かつての居場所-1

 エイローテにメイズはいなかった。自宅とアジトを探し回って、議場でケイに教えてもらった。

「外よ。どこに行くんだかは言ってなかったけど、三、四日で戻るって」

 今留守にするなんて。

 街じゅうがそわそわしている。魔女の一挙一動に、隣国の動きに、じっと注意していなければいけないときだ。下手をしたら仲間だけでなく、自分たちが連れてきた人たちが危険に晒されることになる。

「外って、シヌーグの外?」

「そう。私が行っていいって言ったの。だから怒らないでよ」

 別に怒ってない。むっとしただけ。

 メイズの秘書官が来て、ケイに耳打ちする。この二人で彼の不在を穴埋めしているみたいだった。本人がいなくて、なにができるんだろう。

「なにその眼。根回しくらいなら私にもできるわよ。秘書のおねえちゃんのツテも広いし」

 部隊は大人しくさせているところだという。今へたに動くべきではない。ケイらしい判断だった。

 流風が一緒でないか聞かれて、首を横に振った。そろそろ行かないと、このまま引き留められてしまう。

「早く引きずってでも連れ帰ってきてよね。私たちだけじゃあ、あと何日も保たないんだから」

 ケイの手が伸びてきて、ぐりぐりと頭を撫でられた。左手。伸びて、去っていく手に、見慣れないひかる点がある。

 確かめるより先に、ケイはさっと左手をポケットに入れてしまった。右手を振って、彼女は議場の人波の中へ消えていく。

 まずい。あの賭けは、ある条件達成で掛け金が倍になるのだ。それでなくとも大負けなのに、これ以上は本当にすっからかんだ。

「ねー! 背え伸びたー?」

 歩き出したところで、とっくに行ってしまったはずのケイが少し先から声を張り上げている。知らない。そんなことあるわけがないし、人が賭けているのを知っていて大負けさせた女に教えてなんかやらない。

 ケイに背を向けて、足早にエイローテを出た。

 シヌーグまで馬車に相乗りさせてもらって、古巣の異人管理局で船を手配した。

 シヌーグに着いたのは次の日の昼だった。

 メイズの行くところに心当たりはある。きっとみんなそうだ。でも、具体的な場所は誰も知らない。

 馴染みの船頭にも聞いてみたが、彼も聞いていないらしい。

 久しぶりに見る六つの大陸の地図をにらんで、行き先を決めた。

 メイズと会った日に見た、あの映画を思い出す。竜が見せたメイズの記憶。夢かもしれない。

 これまでメイズと、流風と環と一緒に世界中をまわってきた。

 その記憶と繋ぎ合わせて考える。きっとこのあたりの国。きっとこのあたり。

 いろんな人にいろんなことを聞いた。大きくてハゲの男を見なかったかとか。しどろもどろだけど、日本語以外もちゃんとしゃべれる。

 そうしてやっとたどり着いた場所に、大きくてハゲの男は座っていた。

 雑草がぼうぼうの荒れ地で、売り地とも貸し地とも看板が立っていない。立ち入り禁止さえない。住宅地から離れた、周りから切り落とされた場所だ。まっくろい太い棒が、数本寄り集まって立っていた。なんとなく家の形に見える。

 一歩一歩距離を詰めても振り返らないから、とうとう横に立った。

「なんだ、見つかったか」

 地面に座り込んだメイズがこちらを見上げる。煙草はくわえているが、煙は立っていなかった。火が点いていない。

「捨てられたかと思った」

 なんて答えたらかっこいいだろう。簡単だった? 隠れたつもりだったのか、ずばり話したいことがある?

 そのくせ口から出てきたのは、愛想の無い言葉だった。泣きでもしたらかわいげがあっただろうに、我ながらびっくりするほど声に揺らぎがない。

「人の気も知ったらいい」

 メイズは鼻を鳴らした。最近の彼らしくない感じだ。前に向き直ったから、それに倣った。

 ここは、榊 麻耶に焼かれたメイズの生家だろう。彼の始まりになった場所に違いなかった。彼の復讐が、始まった場所。

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