かつての居場所-2
「麻耶は私にとって母親だった、と思う」
ちゃんと全部話さなければ。それなのに、うまく話しを組み立てられない。どう言ったら、気に障らずに伝えられるだろう。
ちらり、メイズを見るが前を向いたままだ。表情にも変わりがない、と思いたい。
「麻耶は私に色々教えてくれた。私は、すぐに忘れちゃったけど、それでも優しくしてくれた」
すっかり忘れていた。あっちの世界に行って、初めて鮮明に思い出したのだ。麻耶は白伊家の中で、人間として扱ってくれた唯一の人だ。食事も服も、言葉も、仕事も与えてくれた。教わる端から忘れてしまっても、同じ事を何回も教えてくれた。
「でも、私がいなくなっても探してはくれなかった」
「私と会ったときか」
頷く。あのときはもう、白伊の部隊とずっと一緒で、麻耶とは長いこと会っていなかった。麻耶に命令を受けた白伊の連中に命じられて仕事をするようになっていた。あの時撃ってきた狙撃手は、きっと私のことを知っていたのだ。仇として殺すつもりだったのだろう。殺した相手のことも覚えていなかったから、誰の仇なのかは知りようもない。
「白伊の連中は麻耶とは違うから、帰り道が分からなくなって」
「それでついてきたわけだ。その麻耶は死んだ。悪かったな。会いたかっただろう」
麻耶がよく吸っていた煙草のにおいがした。だからこの男についていった。最初は麻耶を見つけるためだった。麻耶だけが居場所だったから。
「メイズが謝るのは違う。麻耶は殺されてもしょうがなかった。ひどいことをたくさんして、大勢殺してきた。死ぬべきじゃない人を、たくさん」
「それはそうだ。だが、それとこれとは違う。桜花は彼女に会って、話すべきだった。礼のひとつでも言って、好きなだけ罵ればよかっただろう」
それは、考えたこともなかった。麻耶に会って、文句を言う。罵る。思い出すのは優しかった麻耶ばかりで、近くにいるのは麻耶にひどいことをされた人が大勢だった。思っていたのと違う。麻耶はそういう人じゃなかったはずなのに?
違う。そんなふうに思ったことは一度もなかった。
麻耶のことを新しく思い出す度に否定した。こんなに優しかったとして、これは嘘だ。本当はひどい人間で、それが見えていなかった。見ようとしなかった。麻耶に殺せと言われるまま大勢殺してきたくせに。その後悔と罪悪感ばかりだった。
「違う。麻耶に会いに行かなかったのは、私。行けたのに行かなかったから」
麻耶がカレンに殺されたのは、『釣り』の翌日夜だ。それまで一日は異人部隊のアジトで生きていた。その間、私はメイズと一緒にいただけだ。彼の会議が終わるのを長いこと待っていただけ。待っている間環の噂を聞いて、流風を探して伝えはしたのに、アジトには戻らなかった。
メイズを裏切っていた。嘘をついていた。そう伝えて、でも聞いたことをなかったことにされて、後ろめたさでいっぱいだった。どうしたら許してくれるだろう。それだけが、国境を越えてまた戻ってくるまでずっと、頭の中にあった。
「麻耶は大勢殺した。私が、言われるままにやってきたから。私も麻耶と変わらない。それなのに、あのままでいたかった。移民管理局で、メイズとケイといた頃」
色々思い出して辛かった。でも、色々できるようにもなれた。移民管理局にいた頃。それよりも前かもしれない。メイズと流風と環、四人で旅をしていた頃。ずっとあのままでいたかった。なのにみんな、どこかへ行ってしまったり、変わってしまう。あのままでいるのがきっとみんな楽しいのに。
でも思い出すにつけ、ひどく不安になる。後ろめたくなる。私はこんなことを、願ってはいけないのかもしれない。だって麻耶にひどいことをされた人はこんなにたくさんいて、人生をかけて復讐をしようとしていたり、逃げたりしている。これだけのことを、自分もしてきたのだ。麻耶は許されない。許されるべきではない。ひどいめに合えばいい。それは、自分も同じだ。同じ事をしてきた自分も、ひどいめに合うべきで、こんなに安穏と生きていていいわけがない。それを望んでいいわけもない。
「確かに、私にも桜花にも、仲間の誰にも、いずれ裁きは下る。私たちはそれだけのことをしてきた。復讐というのは、そういうものだ。私たちの誰も、それはわかっているはずだろう」
だから。メイズは続ける。
「だから、それまでは望むままに、願うままに生きればいい。私たちに正しさなんてものはわからないのだからな」
それは、彼自身が言い聞かせるために言っているように聞こえた。なんて身勝手だろう。でも、確かに私たちはそうやって生きていたい。私たち、いや、私自身が。
「よし、次は私の話だ。付き合ってもらうぞ」
座れ。メイズが隣の地面を叩く。小さな棒付き飴を二人でくわえて、まっくろく焼け焦げた柱を眺めた。
メイズは榊 麻耶との出会いから語り始める。
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