやきつつ、恥ずかしそうに笑うヨーニャの頭をごしごしと撫で回し続ける。
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